第251話:制約は一つ
落下。
無限に続く、層の中を。
アルトとファントムは“上”へと落ちていく。
逆転した感覚。
壊れた法則。
そして――
目の前に現れる、新たな空間。
「……君たちが、ここまで来たのか」
ゆっくりと顔を上げる。
その瞳は、静かだった。
だが――
“すべてを知っている目”だった。
アルトは、一歩前に出る。
「お前が、“書いてる側”か?」
男は、少し考えるように視線を逸らす。
「正確には違う」
一拍。
「私は、“整える側”だ」
ファントムの目が細くなる。
「……編集者、ね」
「そう言ってもいい」
沈黙。
だが、その沈黙には意味があった。
ここは、“外側”。
物語の中ではない。
つまり――
ルールが違う。
「質問していいか?」
アルトが言う。
「一つだけなら」
「俺たちの結末は、もう決まってるのか?」
男は、少しだけ微笑んだ。
「“候補”はある」
ペンを持ち上げる。
紙の上には、すでに文字があった。
アルトとファントムの名前。
そして――
いくつもの“終わり方”。
「だが、確定はしていない」
ファントムが、即座に踏み込む。
「じゃあ、私たちが選べる?」
男は、首を横に振る。
「違う」
一拍。
「“選ばせる形で、決める”」
空気が、冷える。
「……やっぱりね」
ファントムの声が低くなる。
「なら」
アルトが言う。
「その“決める”ってのを、やめてもらう」
男は、少しだけ驚いたように目を細める。
「面白いことを言う」
「やめる理由は?」
アルトは迷わない。
「俺たちが、気に入らないからだ」
沈黙。
だが――
その答えに、男は小さく笑った。
「合理性がない」
「必要か?」
「普通は必要だ」
「俺たちは普通じゃない」
ファントムが、横で小さく笑う。
「むしろ、“普通じゃないからここにいる”のよ」
男は、ペンを机に置いた。
そして、二人を見る。
「では、逆に聞こう」
「君たちは、どうしたい?」
問い。
だが、それは試すものではない。
本気の問いだった。
アルトとファントムは、互いに一瞬だけ視線を交わす。
そして――
「奪う」
アルト。
「書き換える」
ファントム。
同時だった。
男の目が、わずかに細くなる。
「具体的には?」
ファントムが、一歩前に出る。
「“結末を決める権限”をもらう」
空気が止まる。
ありえない要求。
だが――
男は、否定しなかった。
「……それは、“作者の領域”だ」
「知ってる」
「君たちは、そこに届いていない」
「だから来たのよ」
即答。
アルトが続ける。
「距離の問題じゃない」
「やるかやらないかだ」
沈黙。
男は、しばらく何も言わなかった。
そして――
ゆっくりと、立ち上がる。
「……いいだろう」
空気が変わる。
「条件を出す」
机の上の紙が、ふわりと浮く。
そこに、新しい文字が書かれる。
――《試練》
「君たちが“自分で結末を作れる存在”であると証明できれば」
一拍。
「その権限を、一部だけ与える」
ファントムの目が光る。
「試すってわけね」
「そうだ」
アルトが笑う。
「いいじゃないか」
「で、その試練ってのは?」
男は、ペンを拾う。
そして――
“新しいページ”を開く。
何も書かれていない、真っ白なページ。
「ここに」
静かに言う。
「“完全に新しい物語”を書け」
ゆづきがいない。
観測者もいない。
既存の設定もない。
「制約は一つ」
一拍。
「“既存の要素を一切使うな”」
沈黙。
それは――
ほぼ不可能に近い条件だった。
アルトが、眉をひそめる。
「俺たち自身も、使えないってことか?」
「そうだ」
ファントムの表情が、初めて真剣に歪む。
「……完全なゼロから?」
「そう」
男は、静かに告げる。
「それができなければ」
一拍。
「君たちは“誰かに書かれる存在”のままだ」
空気が張り詰める。
アルトは、ゆっくりと息を吐く。
「……なるほどな」
そして、笑う。
「最高に面倒だ」
ファントムも、小さく笑う。
「でも――」
二人同時に。
「面白い」
白いページが、目の前にある。
何もない。
だからこそ――
すべてが始まる。




