双子の試験(2)
「…………」
「フィル?」
「は、はい!」
隣を歩いているフィルに声をかけると、彼はビクリと盛大に反応する。
そのまま、ぎこちない動きで俺を見て、尋ねた。
「な、なんですか総さん!?」
「いや、さっきから歩き方が変だぞ」
「え?」
俺が指摘したところ、フィルは自分の手足を見る。その段階で、ようやく自分が同じ側の手と足を同時に前に出していたことに気付いたらしい。
今、俺達は開店の準備の際、少し必要になった果実を買うために市場に向かっているところだった。
買い出しに出ているのは、俺とフィルの二人である。
「緊張してるのか?」
「そ、それは、そうですよ」
やや心配になって尋ねると、フィルは相変わらず固い表情で肯定する。
「だ、だって、今日は、初めての、僕らだけの営業なんですよ」
そんなガチガチの態度に、俺は苦笑いが出る。
自分が初めて店を一人で任されたときも、もしかしたらこんな感じだったかもしれない。
最初に挑戦したときはフィル、サリーともにボロボロだった『三杯同時』の試験だったが、つい先日の挑戦でついに二人とも合格を出した。
その方法は、ある意味では正反対だったかもしれない。
フィルは、自分がその試験で行うべき動作を全て書き起こした。
最初に何を取りに行くとか、どういう順番でボトルを出すとか。
とにかく、注文に応えるのに必要な動作を、一から洗い直していた。
その結果何が生まれるかと言えば、物事の最適化だ。
この順番では無駄が大きいとか、この動作はまとめられるとか。自分の行動を客観的に把握し、より合理的に処理できるようになった。
結果として常日頃の営業でも、動作の直前に少し考える時間が増えたが、そのあとの動作はずっとスムーズになった。
最終的にフィルは、二分四十秒のタイムを出した。
ではサリーはどうしたのか。
フィルの動きを、盗んだ。
いや、フィルだけではあるまい、一度お手本として見せた俺の動きも、盗んだ筈だ。
サリーの場合は、とにかく体に全てを覚え込ませる形を取っていた。
フィルが考えた上での計算づくの動きなら、サリーは考えなくても経験で動けるまで練習することを選んだのだ。
結果としては、自分が対応したことのあるパターンであれば、サリーはフィルよりも速く動ける。考える前に、体が最適な動きをするのだ。
だが反面、経験したことのない状況に陥ると、フィルの方が的確な動きができる。
とはいえ、今回は決められた注文に応えるという試験である。
サリーのタイムはフィルを上回り、二分二十三秒となった。
と、解説をしたところでこの二人、双方が試験を乗り越えた。
そうなったので、俺は次のステップに二人を進めることにした。
そう。
俺抜きでの営業である。
「た、ただでさえまだ分からないことだらけなのに、い、いきなり僕達だけでなんて」
「緊張するなって、大丈夫、今日はまだ練習だ」
捨てられそうになって必死に縋る子犬のような目をするフィルに、俺は意図的に柔らかい声をかけた。
「俺やスイも、今日はカウンターに待機してるし、常連さんにも告知はしてある。そうそう問題は起きないから」
「ほ、本当ですか?」
「本当だって」
俺がにこりと頷くと、フィルは少しだけ安心した様子だ。
実際のところ、ここ最近は、少し意図的に二人へと仕事を振っていた。
会話を繋ぐタイミングでわざと二人を待ってみたり、グラスの状況に気付いてもあえて二人が気付くのを待ったり。
ちょっとずつ、自発的に彼らが動けるように促していた。彼らは気付いていないかもしれないが、既に店は二人でも回せる状態になっていたのだ。
あとは、俺が研修に行くまでの残された時間で、どこまで二人に自信をつけさせるかだ。
「とにかく今日は、ご新規さんへの対応にだけ気を付けて、いつも通りやれば大丈夫」
「は、はい。それは分かってるんです」
「こういう時だけは、サリーの無駄な自信を見習っても良いんだぞ?」
「あ、あはは」
先述したように、今は買い出し中である。
買い出しをしているのは俺とフィルの二人だけだ。
サリーは何をしているかと言えば、
『今日は私達が主役なのですから、総さんは、買い出しにでも行って来て下さいます?』
と、俺を体よくパシリに使って準備中である。
まぁ、今日くらいは大目に見てやろうと思ったので、サリーの隣でガチガチになっていたフィルを気分転換に外に連れ出したのだ。
「あ、でも」
「な、なんですか!?」
俺がふと思いついたように声をあげると、フィルは露骨に身構える。
俺は、大した事じゃない、と前置きしたあとに続けた。
「大抵、新人の最初の日ってのは、一つくらいは面白いやらかしをするんだよな」
