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9. 前世はお役に立てません

 ごう、と風が吹き抜けた。


 私は、ここに座っているのすら怖い。

 シキは、私の手を握ったまま、がたりと椅子を私の方に寄せ、大蛇と対峙する。


「不吉の気配を抑えてくんないかなって言ってんだけど。おヒメちゃんがつらそうでしょ」


「おや、にかわ屋のお嬢さんが不吉を受け流せないんですか? まあ、私はヒトを巻き込んでも構わないんですが……」

 ちらり、と周りを見渡す。


 気が付けばテラスにもレストランにも人がいなくなっている。


「……不吉?」


「ああ、何か嫌なことが起こりそうな気配っていうのかな。ボクらが意図して良く使う力だよ。人に見られたくないときとかね。みんな嫌がって無意識に避けるからね」


 シキの言葉に森の主は目を丸くし、次いで笑う。


「おやおや、にかわ屋のお嬢さんが人間にちて記憶を失ったという噂は、本当のようですね」


 『堕ちた』なのか。妖怪から見たら、人間は堕ちるところなのか。


「人間のお嬢さん、不吉はね、妖気で作れますよ。みんななんとなく避けます。本能的に不吉を避けることの出来ないような者は、私どもの縄張りに紛れ込んできて、自然と淘汰されましたからね。……まあ、最近の若いヒトはどうもそのあたりの勘が鈍くなっていて、煩わしいことも増えましたよ。まったく困ったもので……」


「ジジくさいな、うるさいぞ森のぬし。何しに来たんだよ」


「おやおや失礼。年寄りになるとどうも愚痴っぽくなりますな」

 さて、人目もなくなりましたし、と、森の主はメキメキと膨らみ、伸び。


 大蛇となった。


「でっっか!」

 私は思わず言う。


 森の主は不思議と蛇になっても表情があり、私の言葉にびっくりした顔をすると、大笑いを始めた。


「いやヒトに堕ちたとは言え流石はにかわ屋のお嬢さんですね、見上げるような大蛇の感想が『でかい』ですか」


「う……」

 だってでっかかったんだもん。


「……おヒメちゃんはね、『むしずる姫』だよ? 蛇なんか怖がるもんか」

「……記憶がございませんのでは?」

「関係ないね」

「……左様ですか」


 いや、なんかかっこよさげに会話してるけど、私、ついこの間まで虫とかヘビとか、勢い余ってカニとかエビの殻付きも怖かったんだけど?

 ……あ、知ってる? 殻付きのシャコ。前おとうさんと漁師の宿的なところに遊びに行ったとき出てきたんだけど、めっちゃ怖いよ。見たとき変な声出たよ。食べたけど。すごく美味しかったけど。何の話だ。


 友だちの虫たち……、たぶん妖怪の、あの虫たちと仲良くなってから、そういうの怖くなくなったんだよな……。私、何かが変わったんだな、と実感する。


 友だちの虫のことを考えたら、さっきまで逃げたくて仕方なかった気持ちが落ち着いた。

 おや、と森の主がこちらを振り向く。


「やはりお嬢さんはにかわ屋さんですね。中庸にお寄りになりましたか」

「中庸?」

「無意識ですか。よろしい、よろしい」

 森の主はほほほ、と笑う。


「それで充分です。蟲の御方おんかたには森にお帰り願えますかな?」


   *   *   *


「えっ?」

 キョトンとした私の手を痛いくらいに握り、シキが殺気立つ。


 ぐわ、と大蛇が口を開く。


「……森の主!!」

 声で人が殺せそうなほどの圧力を持ってシキが叫ぶ。

 だが、大蛇は怯まずそのまま私とシキをいっぺんに飲み込もうと一気に距離を縮めてくる。


「ひゃっ……」

 思わずシキに身を寄せて、その肩に顔を伏せる。


 ガシャン!!


