はじめての実習と、胸のざわつき
王立環術学院での生活は、
予想していたよりも早く、慌ただしく始まった。
入学式は簡単に挨拶があっただけで、
それが終わると、新入生たちはそのまま教室へと案内された。
僕は自分の席に腰を下ろしたまま、
しばらく教室のざわめきを聞いていた。
同年代の声がこんなにも集まると、
空気が少しだけ重く感じる。
「レイル君だっけ? よろしくな!」
隣の席の少年が、勢いよく身を乗り出してきた。
金髪で、目だけやけに元気だ。
「僕はアッシュ! 魔力適性がイマイチだから補習確定だけど、まあなんとかなる!」
「……うん、よろしく」
(初対面でよくそんなに話せるな……)
僕は軽く頭を下げ、それ以上は話題を広げなかった。
緊張していたというのもあるが、
胸の奥の“さらさら”が落ち着かなかったのが大きい。
学院に来てから、音が前よりも鮮明になっている。
さら……さら……。
まるで、何かが呼吸しているような、乾いた流れの音。
そんなとき、教室の扉が静かに開いた。
「全員そろっているな? では授業を始めよう」
入ってきたのは、背の高い男性教師。
落ち着いた声で出席を確認すると、黒板に名前を書いた。
――アゼル・クレイド。
担当は基礎環術と、演習実習らしい。
「今日は入学初日だが、君たちには早速“実習”に出てもらう」
一斉にざわめきが起こる。
「えっ、今日から?」
「普通は見学だけじゃないのか……?」
僕も驚いた。
せめて初日は座学だけだと思っていた。
「心配はいらない。危険なものではない。
本学院の象徴でもある“あの塔”――環柱を、外から観察してもらう」
がやっ、と教室の空気が揺れた。
(……外から、か)
それでも胸のざわつきは強まり、息が浅くなる。
環柱の名を聞いただけで、
さらさらという音が胸の裏側を強くひっかいた。
「五分後に校庭集合。遅れるなよ」
アゼル先生がそう告げると、教室が一気に慌ただしくなる。
アッシュもテンション高く立ち上がった。
「よし行こうぜレイル! ……って、顔色悪くね?」
「ちょっとね。大丈夫」
「無理すんなよ? 倒れたら俺が担ぐから!」
元気すぎる声が少し刺さる。
僕は苦笑して席を立った。
* * *
校庭の端に立つと、
環柱の存在感は、やはり圧倒的だった。
近くにいるだけで、空気が変わる。
目に見えない何かが、地面の奥深くから吹き上がってくるような感覚。
先生が説明を始めるが、
僕の耳にはほとんど入ってこなかった。
塔を見ているだけで、胸がざわついて仕方がない。
さら……
さら……さら……
波のように寄せては返す音。
まるで塔の鼓動と重なっているように思える。
(どうして……?)
六歳の井戸の日。
あのとき聞こえた音に、とてもよく似ている。
「ッ……」
胸の奥が急に熱を帯びた。
息が詰まり、思わず足元がよろける。
「レイル!? 大丈夫か!」
アッシュが肩を支えてくれる。
僕は首を振って、なんとか顔を上げた。
そのときだった。
塔の影の奥――
人影がひとつ、こちらを見つめていた。
細い身体。
風に揺れる白銀の髪。
琥珀の瞳。
(……あのときの……)
今度は、はっきり見えた。
彼女は、塔の影の中で、
まるで時間の流れから外れたように静かに立っていた。
誰も気づいていない。
僕だけが、その姿に目を奪われている。
胸の音が、急に静まり返った。
さら……
…………
塔の鼓動も、世界のざわめきも、
一瞬だけ、すべてが遠ざかったように感じた。
視線がぶつかった。
白銀の少女が、
ほんのわずかに――微笑んだ気がした。
次の瞬間、彼女の姿は塔の影に溶けるように消えた。
まるで、最初から存在しなかったみたいに。
(……誰なんだ、あの人は)
胸に残る静けさだけが、不自然に鮮明だった。




