王立環術学院《ロイヤル・リングアーツ・アカデミー》へ
王都までの道のりは、想像していたよりもずっと静かだった。
魔導馬車の揺れは穏やかで、車輪の音もほとんどしない。
車窓の外ですれ違う人々は皆、忙しなく動いているのに、
車内だけは淡い光に満たされたような、ゆったりとした空気が流れていた。
同乗している数人の若者は、みんな同じ色の制服を膝の上に抱えている。
(……同じ新入生、か)
そう考えると胸の奥が少し固くなる。
さら……。
風に紛れるようでいて、どこか別の場所から響く音。
魔力の流れが擦れ合う“あの音”は、王都に近づくにつれてわずかに強まっていた。
馬車が石畳の上に影を落としたとき、御者が声を張った。
「王立環術学院、最寄り停留所だ!」
僕は深く息を吸い、荷物を抱えて馬車を降りた。
* * *
目の前に広がる学院の景色は、息を飲むほど壮大だった。
敷地全体が巨大な円を描き、白い塔や校舎が規則正しく並んでいる。
淡い光を放つ小さな光球が庭に浮かび、風に触れるたびふわりと揺れた。
「……本当に、来たんだなぁ」
思わず漏れたひとり言が、石畳に吸い込まれていく。
魔法使いになるという実感が、ようやく胸の奥に少しだけ灯った。
「新入生ー! 制服に着替えてから入場してくださーい!」
門の前で立っていた教師らしき人が、軽く手を振りながら呼びかける。
僕は慌てて簡易更衣所の方へ向かい、鞄の奥から制服を取り出した。
紺色のジャケットに、金糸の縁取り。
胸元には学院の紋章――二重の輪が刻まれている。
(輪……)
胸の奥が、ほんの少しだけ疼く。
制服に袖を通した途端、気持ちも自然と引き締まった。
更衣所を出て校門へ戻ると、生徒たちのざわめきが耳に飛び込んだ。
「なにあれ……本物なの?」
「写真で見たよりも、ずっと大きい……」
視線を追った瞬間、僕は思わず息を呑んだ。
学院の奥――
校舎群のさらに向こうに、黒い巨塔がそびえていた。
空を切り裂くように一直線に伸び、頂は雲の中に沈んでいる。
王都の丘から見た、あの塔。
環柱遺跡。
間近で見るそれは、もはや人間が作ったとは思えない存在感だった。
巨大で、冷たくて、けれどどこか生き物のようでもある。
その瞬間、胸の奥の“さらさら”が強まった。
さら……さら……。
(落ち着け。ただの遺跡だ)
そう言い聞かせようとしたが、視線はどうしても塔から離れない。
そして――
環柱の影の根元で、白いものが揺れた。
白い髪が、風に乗ってふわりと流れる。
塔の影に立つその人影は、まるで光と影の境界に溶け込んだように淡かった。
(……誰?)
細い肩。
月光のような色の髪。
影の中で揺れる琥珀色の瞳。
目を凝らしたその瞬間、
その白い影は塔に吸い込まれるように消えた。
消えた……という言葉が一番しっくりくるほど、跡形もなく。
「新入生ー! 点呼取るぞー! 列に並んでくださーい!」
教師の声に弾かれたように意識が戻る。
慌てて列に加わると、周囲の生徒が話しかけてくる気配がしたが、
僕の頭はまだ、さっきの光景の余韻に囚われていた。
(気のせい……だよな?)
そう思い込むように息を吐いたけれど、
胸の奥の“さらさら”は、そのとき確かに、ひときわ強く鳴った。
魔法学校に入学しただけのはずなのに、
なぜか――世界のどこかが軋んだような感覚があった。




