20. 前世はやっぱりなかったことに!
「おひさー。ねえ、待って。これ一気に割ると一大事なんだけど」
シキが森の主に、挨拶もそこそこにクレームを入れる。
「消さぬよう持っていけば良いのでしょう?」
「ん?」
「森に、虫や獣を撒いてくれると約束したではないですか。森に妖気が増えれば自然に生き物も増えますでしょう」
「あー、確かに? まあ、それで良いならこっちも助かるよ」
「……まあ、細かい破片は散り消えますでしょうから、多少はこの辺りの生き物に影響がありそうですが」
「いや割るなら全部持ってってよ!?」
「細かいものの回収は難しいですな、老眼でよく見えませんので……、いや年は取りたくないものです」
「嘘つけ! 面倒なだけだろ!」
「キュー!」
森の主とシキの掛け合いに、雷獣が横槍を入れる。
森の主が目を見開いた。
「ほう……」
「えー、すごい、雷獣くん! よく見つけたねえ!」
私も驚いて雷獣くんを褒める。
「え、何だって? ……あ、うん、いいや、わかった」
言いながら雷獣を目で追っていたシキは、雷獣が少し離れた場所の土を掘り返し始めたのを見て、状況を察する。
雷獣が、結界の核を見つけてくれた。
「お前が掘るんじゃ時間がかかるね。ちょっとお退き」
森の主が声をかけ、雷獣が引いたところに、ぶわっ、と木が生える。
みるみるうちに育った木の、頂きのあたりにキラリと光る大きな何かが引っかかっていた。
「ツヤツヤの岩……? いや……」
私の前世の記憶が、パチッと音を立てるように脳裏で弾ける。
「……山神様の脱皮殻!! あれは山に置いておかなければならないのに!!」
弾けるように怒りが溢れる。髪が逆立つような激情に駆られて不空を振り返ったが、シキに抱きとめられてパッと目を塞がれた。
「おヒメちゃん、お顔がおブス」
「……えっ!!」
サッと音を立てるように、頭に上った血が下がる。
「そんな怖い顔しちゃダメだよー。おヒメちゃんは可愛いんだから」
「……は、え、あれ……?」
シキの手を押し退けて見れば、いつの間にか虫たちも全て私の周りに集まり、不空へ向けて殺気を放っている。
「わ、ごめんごめん、何でもないよ! 戦っちゃダメ!」
私の言葉に、ふわっと場の緊張が解ける。わはははは、と森の主が笑った。
「……いやいや、森のために怒って頂いて、ありがとうございます。確かに、石も骨も山のものなので、持っていってほしくは無いですが……まあ、人の営みも自然の摂理のうちでしょう」
雷獣がぴょんぴょんと辺りを跳ね回り、地を掻く。森の主はそれを目で追いながら、懐かしむように目を細める。
「……人は森に入り、木を切り、また植え。……山を削って道を通し、橋を架け、山を崩してしまってはまた掘って……。不愉快なことも多いですが、まあ見ていて面白いこともありますよ」
ただ、これは返して頂きましょうかね、と言うなり、再びブワッと木が芽吹く。結界を一回りした雷獣の後を追うように、今度はすごい数が伸びる。
雷獣が、チイチイ言いながら跳ね回って、木が掘り起こした山神様の殻や妖の骨を、森の主の下へせっせと運んでいた。
「術が……、解ける……」
天を見上げて不空が呟く。
薄ら曇った景色がふわりと澄んでいき、やがて静かに結界が消える。淀んだ空気を流し去った風は涼しく、日は既に傾いて、クリアになった空には星が瞬き始めていた。
「ふむ。妖の残骸が綺麗に妖気を吸いましたな。上出来上出来」
と満足げな森の主が、では頂いていきましょう、と帰ろうとした時、ざわ、と私の虫たちが揺らぐ。
「……え、何、森の主さんに付いていきたいの?」
半分以上の虫が、森に行きたいと言っている。妖気をたっぷり食べた子たちは、人の世では常識はずれの大きさになってしまっていた。
「あの……、森の主さん……」
「おお、おお。来ていただけるなら有り難い。よろしいですかな、にかわ屋殿」
「あー、うーん、おヒメちゃんの虫は妖だからなぁ。これだけ大量の妖気がいっぺんに移動すると、ちょっとこの辺りのバランスが怖いなぁ……」
「では、妖の残骸はこのあたりに隠して、少しずつ運ぶと致しましょう。虫たちの代わりは……、そうですな、この雷獣を置いていきましょうか」
「キュッ!?」
「お前はにかわ屋殿の下で、食いしん坊を治して来なさい」
「キュキューッ!?」
追い縋る雷獣の目の前で、
「ではよろしくお願いいたします」
と、森の主はふっと姿を消す。私の虫たちも、ついていく意思を示した子たちが一緒に消えた。
「チ……チィィィ……」
「えっ、これボクたちが面倒見るって事!?」
悲しげにこちらを振り向いた雷獣を見て、シキが困った顔で私を見、私も大きなため息を吐いた。
* * *
数日後の土曜日。
「元気にしていたかい?」
お寺の近くの芝生公園で、不空が私に問う。不空は今日はカジュアルな服装の普通のお兄さんだ。
