変な夢(6)
──────
「ねぇ総。このゲームで出てくる赤いカクテルってなんだと思う?」
「……さぁ」
「カンパリ系かな、グレナデンシロップかな。それともクランベリーかな」
「……知らない」
「イチゴって線もゼロじゃ無いよね」
「…………」
「総?」
俺が無言になったところ、さっきまでテレビゲームをしながら実況していた鳥須が俺に顔を向けて来た。
そんな鳥須に、俺は苛立った表情で言う。
「うるせぇよ。ゲームくらい静かにできないのか」
「だってー。せっかく二人で居るのにつまんないじゃーん」
「二人で居るんじゃない。俺が一人で課題をやってたところに、お前が邪魔をしにきたんだ。一人と一人なんだよ」
「ひどくない?」
言いつつカラカラと笑う鳥須に、俺はため息しか出てこなかった。
季節は既に冬。俺と鳥須が初めて会話をした梅雨の日から、半年が経過していた。
その間、好む好まざるに関わらず、俺の交友関係は広くなったと言えるだろう。
俺は、鳥須に気を使ったのと面倒だったのがあって、構内で鳥須に話しかけることは極力しないようにしていた。
そもそも、酒飲み友達とか言われたところでどの程度の関係性なのかも曖昧だ。
だが、鳥須は俺の事情などはお構いなしに、それからというもの積極的に話しかけてくるようになっていた。
俺も人並み程度にはコミュニケーションを取れるつもりなので、仕方なく相手をした。そんな俺達に周りは、やっぱり黙っているわけではなかった。
俺は必然的に鳥須の周りに居た女子と面識ができたし、鳥須の方も俺の周りにいた男子とある程度親しくなった。
そして、俺がどれだけ否定しても、やはりある程度の噂は立つのだった。
俺と鳥須が、付き合っているという噂が。
鳥須のほうは、その噂を上手く利用して男除けに使っているふしがあった。
こうして、俺の部屋に遊びにきては、だらだらとするくらいのこともやってのける。
反対に俺は、噂の真偽を確かめるべく寄ってくる男共に心底うんざりしている。
本当に、その点に関してはデメリットしか感じない。
「お前はそもそも、なんで俺の部屋でゲームをやるんだよ。自分の家でやれよ」
「えー。だって今日はゲームやりに来たんじゃなくて、総と飲みに来たんだし」
俺がごく当たり前のことを指摘すると、鳥須はゲームをポーズして、一人暮らしには少し大きめの炬燵に手をつっこみながら答えた。
彼女が腰を丸めながら入っている炬燵机の端には、今日彼女が持って来たウィスキーのボトルが置いてあった。
銘柄は『ワイルドターキー レアブリード』である。
ワイルドターキーは、ちょっと大きなスーパーに行けば手に入ることが多い、アメリカのウィスキー『バーボン』の一銘柄だ。
比較的簡単に手に入るのは、度数40度の『スタンダード』と、度数50.5度の『八年』。
俺は特に『八年』を好んでいた。荒々しい飲み口と、ガツンと来る強さ。そして程よい樽の風味と甘さがお気に入りだった。
そんな話を以前、鳥須としていて盛り上がったとき。
『だったら、違うターキーも飲んでみようよ!』
と鳥須が言っていたのが、この『レアブリード』であるらしい。
通常のウィスキーは樽から出した原酒に加水をして度数を調整するが、この『レアブリード』はその加水を一切行っていないという。
故に、度数は56度と高く、その味わいも深いとか。
鳥須は、そんな口約束を実行しに、約束も取っていなかった俺の家に押し掛けたらしい。
「せっかくお姉さんが奮発したってのに、総こそなんで課題なんかやってるの」
「そりゃ、俺はお前と違って課題が終わってるわけじゃないからだよ」
「そりゃそっか」
俺が憎々しげに答えると、鳥須はあはっ、とわざとらしく笑った。
俺が鳥須と付き合うようになってから知ったことの一つは、この女がとても優秀だということだ。
