観測
昼休みが終わる少し前、呼び止められた。
「レイル・エッジハート」
振り返ると、アゼル先生が立っていた。いつもと同じローブ、同じ声色。違うのは、その隣にいた人物だった。
灰色の外套を着た、見覚えのない男。年齢は分からない。若くも見えるし、そうでない気もする。
「少し、時間いいか」
拒否する理由はなかった。
断れる雰囲気でもなかった。
* * *
通されたのは、第一講義棟の奥にある小会議室だった。普段は使われていないらしく、机の上には薄く埃が積もっている。
扉が閉まる。
それだけで、空気が変わった。
「紹介しよう」
アゼル先生が言う。
「こちらは学院外環観測局の……協力者だ」
協力者、という言い方に引っかかりを覚えた。
男は軽く頭を下げた。
「君を怖がらせるつもりはない」
その前置きが、すでに怖かった。
「先日の塔の反応について、少しだけ確認したい。
記録上の手続きだと思ってくれていい」
(……記録)
胸の奥が、微かに鳴る。
「質問は、三つだけだ」
男は淡々と続けた。
「第一に。
君は、塔に近づいたか」
言葉が、まっすぐ突き刺さった。
一瞬、19話の光景が脳裏をよぎる。拒まれた手。沈黙した塔。
「……いいえ」
嘘だった。
だが、言葉は落ち着いていた。
男は表情を変えない。
「第二に。
塔に“呼ばれた”と感じたことは?」
(……呼ばれた)
その表現を、相手が知っていること自体が、背筋を冷やした。
「……分かりません」
完全な否定はできなかった。
男は、ほんのわずかに口角を上げた。
笑みではない。理解した、という合図に近い。
「第三に」
間を置いてから、言う。
「最近、
“自分の魔力が自分のものではない”と感じたことは?」
胸の奥が、強く鳴った。
さら……
さら……
音が、遅れてくる。
(……それを、聞くのか)
アゼル先生は、何も言わない。ただ、視線だけがこちらに向いていた。
「……ありません」
今度は、少しだけ声が硬くなった。
男は、しばらくレイルを見つめてから、ゆっくり頷いた。
「ありがとう。
君は、とても協力的だ」
その言葉に、安堵よりも違和感が残った。
* * *
部屋を出るとき、男が最後に言った。
「誤解しないでほしい。
我々は君を疑っているわけじゃない」
足が止まる。
「むしろ、守ろうとしている」
振り返ると、男はすでに視線を外していた。
(……守る、か)
寮へ戻る廊下で、胸の音を確かめる。
さら……
さら……
弱い。
けれど、確実にそこにある。
(監視されてる……)
いや、違う。
(観測、されてる)
その違いが、ひどく重かった。
部屋に戻っても、セラは現れなかった。
代わりに、環紋が淡く熱を持ち、
まるで“嘘をついたこと”を記録するように静かに脈打っていた。
(……次は、何を聞かれる)
答えは分からない。
ただ、
もう何も起きない日常には戻れない
ということだけは、はっきりしていた。




