第12話
「バクリッコ!」
ターメリック王子は嬉しそうに救世主へと駆け寄ったが、うずくまっている二人組を見て眉を八の字にした。
「バクリッコ、助けてもらったのにこんなことを言うのは申し訳ないんだけど…ボッコとザンギは怪我とかしてないよね? 大丈夫だよね?」
「もちろんでございます、王子様。わたくし、これでもかと手加減しておりますゆえ、大事には至らないかと」
「そっか。なら安心だね。バクリッコ、本当にありがとう」
王子の言葉に深々と頭を下げるバクリッコさんの後ろでは、いまだに身動きできないボッコとザンギの姿があった。
…どう見ても大事に至っている。
嘘も方便とは、このことか…
私の心の声が聞こえたのか、バクリッコさんは小さくニヤリと笑った。
「ああ、ターメリック王子様! ご無事でございましたか!」
扉の奥から、屈強な男性が顔を覗かせた。
年の頃は叔父の少し上ぐらいだろうか、薄手の鎧の上からでもわかる分厚い胸板、鋭い眼光は今にも武器になりそうな迫力だ。
「あ! コリアンダー騎士団長まで来てくれたんだ! この時間は城下町の見回りで忙しいんだってお父様が…」
「何をおっしゃっているのです! 王子様の一大事だというのに、駆けつけない騎士団長がどこにおりますか! ささ、お城で国王様と王妃様がお帰りをお待ちしておりますよ」
コリアンダー騎士団長と呼ばれた屈強な男性は、いかつい見た目からは想像もつかないほど柔らかい声色で王子に語りかけた。
ただ顔が怖いだけで、本人はいたって真面目なリーダー気質といったところだろうか。
「クミン! そこにいるんだろう? 王子様をお連れしてくれ!」
コリアンダー騎士団長がよく通る声で呼びかけると、扉の奥からメイドのクミンさんの困った顔が現れた。
ターメリック王子はすぐさまクミンさんに駆け寄った。
「クミン、ごめんね。ぼくがひとりでいいなんて言ったせいで、こんなことになって。ぼくのせいでクミンが怒られたりしたら…」
「王子様が心配なさることは、何もございません。わたくしは、このとおり元気でございますから。さあ、参りましょう!」
先ほどの困った様子から、クミンさんはあまり「元気」とは言えなさそうだったが、ターメリック王子は気にしている様子はなかった。
これもまた、優しさなのかもしれない。
私がそう思ったとき、扉の向こうへと歩き出したターメリック王子が振り向きざまに手を振った。
じっと見つめていると、王子はじれったそうに「パンデロー!」と私の名を呼んだ。
「パンデロー、ありがとう! きっとまた会おうね!」
私が遠慮がちに手を振り返すと、ターメリック王子は満足したようにまた歩き出した。
「…ありがとな」
王子とクミンさんが扉の向こうへ消えると、バクリッコさんがボソッと呟いた。
「お前さんにオレの地図を預けておいてよかった。おかげで、不思議な紙飛行機が城まで届けられて、王子様とお前さんの居場所がわかったんだ」
「いえ、あれはすべて王子様のアイデアだったんです。私なんて、王子様をお助けするどころか、殴られて何も…」
「何をおっしゃいますか、旅の方、いやパンデロー君。そんなことはありませんよ」
話を聞いていたコリアンダー騎士団長が、鋭い眼光のまま優しく声をかけてくれた。
「実は我々、そこの者どもが王子様と言い争いをしているあたりから居合わせて、突入の隙を窺っていたのです。ですから、謝るのはむしろこちらのほうなのです。少々とはいえ、王子様や君に怖い思いをさせてしまった」
申し訳ないと頭を下げるコリアンダー騎士団長に、私は恐縮するばかりだった。
すると、バクリッコさんが大きなため息をついた。
「だから言ったんすよ、コリさん。様子なんて見てないで、さっさと突入しましょうって」
「いやあ、すまんすまん。まさか、バクがあんなに強いとは思わなくてなあ」
「オレは、騎士団の朝の訓練に毎日参加してますからね。…こいつらと違って」
バクリッコさんの冷たい視線の先で、うずくまっていたボッコが顔を上げた。
その瞳は憎悪に燃えている。
「なぜだ…なぜ、おれたちの邪魔をする…! お前だって、おれたちと同じノルテ王国の人間だろう!」
「同じ国の人間だからって、みんなあんたと同じ思考の持ち主だと思ったら大間違いだ。あいにく、オレは数年前に北風派から南風派に改派した人間だからな。残念ながら、同じ国の人間でも、もうあんたの主張はひとつも理解できない」
「この野郎…!」
ボッコが俊敏な動きでバクリッコさんへと飛びかかった!
