カクテルグラス(3)
「こちらで少々お待ちください」
メグリさんに連れてこられたのは、街からかなり外れた、森の手前にある家屋だった。
さすがに日本家屋的な趣はない。居住用の木製の小屋と、煙突のついた工房らしき建物が、少し離れた所に並んでいる。
雰囲気はまさしく森のガラス工房といった感じだ。
だが、俺の目を奪っているのは、家の裏手に広がっている畑、そして水田だ。
秋の始まりの時期に相応しく、豊かな稲穂を実らせた稲が、風に揺られてそよいでいるのだ。
「スイ。あれ、なんだが」
「ん?」
「この国では、米は育つのか?」
俺は興奮を抑えつけながらスイに尋ねる。スイはちらりと俺の指す方角に目を向け、うむ? と首をかしげた。
「ごめん。ちょっとそっちのほうは分からない」
「……そうか」
「直接聞いた方が良いと思うよ?」
スイが俺に諭すように言ったそのときだった。
軒先で待っていた俺達の前に、その男が現れたのは。
「よっ。あんたらがお客人かい?」
メグリさんと揃いの、男性用の和装を身につけた男だった。だが、俺が一番気になったのはそこではない。
この世界に来てから、カラフルな髪の毛には大分慣れた。
だが、それでも俺は出て来た男の頭へと、目線を向けずにはいられなかった。
「旦那様。初対面の方に態度が過ぎますよ」
「おめえは固すぎるんだよメグリ」
メグリさんに嗜められ、言い返している男。
その頭には、小豆色の短い髪の毛と、一本の角が生えているのだった。
家の中は和洋折衷といった感じの様相だった。
恐らく木の床張りだったところに茣蓙が敷かれ、その上に座布団が置かれている。
家具の作りもそれ自体は洋風なのに、魔改造を施してところどころ和風テイストにしているようだ。
なにより特徴的なのは、その家の至る所に、ガラスで作られたいくつもの工芸品が並んでいるところだろう。
確か切子といった模様のものや、色鮮やかな像、他にも俺の知識では到底及ばない様々な模様のガラスが、並んでいた。
「簡単に話は聞かせて貰った。俺の名はカムイ・センリョウ。いや、兄ちゃんには『千両 神威』で通じるのか? ま、気軽にカムイさんと呼んでくれて良いぜ」
辺りをキョロキョロと見渡していた俺達に、かなりフランクな態度で接する男。
年頃は、メグリさんとほぼ同じ(本当に二十八なら)か少し上だろうか。
額に角を生やしたその男は、気持ちの良い笑顔を浮かべながら俺に握手を求めてくる。
「あ、はい。夕霧総です。よろしくお願いします、カムイさん」
「おう。そっちの嬢ちゃんは?」
「スイ・ヴェルムットです。よろしくお願いします」
自己紹介を終えると、カムイさんは雰囲気を一転、真剣な目つきで俺とスイとを見た。
そして、本題へと移る。
「そんで。二人は俺に、グラスを作って欲しいんだったか?」
その問いかけに、俺は深く頷いた。
「はい。というのも、街のガラス工房にはすでに断られてしまいまして。もう頼るアテがないと思っていたところでカムイさんの噂を聞き、お邪魔させていただきました」
「世知辛いねぇ。だが、運が良かったな。街の連中には悪いが、奴らの中に、俺に敵う腕前の人間は居ねえからな」
カムイさんは自信満々に言い切って、にっと笑って見せた。
その懐の広い笑みは、初対面の人間にもとっつき易く、頭の中で描いていた『気難しい職人』とは、大分イメージが違った。
確か、機人の間では『自分たちくらい変わり者』と噂になっていたと思ったのだが。
「それでは、依頼を受けて頂けるんですか?」
頭の中に湧いた疑問はとりあえず置いておきながら、俺は単刀直入に尋ねた。
俺の言葉に、カムイさんはにっと笑みを浮かたまま、答える。
「悪いが、それはこれから決める」
そして、俺の心の中までを見透かすような、鋭い視線を突きつけて来た。
途端に、ざわっと背筋が凍り、全身に鳥肌が立つ。目の前の気のいいあんちゃんが、急に刀を持った侍に雰囲気を変化させた。
俺は、何も発言できず、ごくりと唾を呑み込む。
何か不用意なことをすれば、それだけでこの先を断たれる予感さえしてしまう。
「何を馬鹿なことを言っておりますの」
「いてっ」
そんな雰囲気をぶち壊したのは、カムイさんの斜め後ろに控えて、ずっと様子を見ていたメグリさんであった。
彼女はどこから取り出したのか分からない小石を、カムイさんの頭に投げ当てていた。
