双子の試験(1)
「それじゃ、まず、フィルから」
「は、はい!」
俺に呼ばれて、フィルがかなり緊張した様子で作業台の前に立った。
それを、俺、スイ、サリーに、見物のライとオヤジさんがカウンターに座って見る。
並んだ人間の顔をあまり見ないようにしつつ、フィルは手を握って開いてを繰り返していた。
「あんまり緊張せずにな。これはまだ初回なんだし」
「わ、わかりました」
「……あんまり分かってないよな」
ガチガチに固まった声で言われても苦笑いしか返せない。
フィルにも自覚はあるようで、やや恥ずかしそうにはにかんだ。
そのあとにフィルは視線を移し、指差ししながら用意されている器具の位置を確認する。メジャーカップ、シェイカー、バースプーンやナイフ、そしてグラス。
コールドテーブルも一度だけ開けて、氷や材料の瓶を確認した。
そろそろ良いかと、俺は声をかける。
「それじゃ、始めるぞ」
「はい」
返事のあと、俺は手を叩く準備をする。
俺の隣に座っているスイは、この世界のストップウォッチらしき道具を握りしめた。
スイの準備も済んだのを見て取ってから、俺は課題を口にした。
「じゃあ、【ジン・トニック】と【ホワイト・レディ】と『オレンジジュース』を、三分以内に。始め!」
始めの言葉とともに、俺は手をパンと叩いた。
今やって貰っているのは、簡単な試験である。
内容はシンプル。
先程述べた三つの飲み物を、三分以内に全て用意する。それだけだ。
どうしてこんなことをするのかと言えば、最低限のバーテンダーの動きを身につけるためである。
この場合の動きとは、その場の状況に合わせて行動を最適化し、できる最善を実践するということ。
さらに簡単に言えば、どう動いたら早くなるかということだ。
通常、バーテンダーは三杯のカクテルが同時に注文されたら、律義に一杯一杯を作るわけではない。
最初にグラスを三つ用意するとか、一気に氷を入れるとか、同じ材料があるのなら、同じタイミングで入れてしまうとかで、時間を短縮する。
その、基本を今、身につけてもらおうとしているのだ。
たとえば先程の注文を例に上げよう。
『オレンジジュース』は置いておいて、【ジン・トニック】と【ホワイト・レディ】だ。
この二つに共通するのは『ジン』──『ジーニ』を使用するという点である。
そこで、メジャーカップ(液体を計る器具)でジーニを計り入れる際には、一度にそれぞれの容器に入れてしまった方が早い。
瓶一つとっても、栓を開けるというのは意外と時間がかかるポイントなのだ。
また、俺はいつも、果汁を絞り、氷を入れ、その他の材料を入れる、という順番でカクテルを作る。
だが、この課題であれば時間の短縮を考え、果汁を絞るという作業の次に、材料を計り入れてしまう。その後に氷を入れ、最後に容器を満たすためのオレンジジュースやトニックウォーターを入れる。
理由は、メジャーカップを使うタイミングにある。
【ホワイト・レディ】を作る際には、まず果汁を絞り、足りない果汁をジュースで補いメジャーカップで計り入れる。
その動作の際にメジャーカップを使うので、氷の動作を後回しにして、先に計量を持ってくるというわけだ。
だが、省略してはいけない動作もある。例えば、シェイカーに氷を入れるのは、シェイクの直前でなければならない。
他のグラスと一緒に氷を入れてしまえば、完成そのものは早くはなるが、何もしていないのに氷は溶け出し、完成度はみるみると下がってしまう。
そういったところを厳格に守らなければ、いくら早くても不味いカクテルになってしまう。
省略しても影響の少ない箇所を削り、削ってはいけないところを残す。
そういった細かい動作を突き詰めれば、それだけで時間は分単位で縮まる。
そこからは、如何にその動作を自然に素早く行えるかだ。
道筋ができたら、あとはそれを何回も、何十回も、何百も何千も繰り返して体に覚え込ませる。
その繰り返しが、営業中の咄嗟の行動を可能とし、ひいてはお客様の満足へとも繋がって行くのだから。
「で、できました」
目の前で、フィルが三杯のグラスを、それぞれ差し出した。
左から『オレンジジュース』、【ジン・トニック】、【ホワイト・レディ】だ。
