はじめての対話
夕陽が沈みはじめ、学院の影がゆっくり地面に伸びていく。
塔の根元はいつもより静かで、風すら通らない。
セラはそこに立っていた。
白銀の髪が、沈む陽の色をかすかに受けて光る。
その光は弱く、すぐにでも消えてしまいそうなのに――
目を離すことができなかった。
「……セラ」
名前を口にすると、
胸の“さらさら”がわずかに震えた。
彼女は小さく頷き、
その琥珀色の瞳を僕へ向ける。
「呼んでくれて……うれしい」
その声は、
地面に落ちた光をすくい上げるように柔らかかった。
「セラ……君は、何者なんだ?」
聞いてしまえば戻れないと分かっている。
けれど、聞かずにはいられなかった。
セラはすぐに答えなかった。
夕陽に染まった影の中で、
言葉を探すように指先を組む。
「私は……そうだね……」
しばらくして、ようやく口を開いた。
「“外側に落ちた環流”
……その名残のひとつ、かもしれない」
(外側……?)
意味が分からない。
けれど彼女の表情を見る限り、
それが“すべてを語る言葉ではない”ことだけは分かった。
セラは続ける。
「今の私は、誰にも見えない。
触れることも、声を届かせることも……
ほんとうは、できないはずなの」
そこでセラは少しだけ顔を上げ、
僕の胸元――環紋のある位置を見た。
「でも、あなたは私を見つけてくれた。
声も、触れた感覚も……全部、届いた」
胸の奥が大きく跳ねる。
「それは……どうしてなんだ?」
セラの瞳が、夕闇の中でかすかに揺れる。
「あなたの“音”が……私と同じ流れから来てるから」
(同じ……流れ?)
問い返そうと息を吸った瞬間、
セラがそっと僕へ手を伸ばした。
その指先は、塔の影の中でわずかに透けていた。
昨日触れたときよりも、ずっと不安定に揺れている。
「触れてもいい?」
その声は、
もし断られたら消えてしまうような細い響きだった。
「……いいよ」
自分でも驚くほど自然に言葉が出た。
セラは微笑み、
そっと僕の手の甲に触れた。
冷たい。
けれど、冷たさの奥に柔らかいぬくもりがあった。
胸の“さらさら”が止まり、
代わりに、二つの流れが重なるような静かな感覚が胸を満たした。
「やっぱり……大丈夫。あなたには触れられる」
セラは、ほっとしたように目を伏せた。
そのまつげが震えている。
「どうして僕なんだ?」
問いは自然にこぼれた。
セラは答えを探すように視線を彷徨わせて――
やがて、ゆっくり言葉を紡ぐ。
「……あなたは、“残響の端”にいる人だから」
(残響……端……?)
また分からない言葉だ。
けれど、その語感だけで胸が熱くなる。
セラは、続けたくても続けられないというように唇を閉じた。
「ごめん。今日は、これ以上は……上手く思い出せないの」
謝る必要なんてない。
けれど、その表情は胸を締めつけた。
「いいよ。無理に言わなくて」
そう言うと、セラはほっとしたように、小さく笑った。
「ありがとう……レイル」
名前を呼ばれただけで、
胸の環紋が微かに震えた。
「また、会える?」
思わず聞いていた。
セラは答える代わりに、僕の手にそっと力を込めた。
その指先は、風のように淡く――
けれど確かに僕へ触れていた。
「……あなたが“私を見てくれる限り”、会えるよ」
そう言って、
セラの姿は塔の影へゆっくりと溶けていった。
彼女が消える最後の瞬間、
胸の“さらさら”が静かに戻ってきた。
まるで
“今日、確かに触れ合った”
その証のように。