特にテストや課題のプログラムに関しては、悪い評価を貰ったところを見た事がない。
だが、意外な事に体は弱いようで、よく授業を欠席していた。
留年している理由も、成績の問題ではなく、去年テストがどうしても受けられなくて、単位が出なかったことにあるみたいだった。
そして大学の講義というものは、毎年毎年違った課題を課すわけでもない。
結論として、鳥須は現状、ほとんどの課題をやる必要がないのだった。
「だからぁ。総も課題なんて忘れて、飲もう?」
「…………」
わざとらしく目を潤ませ、胸を寄せ、庇護欲を感じさせるような態度で言う鳥須。
だが、こたつの中の鳥須の足が、急かすように行儀悪く俺の足をつついているのが、この女の残念なところだ。
しかし──いや、むしろそんな女であることを、俺が知っているくらいには、俺と鳥須は仲良くなってもいるのだ。
俺の家で、RPGをプレイする程度には、この女は俺の家でゲームを楽しんでいるし。
「分かったよ。もうすぐキリの良いとこまで終わるから」
「やったね! じゃあゲームしてるね」
「はいはい」
俺が課題に戻ると、鳥須も再びゲームに戻った。
俺にあんな質問をしていた癖に、ゲームの中では白いカクテルを選んだようだった。
「終わったぞ」
「待ってました! 総はテーブル片して!」
課題を切り上げたことを告げると、鳥須はすかさずゲームをポーズし、台所に走った。
台所と言っても、俺の一人暮らしの部屋は1Kであり、こたつのあるこの部屋のすぐ隣が台所だ。
俺が言われた通りに、テーブルの上のノートPCやプリントを脇にのけていると、一声かかる。
「総もロックで良い?」
「別になんでも」
「んじゃ、ロックにしよっか」
そして勝手知ったる様子で、戸棚からロックグラスを二つ取り出した。
グラスを並べた後、冷凍庫から買ってあった氷を取り出し、グラスに詰める。
そして、二つのグラスを手に、急ぎ足で炬燵まで戻ってくる。
「うーさむさむ。総、ストーブとか買おうよ」
グラスを置いてから、鳥須は手と足を炬燵に入れつつぼやいた。
「炬燵があれば、だいたいなんとかなるだろ」
「えー。私的にはやっぱり暖房器具がもっと欲しいなぁ」
「ここは俺の家だ」
「そして私の家でもある」
「ねーよ」
総のケチ、と唇を尖らせている鳥須を無視して、俺は『レアブリード』に手を伸ばす。
鳥須はさっと、俺からボトルを守るようにそれを抱きかかえた。
「なんだよ?」
「待って、私への感謝が先でしょ」
「この前は俺が買っただろ」
「でもー、今回は私ですよー」
俺と鳥須は、基本的に持ち回りで酒を買っていた。
飲み友達になった俺達であるが、俺はただの大学生だ。バーで飲み歩けるような金があるわけではない。
反対に鳥須は、家が裕福なようだ。鳥須を家に送って行ったこともあるのだが、鳥須の家は、とても普通の大学生が住めるようなマンションには見えなかった。
そして、その経済能力の違いが、俺達にルールを作った。
基本は家飲みで、酒は持ち寄り。
バーでは割り勘にする。
鳥須が奢ると言ってくれることもあるのだが、そこは固辞した。
見栄を張っただけだが、お互いの立場が対等な以上、そこもできれば対等にしておきたかったというのも少しある。
なんにせよ、ここで彼女が求めているのは、茶番のようなものだ。
持ち寄りであっても、彼女が俺に比べて高い酒を買って来てくれることに対して、俺が肩身の狭い思いをしているところに、彼女は交換条件を出したのだ。
「さぁ、どうぞ。いつも以上に心を込めて」
鳥須のわざとらしい言葉に、俺は眉間に皺を寄せつつ言った。
「『ありがとう伊吹ちゃん』」
「固い、もう一回」
「さっさと飲ませろ伊吹」
「……さっきよりは自然だけど、うーん」
どうにも鳥須は、俺に自分の事を『伊吹』と名前で呼ばせたいようなのだ。
