揺らぐ姿、揺らぐ時間
翌日の昼休み。
学院の中庭は穏やかな光に包まれていた。
けれど——僕の胸の奥だけは落ち着かなかった。
(……昨日の事故。
あれは、僕のせいだったのか?)
胸の環紋は、触れてもいないのにほんのり熱を帯びている。
呼吸に合わせるように、弱い光が内側から滲んでいた。
「レイル!」
アッシュが駆け寄ってきた。
「昨日の件、先生たちの間でちょっと話題になってたぞ。
“感知能力が異常に鋭い生徒がいる”とか何とか」
「僕……そんなことしてないよ」
「だよな。お前、妙に反応が早いだけで……」
途中でアッシュは言葉を切った。
「いや“だけ”じゃねぇか。
お前、あのとき顔つき変わってたぞ」
(……そうだったか?)
胸の音に反応して動いた、という感覚しかない。
説明できるはずもなかった。
* * *
午後の授業が終わると、
自然と足は塔の方へ向いていた。
(……来るだろうか)
心のどこかで期待している自分がいた。
塔の影が濃く伸びた頃、
空気がふっと冷える。
その気配と同時に——
白銀の髪が現れた。
「セラ……」
けれど。
(……薄い)
昨日より、さらに輪郭がぼやけている。
光がその身体をすり抜けるようで、
風が吹いたら溶けてしまいそうだった。
「来てくれて……嬉しい」
セラは微笑んだ。
けれど、その笑顔もどこか脆くて、霞んでいた。
「セラ……身体、大丈夫なのか?」
問いかけると、セラはゆっくり首を振る。
「大丈夫……じゃない。
今の私は、安定していないの」
「どうして?」
セラは答えようとして、
ほんの一瞬だけ時間が止まったように固まった。
次の瞬間、
彼女の瞳が焦点を失い、ゆっくり揺れる。
「……わからない。
本当に……“わからない”の」
その声には、
戸惑いと恐れが混じっていた。
(こんな……)
初めて見る表情だった。
「レイル。昨日……“流れが乱れた”とき、
あなたの音が、私を強く引いたの」
「引いた……?」
「あなたが強く揺れると、私も揺れる。
あなたが呼ばれると、私も呼ばれる。
……でも、それは私の在り方とは違うはずで」
セラの言葉がふらつくたび、
胸の環紋が共鳴するように熱を放った。
「セラ——」
「触れないで」
伸ばした手を、セラがそっと遮った。
その手は、もう風よりも薄く震えている。
「今触れたら……あなたの流れを乱してしまう。
昨日みたいに、周囲に影響が出るかもしれない」
「でも、僕は……」
「平気。
あなたが“見てくれている”だけで、私は……」
セラは微笑んだ。
涙を堪えるような、儚い笑みだった。
「時間が……ずれているの。
私とあなたの“流れ”が。
だから……私は今、少しずつ……」
言葉が途切れ、
輪郭がみるみる薄くなる。
「セラ!」
「ごめん……今日は、これ以上は……」
最後の言葉が風に溶けるように消え、
セラの姿は塔の影へ吸い込まれるように霧散した。
胸の“さらさら”が騒ぎ、
まるで喪失を告げる鐘のように響いた。
(……セラ……!)
塔の影だけが、何事もなかったように揺れていた。




