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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章

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月明かりの白

「まさか、あぁなるとはな」


 店からの帰路にて、俺はぼそりと告げる。

 今は夜中の十二時過ぎ。魔法文明によって街の明かりは点々とあるが、それでも日本の繁華街とは比べるべくもない。

 もちろん人通りもほとんどなく、たまにフラフラと酔っ払いが居る程度だ。

 そんな月明かりの綺麗な夜道を、俺たちは三人で歩いている。

 同行している二人のどちらへともなく言った言葉だが、俺の声にフィルは重苦しそうに答えた。


「フレンさんが、あそこまで怒っているのは、初めて見ました」

「……まぁ、拳骨だけなら俺は何発も食らってるけど」


 今、帰路に着いているのは俺と、弟子二人のみ。

 他の人間は何をやっているのか。


 スイは、オヤジさんに説教されているところだろう。

 ライは状況説明のために残り、ベルガモは一人で片付けなどをしている。


 俺とこの二人は『お前らがいると話がしづらい』という理由で、オヤジさんに先に帰らされたのだ。

 まぁ、俺はともかく、この二人を先に帰らせたのは、新人への優しさみたいなもんだろうが。

 ついでに、あそこまで怒るとはどのくらいかと言えば。

 話を聞いたオヤジさんが、溺愛している娘に拳骨を降らすくらいだった。



 なぜそんなことになっているのかと言えば、まぁ、先程の話だ。

 一日の仕事が終わり、俺はベルガモと一緒に伝票の整理を行っていた。そのときに、少し愚痴みたいな感じで、先程の『給料』の話をしたのだ。

 ベルガモは複雑そうな顔をしていたのだが、それで話は終わらなかった。


 その話を、たまたま近くにいたオヤジさんに聞かれた。


 オヤジさんは、俺の話を聞いて、即座にスイに問いつめたのだ。

『この小僧の言っていた話は、本当か?』と。

 そこに、スイの淡々とした『本当』という返事の結果が、拳骨というわけだ。

 俺たちが出て行く前に断片的に聞こえたのは、こういう話だった。


『気に入らないことがあるのは仕方ない。だけど、それならそうと、はっきり言え。そこでオーナーの権限を持ち出すってのは、一番やっちゃいけないことだ。それは、お前の嫌いなギヌラが権力を振りかざすのと、どう違うんだ?』


