「流行が終わるのはおじさんのせいだ!」←おばさんの投稿
ボタン連打の音がきょうもやかましいですねえ。どーもーせみころーんさんですーととととててて。
ボタン連打の意味もわかります。
昼食のグラタンの仕込みに入っているころーんさんは「(゜~゜:)<気持ちはわかるんだけど、こうやって文章にして市販しちゃうとね」と。
今の若い人は、もうどんどん文章にしてkindleか本にしてしまうわけじゃないですか!
このあたりをすごく警戒してるのが中国と北朝鮮なんでしょうね。
そうなりますと、女子や女性の方が成熟が早く、頭の回転も切れるので、ついこんなことを書いてしまうんですってば。
「流行が終わった合図」は「〇〇〇〇」のせいである!って。
この〇〇〇〇をですね。
おねえさん、おんなのこ、おばさん、など女性や雌にかんする単語にしてみましょう。
どこまでtwitterとtogetterがあれますかねえ。
エリプシ様はもっと踏み込んだ見解で「(๑╹◡╹๑ …)<鬼滅の刃を見ればわかるように、おばさんが入ると物が売れる!」というのです。
それは事実です。
そこに、すらあっーしゅさんが…
「彡/(゜)(゜)<おばさんが入ると、物は爆速で売れるのでメディアに好評だが、ジャンルが死ぬ」
これも事実なんです。
「彡/(゜)(゜)<日本はなー、『ジャンルが死んでもええんや!』って流れや。金があればええんやっての。これ昭和や平成の頃はここまで極端やなかったやろ?」
いや、すらあっーしゅさん。
もう大正モダニズムの頃から言われてるんです。
大正って、まだ大阪や京都など関西発文化ってのが東京と五分で斬り合いしてたんですよ。
そのころから、もうあからさまな少女受けとかやってるんです。
大正時代に指摘されていても、それが目立たなかったのは、田舎に人が多かったからですよ。
今もう、東京にポスドクでやってくるのは珍しくないでしょ。辞令で東京へ転勤とか。
そういうの今ほどにはなかったんですよ。今ほどには。
今は、もう誰もが東京に群がる。となりますと、まず生活の質が問題なんですよ。
生活の質をあげるのがまず先決。それに文化や芸術が「乗って」くるんですよ。
これはかつて日本だけの現象とか言われてたんですが、いま世界全体がそうなってきてて、文化はもう消費するものになってるんですよね。
となると、永続する文化なるものはなく、おじさんおばさんがやってくるとさっさと捨てて次に乗り換えようって流れなんですょ。
そうするとですね
「流行が始まった合図は誰が作るのか」です。
これ、女子が流行を始めて男性が乗っかるというのはあまり聞いたことがないのです。
例えばです、櫻坂46も、やはり男性の芸能事務所が主体となってやっております。男性の性への興味を利用したビジネスですが、これを女性が主導するのはけっこう大変でしょう。
なので
「流行はおじさんが終わらせるムッキー」とおばさんが言ったら、「流行はおばさんでは作れない」とやんわりと返すべきだろうと思います。
どうしても日本の言論って、ワンサイドゲームなんですよね。
Facebookが廃れたら「わーいすたれたーかったかったー」とのたまうのがいるのです。
もちろんこんなレヴェルの人は語り部に採用はしておりませんが、かーんまくんの同級生にそういう女子が一名おり、語り部をやりたいとかいうのです。
「(*^◯^*,)<せみころーんせんせいさんにたのんでみるね!」
かーんまくん。さすがに、そのレヴェルでは語り部はちょっと無理だと思うんです。
「(§ゴ^。^ウ§)<わたくしの弟子2号ってことにして登場させればいいかも」
弟子2号ならオーケーですが…
「(#´_J`)<おれレヴェルでえーやん」
考えておきましょう。
おんなのこが、一番先鋭的で、何でもどんどんと食いつくのです。これは地球全体がもうそうなってしまっているのです。
そうして食い荒らされたら、ゴミもそのままになってしまう。これがSNSの殆どの姿です。
当分これ変わらないんですかね?
「(゜~゜:)<むりです」
無理なのはわかりますが、なんか対処とかできませんかね。
「(゜~゜:)<ちゃんと、異性へのエチケットとかそういう教育が高校時代にないとだめなんじゃないだろうか」「(゜~゜:)<いまのお嬢様学校の卒業者は平気で男性を品定めするんだけど、これ行き着く先は少子化どころではなくなると思うよ」
でしょ。
異性へのエチケットは完全に消失してしまっていて、自由になんでもどこでも言えるのは、なんか間違ってるような気がするのです。
第二次世界大戦以前の言葉を借りれば「不敬」ってやつです。
人類全体が不敬になってきたってことなんですよね。ここらへんが昭和や平成時代と違う点なんでしょう。ひょっとすると「不敬」という概念が最後にぽつんと残されるのは北朝鮮なのかもしれません。
「(゜~゜:)<これ以上人々は自由になれないので、おじさんたたきが流行るのかもしれない」
それもありますね。もう、自由って限界があるんですよ。どこまでも新しい漢字の語彙で開拓する時代でもなんでもないでしょ。でも昭和の時代はそれまだあったんですよ。
どっかで「限度」がでるんですよ。それが「おじさん」のせいだというと、おばさんはみんな買うわけです。