「はい、元気です」
答えながら私は芝生にビニールシートをいくつか並べて敷いて、ピクニックを装う。装うと言うか、普通にピクニックだ。
近所の喫茶店で買ってきた、サンドイッチやゼリー、フルーツなどをシートの上に並べる。
その周りに、おとうさん、私、シキ。その向かいに虚空と不空が座った。
今日は一反木綿は組み紐のブレスレットに偽装して、虚空の腕に巻き付いている。
これで厨二病じゃないだろ、とかぼそっと言ってたので、気にしてるみたいだ。ごめん。
「あんたの方はどうなのさ、お偉いさんたちに叱られなかった?」
と、シキが不空に問う。
「期せずして虫の妖が大量に消えたからね、面目は立ったよ。あとは、あの結界の中で、にかわ屋を丸め込むのに成功したという体にしたので、しばらくは安泰かな」
勝手に私が勝ったと解釈してくれたのでね、と不空が続け、シキがうえっ、と声を上げたが、それ以上の文句はつけなかった。
「この雷獣をにかわ屋から奪い取った形になっているのも、上を納得させる役に立ったよ」
目をやった先、不空の周りを、雷獣がぴょこぴょこ駆け回っていた。もちろんしっかりハーネスを付けている。
体高が人の背丈ほどもあった雷獣は、不空の余った生気を吸収して、今や大型犬くらいの大きさになっている。
これからも雷獣の妖気と不空の生気で打ち消しあっていけば丁度いいじゃん、とシキが言い、体よく不空に雷獣を押し付けることに成功していた。
心配していたが、不空も満更でもないようだ。ニコニコと笑いながら雷獣の頭を撫でている。
「そこの、どっぐらん、と言うものに登録した。狂犬病の予防接種も済ませたよ」
「チー!」
「ぼくは犬じゃない! って言ってますけど」
私の言葉を無視して、不空は雷獣の前足を取ってこちらに見せる。
「危なくないように爪の先も丸めた。足は六本あるが、今のところ何も言われていないよ」
「あー」
当たり前のような顔でそこに通ってたら、その足なんですか、とは確かに聞きにくいかもなぁ。不空さん近寄りがたい雰囲気あるし。
「あと、名を付けた。チーチー鳴くのでチーちゃんだ」
「ち……」
不空の言葉に、私は耳を疑った。
そんな可愛い単語が不空さんの口から出てくるとは思わなかったよ!
「そ……、そう。まあ、あんたが良いなら……」
シキも戸惑いを隠せない。
「キュー!! チーチーチー!!」
「そうか、嬉しいかチーちゃん」
不空さんはまた雷獣の頭を撫でる。
「シキ……、雷獣くん、チーちゃんは嫌だって抗議してるんだけど……」
いいのかなぁ。
「まあ……いいんじゃない」
……うん、なんか幸せそうだから良いか。
私はフルーツサンドに齧り付く。
「木綿、クリームが」
「あ」
口元に付いたクリームを指先で拭いながら、私はおとうさんに、へへっ、と笑いかける。
おとうさんは、ああもう、と言いながらウェットティッシュで私の指を拭ってくれた。
「そこの魚! ボクのおヒメちゃんとイチャイチャすんな!」
「魚って呼ばないでってば!」
私はシキに怒る。
「ずっと言ってるけど、シキなんておとうさんの足下にも及ばないからね! 私の一番大事な人はおとうさんだから! おとうさんに無駄に絡まないで!」
「……無駄……」
シキはしょぼんとしたが、
「えっ?」
と、むしろ父が意外そうな声を上げる。
「えっ、て何」
「いや、私を一番大事と言ってくれて嬉しいけど、……木綿、虚空殿のことはいいのかい?」
「えっ? 虚空?」
私はぱっと目を上げて虚空を見る。
一反木綿とブツブツ何か喧嘩しながらカニサンドを口に運んでいた虚空は、ん? とこちらを見た。
「……なんだ?」
「あ、ううん、なんでも……」
ない、と言おうとして留まる。
「……ううん、あのね、虚空。ごめんなさい!」
「……ん?」
「あのね、シキに聞いたの。私が、虚空の最愛の奥さんを殺しちゃったって。その……、本当に、ごめんなさい!」
「………………」
虚空は目を丸くして驚いている。私が知っているとは思わなかったんだろう。
やがて、その引き結んだ唇から、徐々に怒りが滲み出して来た。
「あっ、あの、そのあたりの記憶がまだ戻っていないうちに謝っても、本当の意味での謝罪にはならないと思うけど、でも」
さらに言い募りかけた私を押し留めるように、虚空は開いた手のひらを私に向ける。
黙れ、という意図を察して、私は口を閉じる。
虚空はもう片方の手で目を覆うようにこめかみを押さえ、ふーっ、と息を吐いてから、声を絞り出す。
「……どういうことだ、にかわ屋」
「え、どういうことって何」
「こいつになんで妙な嘘を吹き込んだのかって言ってんだ!」
「嘘? 嘘なんて吐いてないよ」
「えっ嘘なの」
私も驚いてシキを見る。
「嘘じゃないよ。おヒメちゃんは、あんたを守るために自分を犠牲にしたじゃん。つまりおヒメちゃんがおヒメちゃんを殺したんでしょ?」
ん??
