【カミカゼ】(1)
二話に分けようかと悩んだくらい長いです。
最近の長さの三割り増しくらいです。
すみません。
「な、なに変な方向に進めてるんです!?」
俺とカムイさんが言葉を交わしあったあと、驚いた様子のメグリさんが割って入った。
「いつもは金額と材料を提示して、それでもと言うなら作る、納得できないなら帰れって言うだけなのに……!」
「悪いなメグリ。この男には、そういった失礼な対応をするべきとは思えなくてな」
慌てたメグリさんの頭を軽く撫で、カムイさんは優しく言った。
どうやら、俺は彼に普通以上に鋭く見られているらしかった。
「総」
一方の俺にも、同行していた少女から声がかかる。
彼女は、心配とも信頼とも取れぬ目を静かに俺に向けながら、一言だけ言った。
「信じてるからね」
「任せてくれ」
俺は彼女へとはっきり言ってから、真っ直ぐに前を向いた。
そこには、相変わらず堂々と構えたカムイさんの姿がある。
どうやらメグリさんも、ひとまず俺達のやり取りを見守ることになったようだ。
「それじゃ、見せて貰おう。カクテルってやつをな」
「お任せください」
俺は慇懃に腰を折ってから、即座に思考を回し始めた。
注文を受けたは良いが、この段階では情報が不足している。
相手に向けて、いったいどんなカクテルを作るべきなのか。
カクテルグラスの依頼なのだから、ショートカクテルに限定すべきか。
自分を見せるという意味で、オリジナルカクテルを作る方がいいのか。
それとも、いつものように相手をじっと見て、その人に最も合ったカクテルを作るべきなのか。
どの答えにも、一長一短がある。
考えていても答えは出ない。
ではどうする? 分からないならば、聞けばいい。
「注文を受けた後に恐縮ですが、お作りする前に少し質問しても?」
「ああ、お前さんが気の済むまでなんでも聞いてくれ」
俺の言葉を受け、カムイさんは試すような声音で言った。
飾ったり気取ったりすれば、すぐにバレるだろう。
背伸びをしても良い事はあるまい。
「まずお聞きしたいのですが、カムイさんは、どういった一杯をご所望ですか?」
「どういった、ってのは?」
「依頼のための一杯。自分──この場合は僕を表現する一杯。または、僕のいつも通りの一杯。などなどです」
「なるほどな」
俺の言葉の意味が伝わったのか、カムイさんはふむ、と頷く。
そして、カッと目を見開き、はっきりと告げた。
「俺は、お前がどんな人間なのかを知りたい。ただし特別なことはしなくていい。お前さんの、ありのままの信念ってのを見せて欲しい」
カムイさんの言葉を受けて、俺は方針を決めた。
拘る必要はない。自分が飲んで欲しいカクテルがあっても、それよりも相手が求めるカクテルがあれば、そちらを出すべき。それは常に実践していることだ。
飾る必要はない。特別な自分を演出しても、それは一時だけのものだ。特別な日にしか使わないグラスを求めて、俺はここに来たのではない。
それであるならば、俺の行動の指針は一つだ。
いつもの営業のように、ただ、必要なことを尋ねるべきだ。
その人に合った、最高の一杯のために。
「ではまず。こちら、今から作るカクテルは、ポーションを混ぜ合わせた飲料です。ですが、僕はこれをお酒として扱っています」
初めましてのお客さんには、俺はこう説明をする。
どこかで噂を聞きつけ、物珍しさでカクテルを飲みに来る人もいる。しかし、何も知らずに来る人も多い。
そういった方に、説明も無しにカクテルを飲ませるわけにはいかない。
はたして、カムイさんは感心したように頷き、続けた。
「ああ、俺もポーションと言われてもピンとは来ない。酒と言われれば、分かる」
「では、そのように。度数は強い方が良いですか? 弱い方が良いですか?」
自分の傑作のために信念を曲げないのが職人なら、お客さんのためにどこまでも曲がれるのが、バーテンダーとも言えるかもしれない。
だから俺は、ここでショートに拘ることはしない。
彼が見たいのは、カクテルグラスに合うカクテルではない。
カクテルグラスを扱うに足る、俺なのだから。
「なら、そうだな。せっかくだから、強いのを。自国の焼酎を思い出すくらいのな」
「……なるほど、かしこまりました」
焼酎と来たか。
実は気になっていたことの一つだが、どうやらこの世界──ジャポンには焼酎が存在しているらしい。
この国にも、美味しくない蒸留酒はあるにはある。それを踏まえれば、ジャポンはここよりも多少は進んだ酒文化があるのかもしれない。
と、それは置いておいて。ご注文は、強めだ。
「味の好みなどはございますか? 甘めだったり辛めだったり。苦手なものなどは?」
「そうだなぁ」
少し悩むように唸ったあと、ふと外に目をやるカムイさん。
何が見えるのかと思えば、そちらには先程気にしたばかりの稲穂が波を打っていた。