しかし、それよりも素早く動いたコリアンダー騎士団長によって、ボッコは背負い投げを決められた。
予想外の出来事に受け身のできなかったボッコは、冷たい床に全身を強打していた。
…しばらく動けないだろう。
バクリッコさんはというと、助けてもらったのにも関わらず「お優しい王子様がご覧になったら大号泣なさいますなぁ」と囁いて、騎士団長の顔を青ざめさせていた。
「…バクさん、なんでだよ」
すると、壁際で伸びていたザンギが消え入りそうな声で話し始めた。
「バクさん、言ったじゃないか。自分はノルテ王国にいた頃、ひどい吹雪に母親を奪われたって。いまだに心に傷を負っているって。だからおれたちは、バクさんに計画を打ち明けたんだ。それなのに…! 兄貴が怒るのも当然だ!」
なんだって…!?
私は隣にいたコリアンダー騎士団長と同時にバクリッコさんの顔を覗き込んだ。
やっぱり、この人は何もかも知っていたんだ。だから、事件を未然に防ぐことができた…!
私は、一瞬でも国王と王妃を身体を張って守り抜いたバクリッコさんを悪党の一味ではないかと疑ってしまった自分を恥じた。
コリアンダー騎士団長は、まだ事情がつかめていないらしく、口をパクパクと動かしている。
「コリさん、落ち着いてください。これからちゃんと話しますから」
バクリッコさんはコリアンダー騎士団長に困った顔を向けると、意を決したように口を開いた。
その声に、いつもの調子の良さは微塵も感じられなかった。
「…確かにオレは、吹雪の夜にお袋を亡くしました。昔の話です…あの日はノルテ王国史上、一二を争うほどの冷え込みで、そこに暴風雪までやってきた最悪な一日だった。もちろん、オレのお袋以外にもたくさん犠牲者が出た。生き残ったやつらは揃って吹雪に悪態をつき、泣き喚いていた。でも…オレはもう自然を憎むことはやめたんです。…気づくことができたから」
「気づく…?」
「自然や災害を忌み嫌い、憎み、恨んでも、大切な人たちは戻っては来ない。…怒りをぶつけても、何も変わらないってことに気づいたんです。…まあ、気づかせてくれた人がいたんですけどね」
そこまで言うと、バクリッコさんは私に片目を瞑ってみせた。
おかげで、私にはバクリッコさんがだれのことを言っているのか、どうして仕事をサボるときは大抵その人のところに入り浸っているのかがわかった。
バクリッコさんは、そのままザンギに視線を向けて続けた。
「お前たち北風派の考えがどれだけねじくれているか、今ならよくわかる。なんて言ったらいいかな…例えるなら、大きな津波を憎んで海の魚を意味もなく死なせるようなもの、かな。怒りを向ける対象を根本的に間違えてるんだよな、北風派は。だから、南風派の自然を愛する繊細な気持ちも、ただの恵まれた人間に与えられた特権だって僻んじまうんだろうな」
「くそっ! 余計なお世話だ!」
バクリッコさんが最後に向けた不敵な笑みが気に食わなかったのだろう。
ザンギは巨体を揺らしてバクリッコさんに飛びかかった!
しかし、コリアンダー騎士団長によって背負い投げを決められ、そのまま伸びていたボッコとともに連行されていった。




