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塔の声と、触れた影

 

 壁に手を近づけた瞬間、

 塔の内部の空気が一変した。


 ひゅ、と肺がすぼむような冷たさ。

 耳の奥で、低い響きがゆっくり波を作る。


(……これ、塔の音だ)


 胸の奥で聞こえていた“さらさら”とは違う。

 もっと深く、重く、

 大地の底で岩が軋むような響き。


 音というより――呼吸だった。


「胸の魔力循環を意識しろ。焦らず、ゆっくりだ」


 アゼル先生の声が遠くなる。


 僕の手と塔の壁のあいだで、

 空気がゆっくり震えていた。


 その震えに、胸の奥の環紋(リングマーク)が反応する。


 じり……と、熱。


(また……熱い)


 環紋が灼けるように疼き、

 指先が吸い寄せられるように壁へ近づく。


 塔の呼吸と、僕の呼吸が重なる。


 さら……

 ざ……

 ……さら……


(違う。これは僕の音じゃない)


 塔の音が、僕の音に触れてくる。

 境界が曖昧になる。


 そのとき――

 影の奥で、白い髪が揺れた。


(っ……!)


 白銀の少女だ。


 塔の第二層へ続く暗がりの奥。

 白銀の髪は塔の青白い光を受けて淡く反射していた。


 周囲の誰も、彼女を見ていない。

 ただ僕だけが、その存在を“はっきり”捉えていた。


(また……いる)


 胸の熱が一気に高まる。


 少女は、声を出さない。

 ただ、ゆっくりとこちらへ手を伸ばす。


 その仕草だけで、塔の音が急速に弱まる。


 さら……

 ………………


(音……止まる……)


 本来なら塔の音が強まる場面なのに、

 少女が手を伸ばした瞬間、

 塔の呼吸がまるで押し沈められたかのように静まり返った。


(なんなんだよ……)


 塔の音が止む。

 胸の乱れも止む。

 世界のざわめきも止む。


 残るのは――ただ少女の気配だけ。


 白銀の少女は、そのまま僕の傍に歩み寄った。


 誰にも見えず、誰にも気取られず。


(……近い)


 塔の低い光が、少女の髪の端を照らす。


 少女の指先が、

 僕の手の甲に――そっと触れた。


 触れた瞬間、塔の内部が“呼吸を止めた”。


 さら……

 ………………


 完全な静寂。


(……っ)


 胸に痛いほどの冷たい衝撃が走る。

 けれど不思議と、怖くはなかった。


 白銀の少女の瞳は、泣き出しそうなほど澄んでいて、

 何か必死に言いたそうだった。


(言いたいのか……?)


 けれど少女は、言葉を持っていない。

 声だけをなくしたように、

 唇が震えるだけだった。


「レイル!」


 アッシュの声が遠くから届く。


 その瞬間、少女の指先がふっと離れた。


 塔の音が一気に戻る。


 さら……

 さら……!


「うっ……!」


 胸を押さえると、環紋が脈打っている。


 少女の姿は再び塔の影に溶け込み、

 そのまま掻き消えた。


 触れていた手の甲だけが、冷たく震えている。


「レイル! 大丈夫かって!」


「あ……ああ……」


 声にならない声で返す。


(今の……なんだったんだ)


 白銀の少女は確かに僕に触れた。

 塔の音を止めた。

 そして、塔が呼吸を戻した瞬間、姿を消した。


 僕の胸の“さらさら”は、

 今までにないほど複雑に揺れていた。


(……あれは偶然なんかじゃない)


 塔の中で初めて触れた感触が、

 いつまでも離れない。

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