「俺は辛めが好みだな。甘過ぎないほうが良い。苦手な物は特にない」
「かしこまりました。では──」
「あ、ちょっと良いか」
俺が頭の中で候補を絞り込んでいたところで、カムイさんは焦ったように口を挟む。
そして、ちらりとメグリさんを見た。
彼女がきょとんとしたのを見て、うむむ、と唸ってからその注文をした。
「いきなりで悪いんだが、例えば、俺とメグリの二杯分をってのを、頼むのはありか? もちろん判断は俺がするんだが、メグリの意見も聞いてみたい」
「もちろんです」
何を言うかと思えばだ。
もとより、一杯で終わってしまうつもりは無かった。
だって、カムイさんに飲ませただけで、隣のオーナーが満足してくれるわけが無いのだから。
「なら、頼む。俺には辛め、メグリには……やや甘めで」
「かしこまりました。度数は?」
「二人とも強くて良い。こう見えてメグリはうわばみだからな」
「旦那様っ!?」
ニヤニヤと笑っているカムイさんに、メグリさんが照れた様子で声を上げる。
その二人のやりとりに、こちらも微笑ましい気持ちになる。
……俺の思い過ごしでなければ、この二人は、とても仲が良い。
それこそ、恋仲かそれに近い信頼感がある気がする。
だとすれば……その疑問が、浮かぶ。
「最後に、あと一つだけお尋ねしても?」
「もちろんだ」
思ったことを直接尋ねるのは、あまり良くない。
だが、気になったことがある。
俺は、それをバーテンダーの作法に則って聞いてみた。
「お二人は……いえ、カムイさんはどうして、この国に?」
バーテンダーは、お客さんが来店したとき、『どうしてこの店に入ったのか』を聞くことが多い。
それは、新規を獲得する上で参考になることだし、会話の始まりとしても悪くない。
だから、それと同じように尋ねた。
あなたは、なぜこの国にやってきたのか、と。
「…………」
一瞬だけ、カムイさんの雰囲気が揺らいだ。
職人としての鋭い切っ先に、僅か──無機質の中に、感情のような何かが滲んだ。
彼は静かに目を閉じ、またしても、メグリさんの方へ視線を向けた。
向けられたメグリさんは、少し沈痛な面持ちで俯く。
その後に、苦笑いのような、静かな笑みを返していた。
そして最後、カムイさんは真っ直ぐに俺の目を見て、告げた。
「名を上げるため。誰からも認められる、職人になるためだ」
その答えを聞いて、その声に宿る、鋭い心を感じて。
俺は『その一杯』に決めた。
「ありがとうございます。それでは、今からお作り致します」
俺はその答えを胸に、頭の中で二杯のイメージを作り上げる。
まったく同じ名を持ちながら違う味、とあるカクテルのイメージを。
俺は彼らに断って台所をお借りすることにした。俺はどこでもカクテルが作れるようにと、道具一式を弾薬化して持ち歩いている。
卓上に道具を広げても良いのだが、水を使うのだから後片付けを考えれば台所が良い。
カムイさんとメグリさんの両名は、そのまま台所まで移動して来て、俺の作業を見学するつもりのようだった。
まぁ、見られるのもいつものことなので、問題はない。
むくりと心の中で首をもたげる緊張や不安、そして恐怖といった負の感情。
深呼吸をして、そういったものたちを、再び胸へと押し返す。
どくんどくんと緊張している心臓が、心地よいと感じるまで、しばし待つ。
「では、お作り致します」
時間にして数秒の間を置いて、俺はそう告げた。
物音に敏感でありながら、そちらに気を取られない。
そんな極度の集中状態から、いつも通りに体を動かす。
最初に、オールドファッションドグラス──要するにロックグラスを二つ準備した。
右に置いた方がカムイさん、左に置いた方がメグリさん用だ。(スイのは後回しだ)
他に、メジャーカップ、シェイカーもそれぞれ二つ用意した。
今回の場合、それぞれ二つあるほうが都合も良い。
それらを、まな板の上部に並べるようにして置いて、その下で俺は洗ったライムを縦にカットする。
六分の一カットを二つ用意し、まず一つから果汁を絞り右のメジャーカップへ注ぐ。
適度に絞った果実は、捨てるのではなくグラスへと送り込む。その後に、右のメジャーカップにはフレッシュのジュースで15mlを計った。
僅かに浮いた果肉が、溢れるフレッシュな酸味を想定させる。そのイメージを持ったまま、右のシェイカーへと液体を流し込んだ。
次いで同じようにライムをカットして左のメジャーカップを満たす。こちらは、果汁を20mlだ。
その次に計るのは『ウォッカ』──『ウォッタポーション』である。
軽やかに瓶の栓を開け、右のメジャーカップは一度、ひっくり返す。使うのは30ml側ではなく、45ml側だ。そちら側の上限量をぴっしりと計り、シェイカーに注いだ。
これで右はすでに60mlとなったが、ひとまず置いておいて左側だ。
左のメジャーカップはひっくり返すこともなく、ライムと同じように20mlを計り入れた。