ややこしいな。
私が私を殺したことが、虚空の最愛の奥さんを殺したことになるの?
……え、つまり……。
「……そこは思い出せてないのかい。虚空殿は、前世の君の伴侶なんだけど」
父が言いにくそうに言う。
………………はぁぁぁぁ!?
「まあ、正確には、許婚レベルで事件が起こっちゃったから、結婚直前でお預け食らった感じだけどねぇ」
「お預けとか言うな!」
「いやほんま木綿はんは旦那に近寄らへんほうがええですよ。何回か理性飛びそうになってはったから」
「なってない!!」
「我が弟ながら、理性が飛んだらこの怪力で抱き潰しかねないからねぇ……」
「そんなことはしない!」
シキの言ってた殺されるかもしれないって、そういうこと!?
私はどうして良いのか分からなくなって、おとうさんに隠れるようにぎゅーっとしがみつく。
「あっ、大丈夫だ、前世は前世で、今世とは違う。俺はお前とは無関係の赤の他人だ、そうだろう? 心配するな。な?」
虚空は慌てて言い訳をするが、なんかそれはそれで腹が立つ。
「だいたいこんな小さい子どもに、何を思えと言うんだ。出会ったばかりの頃の、保護者としての気持ちを思い出しただけだ、それ以上でも以下でもないぞ」
小さい子。
私はスッと目を細める。
「よう言いますわ。絶対『木綿』はんって呼ばはらへんかったやないですか。他人になったんやと思い知るのが嫌やったんやないですか」
「一反木綿! 余計なことを言うな! 別にそんな深い意味はない!」
「じゃあ呼んでみはったらええやないですか。ほーら」
リピートアフターミー、ゆーう、とか言って一反木綿が虚空を煽っている。
「あーら、言えまへんの」
「言えるわ! ゆっ、ゆ……」
「……雷獣くん」
虚空がモゴモゴ言い始めた時、私は雷獣に声を掛け、ちょい、と指で虚空を指す。
「キュー!」
「ぶわっ!」
突然顔に飛び付いてきた雷獣を支えきれず、虚空は仰向けにひっくり返った。
「いい? 次に前世の話したら絶交だからね!」
私は全員に向かって宣言する。
「ええっ、おヒメちゃん……」
「私は木綿です! 前世なんて知りません!」
「えええー……」
「おとうさん、行くよ!」
「えっ、木綿?」
私はおとうさんの手を引いて立ち上がらせ、そのまま歩き出す。
「えっ、おヒメちゃん、どこ行くの!」
「知らない! そこちゃんと片付けてから帰ってよ、シキ!」
「ええええええー!?」
ボク何もしてないじゃーん! というシキの悲鳴を背に、私はずんずん歩いていく。
風が暖かく、日差しはもうすっかり春だ。
桜のつぼみが膨らんで、並木道にピンクの霞がかかったように見える。怒ってたはずなのに、不意に気持ちが軽くなって、私は笑い出す。
「木綿?」
最初心配そうにしていたおとうさんも、いつの間にか私につられて笑い出す。
春休みになったら、みんなで山に遊びに行こう。
きっと、明るい森になっている。
私はおとうさんにくっついて腕を組み、笑いながら歩き続けた。
公園の花たちも、一緒に笑ってくれているようだった。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!
ご評価、ご感想、ブックマーク、レビュー、リアクションなど、頂けたら嬉しいです。励みになります!
ひとまず終了です。
まだまだ話は続きますので、また一反木綿がお目にかかる日も近いと思います。
というか、なろう公式企画でまた書きます。
その節はまたよろしくお願いします!