 テーブルがひっくり返る音がして(ああ、私のデザート!)。


「……来てくれると思ってたよ、退治屋」

 先刻と打って変わって、柔らかい声でシキが言う。


「……ソイツに寄り添われてニヤニヤしてんじゃねえぞ、にかわ屋、働け!」

「ヤキモチですぅ? 旦那ぁ?」

「やかましい! いいからちゃんとその蛇を押さえとけ!」

妖怪ひと使いが荒いですなぁ」


 後見人と一反木綿の呑気な会話が聞こえてくる。

 恐る恐る顔を上げれば、大蛇の口の中に錫杖を突っ込んで、後見人がしかめっ面で立っている。


 その肩に、赤くて綺麗な花模様の着物が掛かっている。

 その袖から、細くて白いものが伸び、蛇の首を括って押さえていた。


 身動きの取れなくなった大蛇に向かい、シキはにやりと笑って足を組む。


「さて、森の主。おヒメちゃんをどうしようって?」

 ぐうううう、と大蛇が唸る。


「……もしかして森がなんか大変?」

 うううう。


「……退治屋、錫杖をどけてやって。話にならないから」


 シキの言葉に、後見人は黙って錫杖を引く。


 開いた口の中に錫杖を入れられて、口を閉じることができなかった森の主は、うう、と唸りながらぎくしゃくと口を閉じる。


「……よろしければ……、喉の方も緩めていただけると……」


「別に苦しくないでしょ。獣みたいに喉で呼吸してるわけじゃないんだからさあ」


「しかし、話し難く……」


「おヒメちゃんに危害を加えようとしたんだから、解放するわけないじゃん」


 ぐう……、と一声唸り、森の主は諦めたようにこうべを垂れた。


   *   *   *


「森の虫も獣も減っております、激減です」

 森の主は辛そうに言う。


 なんか可哀想だよと私が言い、シキとの交渉の末、人の姿に戻ることで首を離してもらった。今は元の老紳士の姿で共にテーブルについている。


 私はデザートとお茶を持って来直して、もぐもぐ幸せに食べている。

 森の主さんにも勧めたけど、遠慮されてしまった。残念。


 ちなみにひっくり返されたデザートたちは、掃除がてら虫を呼んで食べさせてあげた。美味しい、だそうだ。良かった。

 沢山の虫たちを見て、姫の虫は何でも食べるなあ、とシキは笑う。後見人は不快げに見ていたが、今回は何も言われず何もされなかった。本当に良かった。


「我が森からは獣の王も虫の王も消えていなくなったので、私もこのまま消えていく運命だと思っていたのですが……」


「おヒメちゃん見つけちゃって、欲が出た感じ?」


 シキの言葉に、はい、と頷く。


「我が森に雷獣が飛んで戻ってきましてね、蟲の姫がいたと言うので……」

「……アイツ、恩を仇で返しやがって」

 シキがチッ、と舌打ちをする。


「いや、すみません、私が勝手に暴走をしたので、あの子に責任はありません」

 森の主は項垂れる。


「……ヒトの作った林は生き物が貧しく、獣の王や虫の王が生まれない。放棄されたヒトの林は針葉樹ばかりがずくずくと伸び、暗い林には下草も生えず、倒木も分解者たる虫が足らずに、朽ちきらず土が再生もしない。そこから山が崩れ、水も土も枯れ……まあ、私もこのまま自然と消える運命なのでしょうな」


「え……」


 私は口の中のイチゴのミニケーキを飲み込んで、シキの袖をツンと引く。


「大妖が消えたら大量死事件が起こるって……」

「ああ」

 シキは軽く頷く。

「大丈夫大丈夫、この主は森の木々や生き物とバランスを取っているから、消えたとしても森がごっそり枯れるくらいじゃない?」


「えっ」

 いやそれはそれで大変なのでは。地球温暖化的ななにかが。


「平気平気。他にも主は居るし、森もあるし。世界に目を向けたら森林とかもっとあるよ。まあボロボロ消えてるけど」


「ええええ!?」


「こいつらは勝手に木々と一緒にバランス良く消えてくれるから、ボクらに面倒はないよ?」


 論点はそこではないのでは!?


