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白銀の少女の名


塔の内部実習が終わって外へ出ると、

 夕陽は学院の屋根を橙に染めていた。


 胸の奥はまだ熱の残滓を抱えている。

 手の甲には“あの冷たい指先”の感触が、薄く、確かに残っていた。


(……触れられた。確かに)


 僕にしか見えないはずの少女が。

 誰にも認識されない影が。

 塔の内部で“僕に、触れた”。


 ありえないことだと分かっているのに、

 その冷たさは幻のように消えてくれなかった。


「レイル、本当に大丈夫か? 顔色悪いぞ」


 アッシュが息を切らしながら横に来る。


「ああ……少し疲れただけ。平気」


 そう言った声は、自分でも聞き取れないほど弱かった。

 本当は疲れなんかじゃない。

 胸の奥がざわつきすぎて落ち着かないだけだ。


「無理すんなよ。俺、先に行ってるから!」


 アッシュが寮の方へ走り去る。

 その背中を追いかけようとした――そのとき。


 塔の影の根元で、

 薄い“白”がふわりと揺れた。


(……いる)


 視界に吸い寄せられるようにして、

 白銀の髪が夕陽を受けて微かに光った。


 少女は、いつものように“遠くから見ている”のではなかった。

 真正面で、ただ静かに僕を待っていた。


(行かないと……)


 理由なんていらなかった。

 足は自然と塔の影へ向かっていた。


   * * *


 塔の根元までくると、魔力の残響が遠くに退いていく。

 風も人の声も薄れ、胸の“さらさら”さえ静まる。


 そこにいるのは、僕と――白銀の少女だけ。


 少女はゆっくりとこちらへ歩み寄った。

 一歩ごとに夕陽の影が揺れ、そのたび髪が淡く光る。


 目が離せなかった。


 少女が目の前で立ち止まると、

 胸の奥がひとつ、強く脈打った。


「……さっき、塔の中で」


 自分の声なのに、どこか他人のように震えていた。


「君……僕に、触れたよね」


 少女はわずかに目を伏せ、

 そして小さく頷いた。


 その仕草には、

 謝意と、安堵と、言葉にならない感情が同時に宿っていた。


「なぜ……僕には見えるんだ?

 他の人には……見えてないのに」


 問いかけた瞬間、

 少女の琥珀の瞳が揺れた。


 言いたいことがあるのに言葉にできない――

 そんな痛いほどの沈黙が流れる。


(……聞かないといけない。今、この瞬間に)


 胸のどこかがそう告げていた。


 僕は息を整え、

 勇気をひとかけらだけ掬い上げて――


「君の……名前。

 ……教えてくれないか?」


 夕焼けの中に、静かに言葉が落ちた。


 少女は、驚いたように目を瞬いた。


 それから胸にそっと手を当て、

 まるで心の奥を確かめるように深く息を吸う。


「……あなたが、聞いてくれるのを……ずっと待っていた」


 その声は透明で、

 胸の奥に直接届くような響きだった。


 少女は顔を上げた。

 琥珀の瞳がまっすぐ僕を映す。


「私は――」


 胸の“さらさら”が優しく鳴る。


 夕陽が少女の横顔を赤く染める。


「セラ」


 その一言は、

 塔の残響よりも、胸の音よりも、

 世界のどんな音よりも静かで、強かった。


 名前を告げたあと、

 セラはほんの少しだけ微笑んだ。


「……あなたを、ずっと探していたの」


 その声音はかすかに震えていて、胸の奥に直接触れるような響きだった。


(……僕を?)


 意味は分からない。

 けれど、その言葉は胸の奥深くへと落ちていき、

 静かに、確かに熱を灯していく。


 夕焼けの中で、

 セラは泣きそうにも見え、

 それでいて救われたようにも見えた。


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