ガチガチに緊張した表情で、フィルはチラチラと俺の方を見ていた。
俺はグラスに手を付ける前に、スイに視線をやった。
「スイ、時間は?」
「五分二十秒」
スイの無慈悲な宣言を聞いて、フィルはがくっと肩を落とす。
「……はぁ」
「ま、最初はそんなもんだ。俺もそれくらいだったし」
「本当ですか?」
「本当」
俺がフィルを励ましてやると、フィルはぐっと拳を握り、気持ちを新たにした様子だ。
ついでに、今回の試験では、俺はほとんど何も教えない状態で、いきなりフィルにやらせてみた。
しかしフィルは、初めてにも関わらず、基本ができていた。
最初に材料を全て出すとか、同じ作業を同時に行うとか、教えるまでもなく、俺のいつもの姿を見て、学習していたのだろう。
時間こそかかったが、そこが分かっていれば上達も早いはずだ。
「それで、味はどうでしょう?」
「あ、悪い、頂きます」
フィルに促されて、俺は彼の作った【ホワイト・レディ】を一杯口に含んだ。
ジーニの辛さ、レモンの酸味、そしてコアントローの甘みが上手くまとまっている。修行を初めて二ヶ月にしては、上出来に過ぎる出来映えだ。
これならば、新規のお客さんが来たとしても、不味いと言われることはないだろう。
「味は合格だ。後はとにかく、速さを身につけることだな」
俺の言葉に、フィルはひとまず安堵の表情を浮かべていた。
フィルの場合は、後はとにかく迷いを無くすこと。
一つの動作を素早くし、合間に考える時間がなくなれば、三分はあっという間に切れることだろう。
その他のグラスにも一通り口を付け、うむともう一度頷いたあとに、俺はもう一人の弟子の名前を呼んだ。
「じゃ、次はサリー」
「待ってました!」
俺の呼び出しに、サリーは元気な声で答える。
そのまま、力強い足取りでカウンターへと入って行き、袖をまくった。
やや落ち込んでいるフィルの背中を軽く叩いてカウンターの外へと出すと、俺に向けて挑戦的な表情を見せてくる。
「やけに自信満々だな」
「当然ですわ。さっきのフィルのを見てやり方は分かったの。失敗しません」
どうやら、彼女は課題の三分を成功させる気であるらしい。
まぁ、最初にフィルにやらせたのも、実は思う所があったからだ。
フィルは良く考えるタイプだが、サリーは目先の問題で動くタイプだ。
フィルは何も教わらなくても筋道を考えて動けるが、そういうところでサリーはてんでダメだったりする。
だから、考え無しのサリーを先にしたら、グダグダの結果になるのが目に見えていた。
そこで、一度フィルにお手本をしてもらって、サリーがどこまで出来るのかを見てみたかった。
「じゃ、そこまで言うんだからお前は二分三十秒でもいいか」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「冗談だって」
俺がからかうと、サリーは少しだけ慌てて涙目になる。
自信があるのかないのか分からん奴だ。
「それじゃ、スイ。準備は?」
「いつでも大丈夫」
スイが、ストップウォッチ的な道具を振って見せたので、俺は頷き、手を前に出す。
「それじゃ、【ジン・トニック】と【ホワイト・レディ】と『オレンジジュース』を、三分以内に。始め!」
俺が手をパンと叩くと、サリーは即座に作業に入った。
「お待たせしましたわ」
サリーが三杯のグラスを差し出したところで、スイがストップウォッチを止める。
そして、その結果を、俺が尋ねる前に口にした。
「凄い。三分十秒。あと十秒で合格だったよ」
「当然ですわね!」
サリーは得意気に鼻を鳴らし、ふふんと俺と、ついでにフィルの方を見た。
だが、俺は彼女に何かを言う前に、出来上がったグラスをじっと見つめていた。
「サリー。この試験の意図は、分かってるか?」
「早く作ればいいんですわよね?」
「…………」
俺の質問に、サリーは得意気な笑みを崩さずに言ってのけた。
俺が思わずカウンターに座っている同志に顔を向けると、オヤジさんが俺に同情的な視線を送っていた。
俺は疲れた笑みを浮かべたあと、サリーの作った【ホワイト・レディ】に手を伸ばす。
「いただきます」
「どうぞ、召し上がれ」
そして、その薄白の液体を一口含む。