 スイは何か言いたそうにしつつ、ギヌラの名前まで出されて何も言えずにいた。

 その言いにくい雰囲気にあっての、俺と二人の退場なのであった。



「でも、フレンさんの言う事。分かりますよ」


 フィルは少しだけまだ苦い表情ではあるが、オヤジさんの肩を持つ。


「責任のある立場の人間は、冗談でも、やって良い事と悪い事がありますから」

「……まぁ、そうだな」

「……その理由が、私怨っていうのが、また、アレですが」


 フィルの苦笑いに、俺はんん? とだけ唸る。

 もう一人の同行者サリーは、しかし、何かを考え込むようにずっと黙っていた。


「サリー? 疲れてるのか?」

「え? あ、ええ、大丈夫ですわ」


 俺が声をかけると、一人ぼんやりしていた彼女は、すぐに返事をする。

 だが、そのあとに、また一人考えこむように唸る。


「……責任のある立場……やって良い事……上に立つ者……」

「本当に大丈夫か?」


 俺がサリーの顔を覗き込もうとしたときだった。



「こんばんは。今夜は月が綺麗だと思わないかな?」



 唐突に、俺たちに話かける声があった。

 俺はその声の主に目を向ける。

 白くて長い髪の毛が、真っ先に目に入った。


「……どうも、こんばんは」

「ええ、こんばんは」


 俺が返事をすると、その白い髪の女は、嬉しそうに唇を歪めた。

 恐ろしく、美しい女だと思った。月明かりに照らされているせいもあるだろうが、その肌はとても白い。目鼻立ちも整っていて、まるで、人形のようだと思った。

 その印象を助長するように、その表情もどこか作り物めいて感じた。

 本心を隠し、想定される感情に合わせて最適の表情を作っている、そんな風に思えた。

 そして、それを意識したとしても魅力的に思えてしまうほど、その女は美しかった。


 俺の身の回りには、美しいだの可愛らしいだのという言葉では足りない女性はたくさん居る。

 だが、そんな彼女たちとは、何かが違う。

 身に纏う『魔性』が、女性の美しさを引き立てているのだと感じた。


「私の思い違いでなければ、君は夕霧総という名前だと思うのだけれど、どうかな?」


 とはいえ、そんな美人にいきなり声をかけられる謂れは無い。

 ましてや名前を尋ねられる縁もない。

 俺は弟子二人を庇うように、一歩前に出る。

 右手は、いつでも銃に伸ばせるようにフリーにして。


「……確かに自分は夕霧総ですが。あなたは?」


 少しだけ警戒心を強めて、尋ねる。

 だが、尋ねられた女性は、俺の質問にきょとんとした表情を浮かべた。


「んん? 分からないのか。ああ、なるほど、それはそうだ」


 白髪の女は考え込んだあとに、何か合点が行ったのか、面白そうに頷く。


「……なんの話ですか?」

「いや、こちらの話だよ。それで名前だったね」


 それから女は、どういうわけか俺に尋ねてきた。


「名前なんだけど。君はどこまで知りたい? 全てか、一部か、それとも識別さえできれば良いのか」

「……おかしなことを聞きますね。別に、なんでも良いですよ。聞いただけですから」

「そうかい。なんだつまらないな」


 女はわざとらしく唇を尖らせたあと、静かに答えた。


「では、私のことはトライスとでも呼んでくれ。総と呼んでも?」

「……まぁ、構いませんが」

「良かった」


 俺が答えると、トライスと名乗った女は、自然な笑みを浮かべた。

 今までのものとは違う、どこか作った感じのしない表情だった。


 ドクン。


 その笑顔を見て、何故か、心臓が不意に跳ねた。

 ……?