 私がオロオロとしていると、シキは眉をしかめる。


「何かしてあげたいって思ってる? 良いけどさ、森の再生に付き合うなら、最低でも数十年、数百年単位になるよ? それで良いならいいけど……」


「えええ!? 長っ!!」

「長くはないよ、それでやっと取っかかりくらいだよ」

「えええええ!」

 スケールが大きすぎて付いて行けない。


 困っていると、森の主はほほほ、と笑った。


「お優しいですね、にかわ屋のお嬢さん。人間になったお嬢さんに、そんな負担はかけられません」


 さて、と森の主は席を立ち、小さく背中を丸めるようにして頭を下げた。


「年寄りが年甲斐もなく夢を見てしまいました。若い子をそんなものに巻き込むわけにはいきませんね。本当に申し訳ありませんでした」


「あ……」


 私は何かを言おうとしたけど、何も言えず口を閉じる。

 そんな私の様子を見て、シキが深い溜息をつき、森の主に手を振る。


「……あとで虫と獣を森に撒いとくよ。焼け石に水だと思うけど。その分、あやかしも増えるけど、ちゃんと面倒見といてよね」


「それは……、ありがたいことです」

 森の主は目を見張り、次いで再びゆるりと頭を下げた。

 そして、

「お礼と言ってはなんですが……」

 と、シキにそっと何かを囁いた。


 シキが片眉を跳ね上げたのを見て、森の主は、ではお気をつけて、と言いふわりと笑う。


「そうですか、妖が増えますか……。また森が賑やかになりますね」

 その言葉を残し、森の主は姿を消した。


「妖が……、増えるか……」

 それを見送って、後見人がポツリと言う。


「良いよな、退治屋」

「……仕方ないだろう」

「極悪な妖が生まれちゃったら始末よろしくね」

「ふざけるな!」


「……ごめんなさい、私のために無理させた?」

 私の言葉に、シキが慌てて答える。


「あーいやいや、大丈夫大丈夫、大した事ないから!」

「ほんとに?」

「本当本当。あの主の担当は、精々日本の本州の森の三分の一程度だからね! よゆーよゆー」


「……本州の三分の一!?」

 全然大した事あるじゃん!!

 スケールの大きさに、私は目が回る思いがした。


「私も消える……なんて言ってたけど、正直アイツが消えるわけないと思うよ。昔に比べてだいぶ弱ってはいたけどね。おヒメちゃんを連れていけそうにないから、同情を買う作戦に切り替えたんだよ。さすが古妖、老獪だね」

「そうなの!?」

「妖怪を信じちゃダメだよー」


 あはははは、というシキの笑い声に、私は頭を抱えてテーブルに突っ伏した。


   *   *   *


「……退治屋、陰陽寮おんみょうりょうの例の妖怪退治部隊が動いてるみたいだってさ」

 ひそ……、とシキが呟く。

「……何?」

「あんな化石みたいな組織、まだ動けたんだねえ」

 くくく、とシキが笑う。チッ、と舌打ちした後見人は不快そうに遠くに目をやる。


「?」

 頭を上げて首を傾げた私に、シキは

「こっちの話ぃー」

 と笑ってみせた。


   *   *   *


「ところで一反木綿、『小袖こそでの手』バージョンじゃん、久しぶりだねぇー」

 シキが後見人……、というかその肩に羽織っている着物に向かって言う。


「ええですやろ、単衣ひとえの振袖、松竹梅に花橘や。うちもこの姿が長かったですからな。包帯や紐やってるよりこのほうが馴染みが良いですわ。木綿ゆうはんの前でたまにはおめかしして見せたいですしな」


「…………えっ。一反木綿なの!?」

 私は驚く。別の妖怪が出たと思ってた。


 一反木綿は不自然ない程度に裾をひらひらとはためかせて見せ、私に答える。


「はいな。うちは木綿なんて呼ばれとりますが、最高級の絹よりずっと艷やかで滑らかな生地ですからな、乙女の柔肌にも優しーい着心地ですえ。夕べも寝間着がわりに、素肌にうちを着てもらおう思てたんですが。ええそれはもう全身満遍なくぴったりと」


「「許すか!」」

 後見人とシキが声を揃えて言った。

 ここまでお読みいただいてありがとうございます!


 とりあえずなろう企画向けに一気に書いたのはここまで。

 ここからまたコツコツ書いていきます。また週一くらいで更新していけるといいな。と思ってます。


 ご評価、ご感想、ブックマーク、レビュー、リアクションなど、頂けたら嬉しいです。励みになります!


 次もよろしくお願いします!

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