「何をするメグリ」
「旦那様。今のウチの経済状況は知っておりますね? そんな状態で仕事のえり好みが出来るとお思いですか?」
「……え、マジで? そんなにヤバいの?」
「……大マジです」
カムイさんは、メグリさんの無言の圧力を背に受けながら、再び俺へと向き直る。
そして、言った。
「だが、俺は気に入った相手からじゃないと依頼は受けない」
そして、俺を試すような視線を相変わらずに向けて来た。
「旦那様ぁ? お話を聞くだけの頭も持ち合わせてはおりませんか?」
「メグリ。悪いが、こればっかりは譲れない」
ゆらゆらと怨嗟の立ち上るメグリさんに、しかしカムイさんは真っ直ぐに言った。
そして、俺達、依頼者にもはっきりとその意気を告げる。
「俺のガラスは、俺自身だ。俺の心が込められた作品だ。俺は気に入った相手からじゃないと依頼を受けられない。俺の心が求めない限り、俺は俺の作品を作れないからだ」
はっきりと告げられた言葉。
論理的ではないが、意味はしっかりと通じる。
俺がカクテルを作る時だって、似たようなことを思う。
お客さんに一杯を出すとき、常に自問自答することがある。
『この一杯を、俺は俺が作ったと胸を張れるのか?』
胸を張って自分の作だと言えない一杯は、お客さんに出すべきではない。
バーテンダー修行を始めたばかりのころ、先輩に言われたことだ。
俺はあるとき、先輩に質問した。
メジャーカップで15mlを計るつもりが入れすぎた場合、どうすれば良いのか、と。
それに対する先輩の言葉は簡潔だった。
『捨てる』
それだけだった。
当然、勿体無いと思ったし、そう言った。だが、先輩はそんな俺を嗜めた。
勿体無いと思うなら、違うグラスに取っておいて勉強のために飲んでも良い。ただし、それをお客さんに出す一杯に入れることだけは、してはいけない。
そうやって作ったカクテルは、「まぁ、良いか」で作ったカクテルだ。
自分や親しい友達に出すのならば、それも良いだろう。
だが、見ず知らずの相手に、間違った、失敗したカクテルを出すことは許されない。
バーテンダーのカクテルは名刺と一緒だ。
名刺の名前が間違っているのに、それを自分ですと出す馬鹿はいない。
同じように、失敗したと分かっているのに、その一杯を出すバーテンダーも居ない。
失敗した一杯を、自分として覚えられる。これは、自分にも、そしてお客さんにも害のあることなのだから。
それは、バーテンダーに限らず、誇りを持ったすべての職人にも言えるだろう。
自分の作ったものには、自分の心が籠っている。
だから、カムイさんは納得した仕事以外は受けない。自分の心の籠らない作品を、世に出す訳にはいかないと思っているからだろう。
変わり者と言えばそうかもしれない。
しかし、職人とはやはり、そういうものなのだ。
頭の中で、カムイさんの要望は、はっきりと受け取った。
であるならば、俺のできることもそう多くはあるまい。
俺はさっきのさっきで、メグリさんに頭を軽く殴られているカムイさんに、尋ねた。
「つまり、カムイさんの心が求めるようなカクテルを、作れば良いということですね?」
俺の自信に満ちた声に、カムイさんはにっと唇を歪めた。
シンプルで良い。それに少しだけ、嬉しくもあった。
街のガラス工房の頑固オヤジは、俺の要望を聞く時にも、費用だとか作業工程のことしか考えてはいなかった。
俺のカクテルがどんなものなのか、興味を示しもしなかった。
しかし、そうじゃない。そんな奴には、俺も仕事を任せたくはない。
俺の求めに真っ向から向き合ってくれる人。そんな人に認められてこそ、カクテルはそれに相応しいグラスを得られる。
そっちの方が、シンプルで分りやすいじゃないか。
「分かってるのか? 職人の心を動かすってのは、そう簡単なことじゃないぜ?」
「承知の上です。それでも、俺には『カクテル』しかありませんから」
カムイさんの試すような物言いに、しかし俺は笑みを抑え切れない。
「ですから、かしこまりました。カムイさんの心を動かす一杯を、お作りいたします」
慇懃に腰を折って、俺は意識をバーテンダーのそれへと切り替えた。
思えば、最初からそうしてきたことだ。
立ちふさがる問題は、なんであれ、カクテルで解決してきたのだから。
※1213 誤字修正しました。




