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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章 幕間

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175/505

夢の終わり

本日三話更新の三話目です。


まだ一話目、二話目を読んでいないかたはご注意ください。


本当に長いのですが、なるべく、一気に読んで頂けると幸いです。

「まだ、若いのにねぇ」

「交通事故だったんだって」

「轢かれそうな子供を庇って、それでらしいわよ」


 ガヤガヤという声が、式場を満たす。


「伊吹ぃ……なんでよぉおおお」

「おい、泣くなってみっともない」

「だって、一緒に、パフェ食べようって、言ってたのにぃいいい」


 誰かの喚く声が、人ごみに消える。


「せっかく健康になった矢先になぁ」

「噂では、男の家に入り浸ってたんですって」

「あー。それじゃあ、うっかり死んじまっても仕方ないな」


 ぐっと、俺は拳を握り締めた。

 その肩を、誰かが叩く。


「落ち着けって、夕霧」

「……青木」

「言わせとけ。どうせ、ああいう馬鹿は何しても無駄だ」

「だけどな!?」

「夕霧」


 青木の宥めるような声に、俺は握っていた拳から力を抜いた。


 見渡す限り、真っ黒い服を来た人間が、会場を埋め尽くしている。

 誰も彼もが沈み込み、会場に溢れている花だけが場違いに明るかった。


 いや、もう一つ明るいものがあった。


 真っ正面にある写真の中の伊吹の顔が、誰よりも美しく、咲いていた。




 式次がどうだったかなんて、全く覚えていない。

 気がついたら俺は、馬鹿でかい箱の中で横たわる、伊吹の綺麗な顔を眺めていた。


 これのどこが、死んでいるというのか。


 こんな顔、俺はいくらでも見て来たぞ。

 泥酔して、潰れて寝ているときには、さらに涎まで付いていた。

 それに比べて、なんて綺麗な顔をしているんだよ。


「夕霧。後ろが」

「分かってる」


 青木の声に促されて、俺は手に持っていた花をそっと彼女の顔の脇に置いた。

 その時、手がほんの少しだけ、頬に触れる。


 あまりにも冷たかった。


 あまりにも冷たくて、それがまるで、伊吹ではないような気がした。

 伊吹に良く似た人形のように思えた。

 認めたくないのか。それとも考えないようにしているだけなのか。

 自分の胸中すらも、何もかもが泥の中にあるようだった。


 涙は、どうしても出てこなかった。




「待ってくれ。夕霧君、だね?」


 式がしめやかに終わり、俺は居ても立っても居られずにその場を去ろうとする。

 そんな俺を、落ち着いた男の声が呼び止めた。


「あなたは?」

「伊吹の父だ。君のことは、伊吹から聞いて、知っている」

「……そうですか。この度のことは、大変お悔やみ申し上げます」


 我ながら感情が篭っていない言葉だと思った。

 それをどう受け取ったのか、伊吹の父は曖昧な表情で頷いた。


「……ありがとう」


 言って彼は、人気の無い方角をくいっと指差す。

 俺は訝しみながら、彼の案内する方へと付いて行く。関係者しか入れない部屋の一つに着いて、彼は俺へと声をかける。


「まずは、礼を言わせて欲しい」

「……礼、ですか」

「伊吹と、仲良くしてくれたそうだね」

「…………まぁ、はい」


 俺はそれを否定しない。

 否定しないが、頭の中ではずっと疑問が巡っていた。

 たしか彼女は、両親とは疎遠であったのでは、と。

 そんな俺の様子に気付いたのか、伊吹の父は補足するように、付け加える。


「君は、ひょっとしたら伊吹から聞いていたかもしれないね。あの子が、私達家族と不仲だということを」

「……そうですね。確かに、聞きました」

「それは否定できない。私達は、あの子のことを事実、持て余していた」


 病弱だから、期待をせずに居た。

 それが回復してしまって、今度は持て余した。


「あの子が、工学系の大学を選び、一人暮らしをしたいと言ったとき、私達は簡単にそれを許してしまった。正直言って、持て余していた彼女が離れると言ってくれて、渡りに船だと思ってしまった」

「…………それで、一人暮らしを許可したと」

「そうだね。もちろん、それだけじゃない。いずれあの子と関係を修復できればという思いもあった。だから距離を置きたかった。半分は成功したと思う。特に、あの子は君と出会ってから、随分と変わった気がする」