むしろ俺だけでなく、他人からは名前で呼ばれたいらしかった。
一度、その理由を尋ねたときは、
『なんで鳥須は嫌なんだ?』
『だってそれって名字じゃない? 家のことを呼ばれてるみたいで、ちょっとね』
『……複雑なのか』
『……複雑なのです』
と、鳥須の事情は全く分からないながらに察するしかなかった。
なんにせよ、それで俺の対応が特に変わるわけでもない。
鳥須には鳥須の事情があるように、俺には俺の事情がある。
俺には、知り合いの女の子を下の名前で呼ぶ習慣はない。
「とりあえず、良いだろ?」
「まったくこのせっかちさんめ。良いよ。どうぞ。私のことは好きにして」
俺が待ち切れないと迫ると、鳥須は芝居がかった調子で、ボトルをさらに抱きかかえた。
ぎゅっと目を閉じて、豊満な胸でボトルを挟む様にしているのがやけに扇情的だった。
流石の俺でも、何もなければムラッとしたかもしれない。
「良いからボトルを寄越せ」
「えー。お姉さんつまんなーい」
しかし、今の俺にとっては、性欲など酒欲の足元にも及んでいなかった。
鳥須の冗談めかした所作に、いちいち構っていられるほど暇ではないのだ。
「私、今まで色んな男に会ったけど。私と酒を比べて酒を取るのは総くらいだと思う」
不満そうにしつつ『レアブリード』を解放した鳥須。
彼女はそれを自分で開けつつ、やや消沈した様子で言った。
「……こんなにアプローチしてるのになぁ」
と、今度は切なそうな表情をする鳥須。
しかしこれが冗談であることは、炬燵の中で俺の足をつつき続けていることから分かる。
更に言えば、グラス一杯分しか注いでいない時点でこれが脅迫であるのは間違いない。
芝居に乗れ、飲みたければもっと私を楽しませろ、と要求しているのだ。
「……お前さぁ。こんな俺のどこが良いんだ? 俺なんかより良い男はたくさんいるだろ」
酒の為に魂を売った俺が言うと、鳥須は嬉しそうに答える。
「だって私達、体の相性ばっちりじゃない?」
そのクソみたいに下らない冗談に、俺は乗るのをやめて半眼で答えた。
「お前と今まで合ったことがあるのは、酒の好みだけだろ」
「つまり、下の相性がバッチリってことだよね」
「舌な舌。音だけだといかがわしい感じに聞こえるからやめろ」
「総のエッチさんめ」
鳥須はそう言って俺をからかいつつ、満足した様子でもう一つのグラスにも液体を注いだ。
濃く深い琥珀色が、ロックグラスの中の氷を揺らす。
その氷がたゆたう様子に、俺は先程まで萎えていた心が活気を取り戻すのを感じた。
「はい。じゃあ、乾杯しよっか」
「つまみは?」
「後で良いよ」
鳥須からグラスを受け取りつつ、もろもろの段取りを確認した。
そして双方がグラスを持ったところで、鳥須は尋ねる。
「それじゃ総。なにか最近『良い事』あった?」
これは彼女の癖のようなものだ。
鳥須は、乾杯の際に必ず『良い事』を尋ねる。
それは以前彼女が言っていた、想像力の話なのかもしれない。
あなたが作ったこのお酒は、この『良い事』の為に飲まれました。
それが、彼女の中では、その一杯をより美味しくするために、必要なのだろう。
俺は目を閉じて、静かに答えた。
「……特には、別に。あ、俺の友達が、好きな子に告白してOK貰ったとかなら」
「……ふ、ふーん」
鳥須はそこに、少し迷うような仕草をしたが、頭を振って頷いた。
「では、その友達の前途を祝して、乾杯!」
「乾杯」
俺と鳥須は、静かにグラスを合わせた。
十二月の静かな夜に、その音は吸い込まれて消えていった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
次回も夢回です。
※0121 表現などをやや修正しました。
※0123 誤字修正しました。
※0424 表現を修正しました。




