引き寄せられる
その夜、なかなか眠れなかった。
目を閉じると、昼間に見た環紋の光が浮かぶ。弱く、でも確かに存在していた光。思い出すたびに、胸の奥が小さく鳴った。
(……考えるな)
そう思うほど、意識はそこへ引き戻される。
さら……
さら……
音は一定だった。強くも弱くもならない。ただ、消えない。
(昨日までとは……違う)
それだけは、はっきりしていた。
* * *
どれくらい時間が経ったのか分からない。気づけば、部屋の空気が冷えていた。
窓の外は静かで、学院は眠っている。寮の廊下からも物音はしない。
そのときだった。
胸の奥が、ぐっと引かれた。
(……っ)
息が詰まるほど強い感覚ではない。だが、確実に“方向”を持っていた。まるで、どこかに紐を結ばれて、軽く引かれたような。
(……塔)
考えるより先に、そう分かった。
ベッドから起き上がり、床に足をつける。冷たい感触が、妙に現実的だった。
(行くな)
頭では、はっきりそう言っている。
アゼル先生の声が、遅れて蘇る。
――単独で、塔に近づくな。
分かっている。今は行くべきじゃない。
それでも。
胸の奥が、また鳴った。
さら……
さら……
(……一度だけ、確かめるだけだ)
自分でも苦しい言い訳だと思った。けれど、足はすでに靴を履いていた。
* * *
夜の学院は、昼間とはまるで違う顔をしていた。
建物の輪郭が影に溶け、道が必要以上に長く感じる。足音だけがやけに大きく響いた。
(誰かに見られたら……)
そう思って立ち止まるが、胸の音が止まらない。むしろ、近づくほど明瞭になっていく。
さら、ではない。
低く、一定の脈動。
(呼吸……してるみたいだ)
中央塔が視界に入った瞬間、環紋が熱を帯びた。制服の上からでも分かるほどだ。
「……セラ」
無意識に名前を呼んでいた。
返事はない。
白銀の光も、影の揺れも見えない。
(……いないのか)
少しだけ、安堵した自分がいた。それと同時に、胸の奥がひどく冷えた。
塔の第一層入口は、普段なら完全に閉じられている。結界も、封印も、何重にも施されているはずだ。
なのに。
(……開いてる?)
ほんのわずか。扉と壁の間に、闇が差し込む隙間があった。
(そんな……はず……)
近づくな、と言われていた。
ここまで来るつもりはなかった。
それでも、足は止まらない。
胸の奥が、今までで一番強く鳴った。
さら、ではない。
はっきりとした、ひとつの拍動。
(……来い)
誰の声でもないのに、そう感じた。
その瞬間、環紋が淡く光った。昼間より、はっきりと。
「……っ」
思わず息を呑む。
光は、塔の奥へと伸びているように見えた。線のように、道のように。
(……だめだ)
今、ここを越えたら。
戻れなくなる。
そう分かっているのに、胸の奥が否定する。
さら……
さら……
音が、足元から響いている気がした。
レイルは、唇を噛みしめ、一歩だけ前に出た。
その瞬間、塔の内側で、何かが低く鳴った。
まるで、こちらの存在を確かめるように。
(……気づかれた)
背筋が冷える。
次に何が起こるのか、分からない。
ただ、もう“偶然”ではないことだけは、はっきりしていた。
レイルは、ゆっくりと拳を握った。
逃げるべきか。
それとも——
答えを出す前に、塔の闇が、わずかに揺れた。