…………。
「サリー。ここに、数分前にフィルが作った【ホワイト・レディ】がある。自分のと飲み比べてみろ」
「へ?」
「良いから」
サリーは、少しだけその瞳を不安で揺らしたあとに、恐る恐るフィルの作った【ホワイト・レディ】へと口をつける。
その味を噛み締めるように目を閉じた後、今度は自分の作った【ホワイト・レディ】を含んだ。
「……不味いですわね」
「不味いだろ? それ、お客さんに出せると思うか?」
「……いえ」
サリーがしゅんと沈んだところで、俺はまた励ますような言葉をかける。
「お前の急ごうって気持ちは十分伝わったし、事実、スピードは良いところまで行ってる。あとは作業の正確さだ。もう少し、合間の無駄を減らして、重要なところに時間を使えれば、合格はすぐだ」
「うー」
「へこたれるな。試験ではとりあえず最低限がこなせればいい。お前ならすぐだ」
「本当ですの?」
「本当だ」
サリーの場合は、とにかく早くという気持ちが、先に出ていた。
結果、材料の計量が雑だったり、氷の選定が適当だったり、メジャーカップを水に浸さないことで味が混ざったり、シェイカーに氷を入れっぱなしにしてしまったり。
とにかく、削ってはいけない箇所まで削っていたのが目立った。
だが、その辺りはすぐに教えられることだ。もともと、覚え自体は悪くないのだから、この試験に先に合格するのは、おそらくサリーの方になるだろう。
「じゃ、第一回目の試験は終わり。各自、練習は水で行うこと」
ギャラリーも含めた面々に声をかけ、俺は締めるようにパパンと手を叩いた。
「はい」
「分かりましたわ」
フィルとサリーは、それぞれ殊勝に礼をして、その場のグラスを片付けようとした。
「あ、捨てないでくれ。お前等の作ったカクテルは、一応俺が全部飲むから」
「え?」
「本当ですの?」
俺の提案に、フィルとサリーがそれぞれ不思議そうな顔をした。
まぁ、普通に考えれば、こういった試験で作ったカクテルは、よっぽどで無い限りは余った分は捨てられる運命だ。
だが、俺は初めて持った弟子に対して、少しだけ責任を負いたかった。
「お前等の成長の証として、しっかり味を覚えておきたいんだよ」
言うと、フィルは少し照れたように、サリーは少し焦ったように表情を変えた。
「な、そ、そういうことならもっと出来の良いカクテルを!」
それなりに美味しく作れたフィルと違って、サリーは失敗をもみ消そうとグラスに手を伸ばす。
だが、俺はその手がグラスに届く前に、ひょいと奪い去った。
「おいおいサリー。俺はお前の【スクリュードライバー】まで飲んでんだぞ。今更取り繕えるかって」
「うぐぐ」
サリーは、ぐっと眉間に皺を寄せ、しかし何も言い返せずに俺を睨んでいた。
少しくらいは、バーテンダーとしての自覚が芽生えて来たのか。不味いカクテルを俺に飲まれるのは、やや恥ずかしいらしい。
そんなサリーの成長に、感心する気持ちでいると、
「悪趣味」
スイにいきなり脇腹をつねられた。
こそばゆい痛みが、脇腹から体中に広がる。
「いでで、ス、スイ?」
「嫌がってるんだから、返してあげる」
「分かったって、だからつねるな!」
俺はスイの攻勢に負け、手に取っていた【ホワイト・レディ】をサリーへと返した。
サリーはそれを奪い取るようにして、そのままゴクゴクと飲み干した。
「うへぇ、酸味がきつくて、辛くて、水っぽいですわね」
サリーは自分の作ったカクテルに、感想をこぼしたあと、俺に向かってはっきりと言った。
「良いですか! 私はもっと美味しいカクテルを作りますから、総さんが覚えるのはそっちにしてくださいね!」
「なるほど、楽しみにしてる」
俺はサリーの挑戦的な言葉に、ふっと笑みを返した。
そのサリーの隣で、フィルもずずっと身を乗り出して、俺に言った。
「総さん。僕も、同じです。今よりももっと美味しいカクテルを作れるようになります。だから、期待しててください」
「……じゃあ期待してるな」
いつもは控えめなフィルの主張に、今度は鷹揚な頷きを返した。
そして、やる気をみなぎらせている弟子二人に、暖かな気持ちになるのだった。
※1203 誤字修正しました。
※1205 誤字修正しました。