「…………た、大したことです」
なるべく軽く言ったのだが、フィルはさらに緊張を増したように見えた。
俺はそんな彼の緊張を笑い飛ばすように、少しだけ恥部を晒す。
「あはは、俺のやらかしとか聞きたいか?」
「え、総さんでもですか!?」
俺が昔、盛大にやらかしたと伝えると、フィルは驚いた顔をした。
「当たり前だ。俺だって、まだバーテンダーを初めて二年も経たないペーペーだぞ」
「し、信じられませんよ」
フィルにどう思われていようと、それが真実なのである。
俺は思い出すように、自分が最初に一人で店に立った日のことを語った。
忘れもしない、あれは丁度、初夏のころだった。
初めて一人で営業した俺は、焦って慌ててテンパって、それはもう醜態を晒した。
まず、ボトルのキャップを取り落とすこと数えきれず。
用意したグラスを倒す、ボトルを倒す、練習した手順を間違える。
グラスにバースプーンを引っ掛ける、かと思えばステアをし忘れたカクテルを出す。
フードメニューを後回しにして注文を忘れ、伝票への記入を忘れ。
心配で見に来てくれた先輩に、行動の指示まで貰った始末だった。
「さ、流石に嘘ですよね?」
「これが恐ろしいことに、全部本当なんだ。お客さんにさえ気を使われ、ぐるぐると目を回しながらその日の営業は終わったよ」
「……そ、そうなんですね」
やや大袈裟に自分の失敗を語って聞かせると、フィルは幾分か落ち着いたように見えた。
そう。失敗するかもと恐れている人間にとって、失敗するのが当たり前と思わせるのが、本当の失敗対策に繋がるのである。
怖いのは失敗することじゃない。そこでフリーズしてしまって失敗を挽回できないことなのだから。
「だから、フィルも少し気を抜いてけ。むしろサリーの方が盛大にやらかしそうだから、そっちの心配をした方が良い」
「そうですね。サリーも一緒なんですよね」
サリーの名前を出すと、フィルはさらに落ち着いた様子だった。
そう。俺のときは一人だったが、彼らは二人だ。緊張を分かち合うこともできる。
「じゃ、元気が出たところで、さっさと戻って準備するか」
「はい!」
そうして、フィルが営業に前向きになった所だった。
「おいおいお嬢ちゃん。誠意ってもんがあるだろうがよ?」
前方に小さな人だかりが出来ており、明らかにもめ事の臭いがしていた。
「……なんでしょう?」
「……さぁな。様子だけ、見ておくか?」
「……はい」
俺達は小声でやり取りをして、少しだけ人だかりに混じる。
ただ事でない雰囲気は分かっていたのだが、幾分事態は重そうだった。
「何を言っていますの? 私が頼んでもいないのに道案内を買って出たのはあなた方でしょう?」
「あぁ? だから案内してやるから金を寄越せって言ってるだけだろうがよ?」
揉めているのは、まだ年の若い十四、五くらいの娘と、やや柄の悪い二十代くらいの男複数だ。
少女の方は、身なりが良く、上流階級の人間か相当な金持ちであるように思える。艶やかな黒髪に、小さく品の良い飾りが付いている。
一方の男達は、柄の悪さが服装にも現れている。雰囲気から察するに、やや貧しい家の柄の悪い連中といったところか。
とはいえ、彼らは誰彼かまわず絡むわけではない。この付近の住民の層から言えば、少女の方が不釣り合いであるだろう。
「頼んでもいないのに現れて、義務のない支払いを求められれば、不快に思うのは当然ではないでしょうか?」
少女は毅然とした態度で、自分よりも明らかに年上の男たちに言ってのける。
その堂々とした態度は見事なのだが、それで怯む相手でもない。
「ごたくは良いんだよ。一度は道案内を欲しがっただろ。それで契約成立なんだよ。あとからごちゃごちゃと言い出したのはあんたの方だぜ、お嬢ちゃん?」
「とにかく、出すもん出せってんだよ」
どうにも、少女に対して男達が因縁をつけ、金をせびっているという構図のようだ。
状況は詳しくは分からないが、ぱっと見では悪いのは男達に思える。
「……どうします、総さん?」
「……どうするってもな。誰も動いてないんだったら、早々に騎士団なり自警団なりに連絡するべきだろ」
「……そうですね」
この人だかりだ。
いくら男達が金目当てでも、少女が誘拐されることもあるまい。
今できることは、迅速にしかるべき所に通報することのはずだ。
「嬢ちゃんよぉ。俺達だって乱暴な真似はしたくねえんだ。大人しく、出すもん出して案内されたらどうだ?」
「しつこいですわね。それならばお断り致しますと、何回も申し上げた筈です」
「んだとぉ!?」
