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環柱内部実習のお知らせ


翌朝、教室に入った瞬間、いつもとは違う緊張が空気を張りつめていた。


「席に着け。大事な連絡だ」


 アゼル先生の低い声が教室全体を静かに支配する。


 黒板に書かれた文字は、短く、分かりやすかった。


 ――環柱(リングタワー)内部実習、午後実施。


(……内部?)


 胸の奥の“さらさら”が、微かに揺れた。


「外観実習を済ませた以上、次は第一層だ。

 環柱(リングタワー)内部の環流残留波は、適性の指標となる。

 もちろん安全は確保されている」


 安全――その言葉を聞いても

 教室のざわめきは収まらなかった。


「せ、先生! 内部って……危なくないんですか?」


環文明(リング・シヴィル)の遺物なんだろ!?」


「塔の近くで頭痛がしたってやつも……」


 不安が、あちこちで噴き上がる。


 そんな声にまじって、アッシュが僕の肩を肘でつついた。


「なあレイル。昨日お前、塔の前でちょっとヤバそうだったよな?

 ……大丈夫か?」


「……まあ、なんとか」


 自分でもよく分からないから、曖昧にそう答えるしかなかった。


 だが胸のざわめきは、

 “不安”よりも“引き寄せられるような感覚”のほうが強かった。


(……また、近づくのか。塔に)


 その瞬間。

 視界の隅で、ふわりと白いものが揺れた。


(……)


 窓の外。

 寮棟と学院本館の境目の、細い通路の影。


 白銀の少女が立っていた。


 今日も――僕のほうを見ている。


 胸の音が、すっと静まる。


 さら……

 ………………


 彼女は動かない。

 ただ、こちらを映すように静かに立ち続けている。


 授業中でも、人混みでも関係ない。

 誰も見ていなくても、僕の視線だけを捉えてくる。


(……塔の実習を聞いたから?)


 そんなはずはない。

 でも、彼女の視線が“塔へ行け”と告げているように感じる。


「レイル、おいってば。なんか見えんのか?」


「……ああ、いや、ただの……影」


「影? どこに?」


「へ……あ、いや……」


 アッシュが窓を覗き込む。

 けれど――当然、誰も見えていない。


 白銀の少女は、

 “僕にだけ”見えている。


 アッシュが怪訝そうに眉をひそめる。


「最近ほんと様子変だぞ? 具合悪いなら保健室――」


「大丈夫。大丈夫だから」


 口にすると、逆にその言葉が薄っぺらく感じた。


 胸の音は止まり、静けさだけが残る。

 その静寂が、心の奥に薄い波紋となって広がっていった。


   * * *


「午後は環柱(リングタワー)第一層へ移動する。

 午前の授業は座学だが、実習に備えて心を整えておけ」


 アゼル先生の締めの言葉に、教室はざわめきながらも従った。


 僕はノートを閉じた。


(……内部へ入る。塔の中へ)


 そこで何が起きるのかは分からない。

 ただひとつ確かなのは――


 あの白銀の少女は、塔に近づくほど“はっきり”現れる。


 それが何を意味しているのか、まだ分からない。


 けれど、胸の奥のどこかが言っていた。


(行かなきゃいけない。

 塔の中で……何かが起こる)


 また胸の奥が脈をひとつ打つ。


 その瞬間、

 窓の外で白銀の髪がゆらりと揺れた。


 少女は誰にも気づかれないまま、

 ゆっくりと塔の方向へ歩きはじめる。


(……待って――)


 声は出ない。

 けれど胸のどこかが、彼女を追いかけていた。


 午後の実習が、

 ただの授業で終わる気がしなかった。

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