 俺と出会ってから、だと。


「あの子はそれまで、チラチラと私達の顔色を窺う子だった。だけど君と出会って少し変わった。心の拠り所を見つけたみたいに見えた。それで、私達ともう一度関係を築き直そうとしてくれているようだった」

「ようだった、ってなんなんですか。さっきの半分ってのは、なんなんですか」

「私達には、それができなかったんだ」


 悔やむように目を伏せる男性。

 彼はいったい、何が言いたいのだろうか。

 俺は一体、何に付き合わされているのだろうか。


「あの子が、再び歩み寄ろうとしているとき、私達は彼女の手を取れなかった。本当は彼女ともう一度、仲良くできればと思っていたのに」

「……だから、何が言いたいんですか」

「君に、知っておいて欲しかったんだ。あの子と親しかった君に、あの子の拠り所になってくれていた君に、私達の気持ちも」


 俺はそれを聞いた瞬間、彼の胸倉を掴んでいた。

 俺の存在は、彼にとってなんなのだろうか。

 娘に直接言えなかった後悔を、懺悔するための都合の良い男に見えたのだろうか。


「そんなの俺に言ったってしょうがないだろ!?」

「…………」

「そんなの、俺が聞いてどうしろってんだよ!? 俺に何をしろって言うんだよ!? なぁ!? あいつの何を、俺に背負わせようって言ってんだよぉお!?」


 俺の怒鳴り声を受けて、伊吹の父はただ沈痛そうに目を伏せた。

 俺は構わずに、腹の中で煮えたぎるような不満をぶちまける。


「今そんなこと言ったってなぁ! そんなの、直接伝えないと意味がないだろ! なんで、なんでそれを、あいつが生きてるときに言ってやらなかったんだよ!?」

「……本当に、その通りだ。私達はどうして、言葉で伝えて上げることができなかったんだろうね」

「そんなの、そんなの俺が……俺が」


 叫んでいる途中で、俺は掴んでいた手を離していた。

 俺は何を言っていた?