特に、このまま諍いがヒートアップしては、暴力沙汰に発展してもおかしくはない。
「あっ!?」
そう俺が結論を出したところで、フィルが声を上げた。
「っざけんなぉおら!?」
「きゃっ!?」
見やると、危惧の通りに、男の一人が少女に向かって手を上げていた。
殴られる、と誰もが思ったその瞬間。
俺の隣から、ぶわっと強烈な圧が弾ける。
フィルが魔力を解放したのだと気付いた時には、俺の隣にフィルの姿はなかった。
ではどこに消えたのかと思えば。
フィルは人だかりの真ん中で少女を庇い、男の拳を受け止めていた。
「な、なんだぁ!? お前は!?」
突然現れた銀髪の少年に、男達はたじろいだ。
だが、フィルはそんな男達には目もくれず、まずは庇った少女の方を向く。
「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
「……え、あの……は、はい」
突然の事態に対応できていないのは、少女も同じだ。
フィルに尋ねられ、つっかえながら返す。
フィルは少女が無事であることを確認すると、ギロリとした目つきで男達を睨んだ。
普段は温厚な彼には珍しく、かなり怒っている様子だ。
「あなたたち。大人の男が複数で一人の女の子にたかるような真似をして、恥ずかしいとは思わないんですか?」
「な、なんだと!? お前には関係ないだろうが!」
「たとえ関係なくても、少女に暴力を振るう人間を止めるくらいのことはします」
フィルはそこで、じりっと一歩踏み込んだ。
それだけではない、その一歩に相当な魔力を注ぎ込んだらしい。
ズンという音とともに、振動が広がる。
その一足は、周りに居る野次馬たちですらざわめかせる。
ましてや、目の前に居る男達はいわずもがなだ。
絡んでいた男達はフィルが吸血鬼であることは知らないだろう。それでも種族の圧倒的な差を感じさせる一歩だ。
「これ以上、乱暴をするつもりであれば、僕が相手になります」
フィルはその一言と共に、ニコリと余裕のある笑みを浮かべる。
それを受けた男達は。
「ひっ、な、べ、別にそんなつもりはねえし!」
「お、お前がその子供に、じょ、常識を教えてやるんだぞ!?」
本能が理性を上回った様子で、一目散に駆けていった。
男達が去っていくと、人だかりも僅かに散る。
しかし、フィルと少女の様子をまだ窺っている野次馬も大量に残っていた。
「よっ、かっこいいぞあんちゃん!」
「小さいくせにやるじゃねえか!」
彼らは一様に、やんややんやとフィルへ賞賛の声を送っていた。
その注目の的であるフィルは、トランス状態が切れたのか、途端に見つめられている状況に気付いてわたわたと慌て始める。
そして視線をさまよわせ、その焦点が俺の目と合った。
「そ、総さん!」
なんで俺の名を呼んだフィル。
あれか、この状況で助けてくださいってことか。
自分から盛大に巻き込まれていったのに、お前って奴は……。
「はいはい! 争い事はもう終わりですよ! もうすぐ騎士団の人も来ますから散った散った!」
俺は少し声を張り上げて、野次馬達に解散を促した。
騎士団の人間が来るかどうかなんて知らないが、そう言えば人も去るだろう。
思惑通り、色々と言葉を残して人も捌け、その場に残ったのは俺とフィル。そして絡まれていた少女だけとなる。
その段階になると、フィルの緊張も少しばかり緩和した様子だった。
「えっと、あらためて大丈夫ですか?」
フィルは先程とは打って変わって、落ち着いた表情で少女に尋ねた。
少女は、先程フィルが現れてからというもの、ただ呆然とフィルを見つめていたように思える。
その瞳が、うすぼんやりととろけて、その頬が僅かに紅潮しているのに、果たしてフィルは気付いているのだろうか。
「あの、お嬢さん?」
フィルが再び声を重ねると、少女ははっと意識を取り戻したように、はっきりと口にした。
「……見つけましたわ」
「はい?」
フィルが戸惑ったところで、少女はフィルの手をがしっと握りしめる。
そして熱に浮かされたような表情で、フィルを、呼んだ。
「見つけましたわ! 私の王子様!」
いや、だから、フィル。
そうやって、困ったことがあると俺を見るのは止めてくれ。
俺にだって、どうしたら良いのか分からないことくらい、ある。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
幕間最後の短編の予定です。
最後なので、今までよりも多少長くなります。
ちょっとだけ、キャラが沢山出る感じかと思われます。
これが終わると、いよいよ四章になると思いますので、よろしければお付き合いいただけると幸いです。




