お前の負けだ
あれ。視界が揺らぐ。俺どうしたんだっけ?
「――っ。……ンッ」
視界の中で久川さんが俺に向かって必死に叫んでいた。ごめん。なにも聞こえないや。
「予定と随分違うけど。まぁいい」
「――やめてっ来ないで。来ないでよっ」
ん? 全く聞こえないって思ってたのに、普通に聞こえる。俺は意識が少しずつ戻ってきた。ああそうか。俺、鉄パイプで思いっきり頭を叩かれたのか。普通死んでるだろ。当たりどころが良かったのか?
俺は朦朧としかけた頭をなんとか動かし声のした方へ目を向ける。そこには
「――いやぁっ」
悲鳴を上げる久川さんと無理やり彼女の服を破く日下部君。
「さっき蓮本の前で見せた拒絶の声、上げて当然だ。だけど姉さんは嫌がってる中無理矢理されたんだよっ」
狂気に満ちた日下部君の声が俺の耳に届く。誤解だ。だけど、何を言っても信じてくれないだろうな。日下部君も。そして久川さんも。
「アタシが拒絶の態度を見せたのは、この後こうなるって分かってたからよっ」
久川さんの凛とした声が部屋中に響き渡る。
「アイツは……ゴンは絶対にそんな事する訳無いっ」
俺は息を呑む。ゴン……その渾名を知っているのは小学校時代の人間だけだ。なんで彼女が……いやそんな事より。俺は状況を確認する。今の俺は床に倒れ伏していて、目の前では久川さんが日下部君に襲われそうになっている。
「ふざけるなっ。アイツはそんな良い人間なんかじゃないっアイツはっ」
「ゴンの事をしっかり見てもいないのに、そんな事言わないでよっ」
真剣な顔で久川さんは叫ぶ。
「ゴンはね。アタシにとってヒーローで……アタシにとってたった1人の親友なのっ。そう……約束したんだからっ」
俺はそこで察する。彼女が誰なのかを。まさか彼女が……。
――俺の初恋の人だったなんて。
「ならそのヒーローの前で、可愛がってやんよっ」
「――っ。ウオオォォアアアッッッ」
俺は激しい痛みを訴える頭を無視して起き上がると、日下部君に走り寄って、彼の頭に向けてローキックを放つ。ローキックは綺麗に頭へと当たる。その衝撃で日下部君は右に飛ばされ倒れ込む。
「――っ。なんで……まだ意識があるんだよ?」
「さあな。けど誓ったんだよ」
「何をだ?」
「榊原さんの時は救えなかったけど。今度は絶対に救ってみせるってっ」
そういった瞬間。
「――ふざけるなっ」
と言いながら俺にタックルしてくる。そして彼の身体が俺にぶつかった瞬間。
「――っ」
俺は腹部に途轍もない痛みが走る。ポタポタと床に何かが落ちる音がして下へ目を向けると、そこには血溜まりが出来ていた。
「――ゴンッ」
久川さんの叫ぶ声が木霊する。
「……お前の負けだ」
狂ったような笑みを向ける日下部君。俺はそんな彼の胸ぐらを掴むと
「――っ」
顔面を殴っていた。それも意識の続く限り何発も。死ぬのはいい。だけど、ここで死んだら久川さんが酷い目に合うんじゃないか。なら、俺の意識が続く間に日下部君を殴って意識を失わせよう。そう考えていた。気付けば日下部君は意識を失っていた。
「ひ、さかわ、さん……」
俺もすぐにその場に倒れ込み、闇の中に俺の意識が沈んでいった。