この時点で、既に両者の分量は大分異なっている。
ベースの量を考えれば、度数自体にも大きな違いが生まれてしまいそうだ。
だが、次に俺が栓を開けるのは、この世界で初めて手に入れた『リキュール』。
柑橘の甘さと、皮の苦みを併せ持つ、とろりと上品な魔草ポーション。
地球ではアルコール度数40度。ベースの蒸留酒に勝るとも劣らない度数を持った『コアントロー』だ。
その瓶を右手に持ったまま、今度は左から、メジャーカップで20mlを計った。
それを左のシェイカーへと注ぎ、メグリさんの分はこれでおしまいだ。
カムイさんの分には、最後の仕上げが残っている。
俺は手に、メジャーカップではなくバースプーンを持つ。
そして、コアントローを1tsp──スプーン一杯分だけ計り、そっと右へと落とした。
そのままバースプーンで右側を軽く混ぜ、味を見る。問題無い。
その後に、左側も同様に味を見た。いつもであればバースプーンは水で洗うところだが、今回に限っては構成物に違いがないのでその必要はない。
これで準備は整った。
カムイさんへ作る一杯は『ウォッタ45ml』『ライム15ml』『コアントロー1tsp』。
メグリさんへ作る一杯は『ウォッタ20ml』『ライム20ml』『コアントロー20ml』。
後はシェイクをするだけだ。
まず、メグリさんへの一杯に着手することにした。
基本的に、俺はご注文の品は同時に出せるように作るが、シェイクが複数だとどうしても、同時にというわけにはいかない。
その場合、二杯なら俺は女性のカクテルから作ることにしている。
レディファーストというのも少しはあるが、バーでは大抵の場合、男性の方がカクテルに詳しいことが多い。
女性のカクテルを先に持って行った方が、男性が説明などをしてくれて、時間を自然に埋めてくれることが多いのだ。
もちろん、男性を立てた方が良さそうな場面だったり、先輩と後輩のような関係だったりと、その都度に応じて順番を入れ替えはするのだが。
ついでに三杯以上であれば、小細工は諦めて作業台で全部用意してから持って行く。
今回の場合も、カクテルグラスを使うわけではないので、そのつもりだ。
どうでも良い話が長くなってしまったが、メグリさんの分の一杯に取りかかろう。
しかしその前に、カムイさんの方のシェイカーも、軽く蓋をして埃などが入らないようにしておくのを忘れない。
それが済んだら、左のシェイカーへ氷を詰めて、蓋をする。
ぎゅっと強くストレーナーを締め、トップを被せる。仕上げにまな板に、シェイカーをココンと打ちつけた。
そして、俺はシェイカーを胸の高さに持って来て、緩やかに振った。
台所に、心地よい音が響く。
氷と液体が、シェイカーを叩く感触が指先に伝わってくる。
温度が、衝撃が、少しずつ高まって行くカクテルの完成を、如実に教えてくれている。
その完成度が、味の上昇曲線が、平になるそのタイミング。
俺は開始時と同じように、静かにシェイクを終えた。
シェイカーのトップを開け、ライムが横たわる左側のロックグラスへと、薄白の液体を注ぎ込んだ。
緑色のライムが液体に煽られて踊る。その様を堪能したあと、シェイカーのストレーナーも開けて、氷をトングで取り出す。
ライムが映えるよう注意しながら、迅速に氷をグラスへと詰めて行った。
ロックグラスの中で、薄白の液体と緑の果実、そして透明な氷が見事な色彩を作った。
これで、メグリさんの分は完成だ。
後は、カムイさんの分も、同じ作業を繰り返す。
前述したように、供するタイミングは同時にするつもりだ。
「お待たせしました」
カムイさんとメグリさん、それぞれの前にグラスをそっと差し出した。
俺の動きを真剣な目で見ていた二人は、目の前に現れた飲み物にも注意深い目を向けている。
「……これが、『カクテル』か」
カムイさんの呟きに、俺はすこしだけ訂正を加えた。
「はい。ですが『カクテル』は、そうやって作られる飲み物の総称ですので、そちらの一杯──いえ、二杯には違う名前があります」
言うと、二人はその名を聞く為に、グラスへと向けていた目をそっと持ち上げる。
俺は、その二人に送るつもりで、その名を告げた。
「【カミカゼ】です」
それは、この世界のジャポンではきっと、台風や嵐といった意味なのだろう。
その由来を説明するのは、後で良い。
今は、その名を受け取った二人が、どのような感想を持つのか。
それをただ、待つのみである。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
どのカクテルが出てくるか予想されたかもしれませんが、こうなりました。
レシピや由来について様々あるカクテルなので、今回や次回の話も、あくまで一例と思っていただけると幸いです。
※1215 誤字修正しました。