 何も言えなかったのは、俺のほうじゃないか。



 言葉で伝えなかったことで、彼女を苦しめていたのは俺だ。

 伝わるだろうなんて考えて、何もできなかったのは俺だ。

 彼女に、たった一言『好きだ』とすら、伝えられなかったのは俺だ。


 俺はこの人の何億倍も、クソでクズでカスで、間抜けでへたれで、死んだ方が良いくらいの大バカ野郎だ。


 大切なことは、言葉にしないと、いけないのに。

 はっきりと言葉にしないでも伝わるなんてのは、勝手な思い上がりでしかないのに。

 それを、しなかったのはここに居る俺の方だ。



「……すみません、怒鳴ってしまって。あなたは何も、悪くないのに」

「いや、こちらこそすまない。君の気持ちを、考えていなかった」

「それは、自分の方です。あなたも辛いのに、自分勝手なことを」


 俺は手をだらんと脱力させ、力無く項垂うなだれた。

 喉の奥がカラカラと何かに飢えている。

 今すぐに吐き出させろと要求している。

 その矛先が、自分であるのがもどかしい。

 どうして人間は、自分の事を怒鳴りつけられる構造になっていないんだろう。


「夕霧君。君に、一つだけ伝えたいことがある」

「……なんですか?」

「あの子が、まるでこんな日を予期していたみたいに、遺言を残していてね」

「…………」


 俺は、それを聞きたくなかった。

 それを聞いたら、本当に伊吹の死を受け止めないといけない気がした。

 だから俺はその言葉に、子供のようにイヤイヤと首を振った。


「すみません。覚悟が、できません」

「……そうか。いや良い。君もまだ、若い。覚悟ができたら、いつでも、教えてくれ」


 伊吹の父は、少し残念そうに目を伏せたあと、俺に何かを手渡した。

 連絡先の付いた名刺だというのは、すぐに分かる。

 俺はそれを、無造作にポケットの中に突っ込んだ。


「それでは、またいつか、夕霧君」

「……はい」


 言って俺は、その場を後にした。

 その日どうやって帰ったのかは、やっぱり覚えていない。


 ふと思い出したのは伊吹のことだ。

 彼女と出会って、まだ一年すら経っていないのだと、ぼんやりと考えていた。




 春休みの間は何もしなかった。

 それから俺は、ただ無心で大学に通っていた。

 周りから心配されたが、既に悲しみを通り越して平気になってしまっていた。

 麻痺していただけかもしれない。


 とにかく、ひたすらに勉強した。

 ただ課題をこなす為にコードを書き、原理を頭に入れ、ループを回す。

 その繰り返しに、楽しみは見出せなかった。

 それでも、それをしている間だけは、何かを忘れられる気がしていた。


 大学の終わりに、就職活動が始まる。

 ふわりとした気持ちで、いくつかのゲーム会社を志望した。

 幸い、書類審査は通る。

 愚直に学んだ内容を、ただ愚直に書く事で、一定の技術は認められた。


 そして、面接で落ちる。

 ゲームに感動し、ゲームに憧れた。だからゲームが作りたい。その気持ちはある。

 だけど、ゲームを何の為に作りたいのかという気持ちが、思い浮かばなかった。



 伊吹の為にゲームを作るって言っていたのに。

 そいつがもう、この世には居ないんだ。

 それじゃあ俺は、いったい何の為に、ゲームを作れば良いって言うんだ。



 気づけば、就活という時期は終わり、俺は何も決められないまま卒業を迎えた。

 試しに色んなところを受けてみよう、という気持ちがどうしても湧かなかった。

『せっかく良い大学に入れてやったのに!』

 と、親に罵倒され、いつの間にか縁を切られていた。

 行く当てもなくなった俺は、大学の最寄りの駅近くにできたバーの張り紙を見た。


『スタッフ募集』


 酒は好きだった。

 ゲームしか趣味のなかった自分にとって、ようやく見つけた新しい趣味だった。


 ふと、俺の脳裏に、最後の伊吹との会話が思い出された。


『ウィスキーも良いけど、せっかくだから、総には試してもらいたい『カクテル』があるかなぁ』


 俺は、彼女が言っていたその『カクテル』を未だに知らない。

 彼女が俺に、何を教えたかったのかを、受け取れてはいない。

 だから、俺は彼女のことが未だに忘れられないのかもしれない。



 彼女が伝えたかった『カクテル』を見つけ出したとき、俺はあの日の彼女をもう一度取り戻せるのかもしれない。

 止まっていた時間が、動き出すのかもしれない。



 気づいたら、俺はまだ開店してもいない店に入って言っていた。

『ここで働きたいんですけど』と。

 その時、俺には希望が見えた気がしていた。



 バーに入って、自分の性格も大分変わった。

 少しだけ前向きにもなれた。


 刺激に満ちあふれた生活は楽しく、一時は何もかも忘れることができた気がした。

 接客の技術を身につけ、人の感情を読む能力が磨かれ、伊吹と話していた頃の自分とは比べ物にならないほどの、対人スキルが身に付いた。

 それがどれだけ苦手だろうと、身につけなければ生きていけなかった。


 だけど、恋愛感情だけは、どうにも難しかった。

 俺の心のそれがある部分には、いつまでも一人の女性の笑顔がこびりついていた。


 半年も働いてみると、少し違うのではと思い始めた。

 固まった常連同士で繰り返される同じ会話。要求だけが上がり続ける会話のハードル。集まる人間全てが、何かを手探りで探しているような息苦しさ。

 自分もそれが見えないもどかしさ。