 俺がその体調の変化に戸惑っていると、トライスはすぐに表情を改める。

 芝居がかった残念そうな顔になって、あぁ、と息を漏らす。


「しかし、今日はただの挨拶なんだ。色々と話したいこともあるけれど。残念だ」

「……さっきから何を言っているんですか?」

「なに、どうでもいいことだよ」


 トライスは、俺の質問にはまるで答えることなく、さっと背を向けた。

 そのまま、スタスタと数歩遠ざかり、振り返る。


「本当は、接触もどうかと思うけど、こんなチャンスは今日しかないからね」

「……別に、ウチの店は週六日で開いていますが」

「……ああ、そうだね。ふふ、まぁ、それはいずれの楽しみにしておくよ」


 トライスは最後まで、要領の得ない態度を崩すことはない。

 しかし、不意に俺の後ろ、サリーとフィルを見て、微笑んだ。


「一ヶ月か。そろそろ切れても良い頃合いだ」


 その謎めいた言葉に、サリーが戸惑いの声を上げる。


「……なんの、ことですの?」

「記憶を奪う魔法のことだよ」

「っ!?」


 言葉の直後、サリーとフィルが同時に身構えた雰囲気を感じた。

 俺は銃とポーチに手を伸ばす。女からは目を離さずに、記憶だけを頼りにポーチから【スクリュードライバー】を取り出す。

 即座にそれをシリンダーに込め、俺は銃口をトライスに向ける。

 彼女は、やや驚いた表情を浮かべ、手を上げた。


「待っておくれよ。私は頼まれたんだ」

「……頼まれた?」

「うん。その二人にね」


 俺は瞬間、振り返って二人の顔を見た。

 だが、その二人は、何も覚えていないと言うように、首を横に振った。

 俺は、更に詳しいことを尋ねようと、目線を再び前に向ける。

 だが。


「いない……?」


 そこには、すでにトライスの姿は無かった。

 俺はもう一度、兄妹に目線を送るが、二人とも分からないようだった。

 トライスは、俺が目を離した一瞬の隙に、姿を消してしまっていた。


「いったいなんなんだ? わけの分からないことばかり言って消えやがって……」


 俺は構えていた右手を降ろして、小さく愚痴をこぼす。

 だが、尋ねられた二人は、お互いに何かを考え込むように、視線を落としていた。


「……どうしたんだ?」


 俺が尋ねると、二人は少し言いにくそうに、口を開く。


「実は、僕、なんか近頃、引っかかることが……」

「私も、最近、色々な言葉が、頭に残って……」


 二人は、揃って声を漏らし、お互いの顔を向かい合わせる。

 自分に欠けているものを探り合うように、目を覗き込む。

 だが、そこに答えは存在していないようだった。


「……だめですね。思い出せません」


 フィルはしょんぼりと肩を落とし、はぁと深いため息を吐いた。


「大丈夫だって、トライスの言っていたことじゃないけど、そのうち思い出すさ」


 意気消沈としたフィルを、分からないなりに励ます。

 だが、あまり心の籠っていないそんな言葉に、励まされることもなく。

 フィルは沈んだ顔のまま、申し訳なさそうに言った。


「しかし、このままでは僕達、何か重大な迷惑を……」

「まぁ、なるようになるさ」


 俺は一度、元気づけるようにフィルの頭をポンポンと叩いてやる。

 フィルは少しくすぐったそうに俺を見る。

 俺はそこでわざと悪い顔をして、冗談めかして続けてみた。


「それに、お前らはもう店のモノだからな。くっくっく、今更無責任に逃げられると思うなよ?」

「そ、それは、少し怖いですわね」


 俺の冗談のような本気のような言葉を受けて、隣でサリーが顔を引き攣らせた。

 俺はそこでもわざとらしく、あえて悪役のように冷たい声で言ってみる。


「忠誠心が足りない。減点十」

「だから、そのポイントはなんなんですの!」


 俺の冗談に、サリーは少し顔を赤くして返す。

 俺はそのあたりで堪え切れず、あははと笑って、流石に冗談だと流した。


 俺に笑われてサリーはいつものようにむくれる。

 その変わらない様子に、ようやくフィルも笑みを浮かべた。

 そうだ、それでいい。分からないことを悩んでも、仕方ない。

 明日になれば、機嫌を崩したスイと仲直りをして、またいつもの営業に戻る。

 二人の記憶もじきに戻るだろうが、そうなっても穏やかな解決をして欲しい。


 そう、思ったときだった。



「ようやく見つけましたよ。フィルオット様。サルティナ様」



 俺たちの後方から、男性らしい、低く渋い声がかかった。

 振り返ると、黒い影がその場に佇んでいた。


 よく目を凝らせば、その影は人型だと気付く。

 分かりやすい執事服を着た、黒髪の青年の姿がそこにあった。

 彼は礼儀正しく腰を折り曲げ、そこから顔を上げると、言葉を続ける。


「奥様がお待ちです。そろそろ、子供染みた家出などはおやめください」


 男の声に反応してか、フィルとサリーから、同じ単語が漏れた。


「「……トリアス……」」


「はい。あなた方の世話役、トリアス・ナスタにございます。フィルオット様。サルティナ様」


 二人の声に、優雅に答えてみせる男。

 その口元には、鋭く伸びた牙のようなものが、垣間見えた気がした。



 俺はどうしてだか、面倒事が起こる気配を感じずにはいられなかった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


ここからしばらく、ファンタジー展開が続くと思われます。

飲む方のカクテルが出るまで、しばらく気長にお付き合いいただければ幸いです。


※1017 誤字修正しました。

※1021 誤字修正しました。

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