 ひょっとしたら、自分自身がその渦の中に囚われているだけなのかもしれない。



 それでも『カクテル』だけは欠かさなかった。



 これだけは、自分がやった分が、しっかりと反映された。

 練習すれば、しただけ美味くなった。

 それがとても嬉しかった。

 他のことに『才能』がなかった分、これだけに全てを注げた。


 いつの間にか、俺は『カクテル』を作ることが、楽しくて仕方なくなっていた。

 ウィスキーと同じ位『カクテル』の魅力に取り憑かれていた。


 だけど、足りない。まだ足りない。

 今の自分では、あの日の伊吹が言った『カクテル』の答えが見えない。

 スタッフ間で一番になったところで、それが見えなければなんの意味も無い。


 どんな美味しいカクテルなのか。

 どんな珍しいカクテルなのか。

 どんな難しいカクテルなのか。


 だからもっと勉強しないといけない。

 だからもっと練習しないといけない。

 カクテルの全てを知って、それをあの日の伊吹に当てはめられれば。


 あの日の答えが、いつかきっと、俺の中に現れるはずなんだ。




 そして、その日も、俺はうんざりとしながら店の鍵を閉めた。

 吐き出したくなる溜息や嫌気に蓋をして、帰り道を歩き出す。


「──え?」


 二、三歩歩いたところで、急な目眩に襲われた。

 おかしい、今日はそこまで飲んではいない。体調も悪くなかった。

 それなのに、立ち上がることすらできないような、酩酊感。

 堪え切れずに倒れ込む。

 薄くボンヤリと開いた目に、車のヘッドライトが突き刺さる。


 キィィイイイイイイ!

 ブレーキ音がやけに甲高く響く。

 なん、で?


 光が、すぐ目の前まで来たとき。


 俺の意識は覚醒した。




 ──────




「うぉぉおおおおおおおお!?」


「きゃぁああああ!?」



 俺が布団から跳ね起きると、丁度目の前にいたスイが悲鳴を上げた。


「あ、あれ? トラックは?」

「と、トラック?」


 俺はキョロキョロと周りを見回す。しかし、そこは見慣れたヴェルムット家の一室であった。

 心臓がバクバクとして収まらない。

 胸を押さえている俺を、スイが心配そうに覗き込む。


「どうしたの? 怖い夢でも見た?」

「いや、子供じゃないんだから。そうじゃなくて、トラック……ああいや、馬車に轢かれる夢をな」

「……それは怖い夢じゃないの?」

「……確かに、怖い夢だったわ」


 俺はふーと大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。

 目の前の青髪の少女は、俺が落ち着いたのを見計らって、ふっと薄い笑みを浮かべて言った。


「おはよう総。朝ご飯もうすぐだから起きて来てね」

「おはようスイ。分かったありがとう」


 年下の女の子に恥ずかしいところを見られたな。

 そう思いつつ、彼女の綺麗な青髪に見とれていると、唐突に胸がズキンと痛んだ。


「いっつ」

「総!?」


 スイが血相を変えて近寄ってくる。

 って、俺は寝起きなのにこれはまずい。


「ま、待ってくれスイ。大丈夫だ」

「でも」

「良いんだ。だから近寄るのは止めてくれ」


 そう、これ以上近づかれると、俺の朝のアレがこれで。

 ってあれ?


「本当に大丈夫?」

「あ、ああ大丈夫。急に動いたから体がビックリしただけだよ。心配かけてごめんな」

「……なら良いけど」

「ほら、そんな難しい顔しなさんなって、可愛い顔が台無しだぞ」


 言うと、スイは少し顔を赤くしつつ俺を睨んだ。

 何か言いたげに口を開いたが、何も言わずに部屋を出て行く。


「って、どうしたんだろうな、これ」


 俺の朝のアレはこれしていなかった。

 まるで直前まで、精神的にショックを受けていて立ち直れなかったみたいに見える。


「て言っても、どんな夢だったかは覚えてないんだよなぁ」


 トラックに轢かれかけていたのは記憶にあるのだが、そこから先がさっぱりだ。

 思い出そうとしても、頭に鈍痛が走るだけで、何も思い出せない。


「ま、良いか。今日もカクテルの未来のため、頑張らないとな」




 俺は、モヤモヤとした感情を振り払って、朝食の席へと向かうことにした。



ここまで読んでくださってありがとうございます。


まず、一昨日昨日と更新できずに申し訳ありません。

その理由は今回更新の三話です。

なるべく、一気に更新したかったんです。


正直に言って書くのが辛くて、遅れたところもありました。

多分、展開が気に入らないという方も大勢いると思いました。

ですが、最初から、ここがスタートでした。

嫌だからと曲げるわけには、行きませんでした。


ここまで読んで下さって、記憶を失える主人公とは違ってモヤモヤや胃のむかつきなどをお覚えの方は、

どうぞ次の、幕間最後の短編まで、読んで頂けると幸いです。

よろしくお願い致します。


※0216 誤字修正しました。

※0223 誤字修正しました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公の人物像を深く掘り下げる上で大変重要な部分だと感じました。 [一言] 2、3日前から読み始めましたが、この先の展開も気になります。最新話ではどこまで進んでいるのか。 楽しみにしていま…
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