第16話 魔法少女は共鳴で。(4)
◆5月3日 午前0時31分◆
「…で、チーはなんでリュックなんて漁ってるんだ?」
私はリュックサックの中身を地面に空け、雑多に散らばったそれらを選別している。
「…貴方方に多少の心得があることは知っていますが、私の手伝いをしたいというのであれば、自分の身くらいは自分で守ってもらわないと足手まといです」
「実際そうだけど…面と向かって言われると傷つくわー…」
雨はあからさまにうな垂れる。
「それで、何か役に立ちそうなものがないかって聞かれたから、持ってきたものの中にあるかな~って」
「足しになるものがあればと思っていたのですが…」
天草雪白は顎に親指を当て、考え込むように沈黙する。
「無いのか?」
「いえ…逆に揃いすぎていて驚いています…。幣に神楽鈴に護符…。どこでこんなものを…」
天草雪白が怪訝そうに私を睨んだので、無罪を主張するためにトウガと対峙している相手を無言で指差す。
「あの子が…?なるほど、合点がいきました…。では、あの子をここに呼んだのも貴方なのですか?」
私は選別作業を続けながら首を横に振る。
「今日この時間に七不思議を解明するって伝えただけ。強要はしていない」
嘘は吐いていないが、そう伝えれば彼女が動くことは容易に想像がついていた。
何故なら、私と八代雹果は、手段が違えど目的が同じなのだから。
「そうですか…。私は運が良い…」
「あ」
道具を掻き分けていると、私はあるものを見つけて思わず手を止める。
「それ…は…。なぜ、ここに…」
天草雪白は戸惑った様子で、散らばった道具の中からそれを拾い上げた。
…
「運動神経が良さそうな貴方はこちらを。その鈴の音が今のトウガに効くかどうかはわかりませんが、牽制くらいには使えるでしょう」
雨は神楽鈴と幣を渡される。
「こんなもので戦えって…?正気か?」
「勘違いしないでください。貴方方は絶対に戦おうなんて考えないで下さい。それはトウガに対して多少なりとも効果があるだけで、せいぜい針で刺す程度にしかなりません。ですから、貴方方はトウガが接近した際、自分の身を守ることだけに注力してください」
雨は与えられた幣と神楽鈴を、順手と逆手を器用に変えながら振り回す。
「貴方にはこれを。鳴弦といって、弦を鳴らすだけでも多少の効果が期待できます。いざとなったら矢を放って、一瞬だけ注意を引きつけて退避しても構いません」
天草雪白は持っていた弓と矢を私に手渡した。
「私が…?でも…」
「貴方の心配には及びません。私は体術も心得がありますので」
私は困惑しながら、その弓と矢を舐めるように見つめる。
――というか、私、弓矢なんて使ったこと無いぞ…?
ゲームでも、弓矢を使うキャラは耐久力が低く、すぐに死んでしまうので望んで使うことはしてこなかった。
しかも、矢が消費されるゲームに関しては、消費を気にするあまり物語終盤まで使わなかった記憶さえあるので、とっつき難いイメージもある。
それゆえ、弓矢という武器に関してはそれほど良い印象を持っていない。
というより、私自身が弓矢なんて器用さを求められる道具が使えるとは思えない。
「その役目…私に譲って戴けませんか?」
「貴方が…?その手で弓を引くつもりですか?それに…」
血の滲んだハンカチに目配せしたあと、眉をひそめる。
「これくらい大丈夫ですの。私、以前アーチェリーをやったことがありますの。それに、当てないようにするだけであればそれほど難しくありませんの」
「そうですね…わかりました。これは貴方に預けます。ですが、その前に――」
鏡から矢を取り出し、その矢尻の先端に人差し指を押し当てると、当然の如くその指先から赤い雫が滴った。
「ちょっ!?何して…!?」
流れ滴る赤い血をインク代わりにして、何かの文字を描くように護符に塗りつけたあと、血のついた矢を芽衣に、血の塗られた護符を私にそれぞれ手渡した。
「これは気休め程度ですが、無いよりかは幾分かマシになるでしょう」
私は一連の行動に納得しながらも、若干の違和感を覚えたため、口を出す。
「それ。舐めたほうが早いし、楽なんじゃないのか?」
「それはそうなのですが、やはりなんというか人前では――というより、どうして貴方がそんなことまで知っているのですか!?」
珍しく、顔を赤面させながら慌てた様子で私に詰め寄ってきた。
「あー、やっぱりそうなのか。たぶんそうなんじゃないかって思って試しに聞いてみた。別に誰かに言ったりしないから安心して」
どうやら、あの仮説が本当だということがこれでハッキリした。
「コホン…ま、まあいいです。これも持っていて下さい」
そう言って差し出されたのは、雹果に返しそびれ、リュックの中から発掘された恋愛成就のお守りだった。
「恐らく、ここにあるものの中で一番強力な力を持っています。きっと貴方であれば上手く使えると思います」
恋愛成就のお守りが一番強力という意味が理解できなかったが、私は素直にそれを受け取る。
「つーか、こんな呑気にしてて良いのか?なんかもう始まってるみたいだぞ?放っておいて大丈夫なのか?」
一見すると雹果とトウガが向かい合っているだけのようにも見えるが、恐らく何かの駆け引きをしているというのは見て取れる。
「…恐らく問題ありません。あの子は、巫女としてなら私よりも優れた素質がありますから。ですが…」
「アイツ…トウガだっけ?そんなに強いのか…?」
「いえ…そういう単純なものではないのです。実を言うと、本来であればトウガは私たちが恐れるような存在でもありませんし、封印するような存在でもありません。ですが、理由あって封印という手段をとらざるをえませんでした」
「恐れるような存在じゃない…?じゃあ、なんで封印されてたんだよ…?」
数秒間だけ迷うような素振りをみせた後、天草雪白は口を開く。
「こうなった以上、今さら隠してもしょうがありません。トウガは悪霊でもなければ妖怪といった類でもない…。神に類するものだからです」
私たちがその言葉を理解する前に、一際強い光が周囲を照らした。
「今度はなん――」
私を含めた三人はその光景を目撃し、呆然と口を空けたまま言葉を失った。
◇
◆5月3日 午前0時30分◆
『は…?もん…?ぽけ…?てめえ、何訳分からないこと言って…』
「あなたにも判りやすく説明するのなら…そうですね…。私は戦で勝利することよりも、友好関係を築いて同盟を結ぶほうが好きな平和主義者、ということです」
雹果は不敵な笑みを浮かべた直後、右腕を真横に一閃する。
伸ばされた指先には、どこから取り出したのか、いつの間にやら一枚の札のようなものが挟まれており、雹果はそれを少女に向かって器用に投げつける。
『こいつ…!?』
少女が慌てて背後に飛び退るものの、その札はまるで意思を持っているかのように少女を追従し、少女との距離をすぐに詰める。
『邪魔だぁ!』
少女は飛びながら体勢を変え、持っていたハンドベルを振り下ろす。
『――っ!?』
札に直撃したかと思ったその直後、札は五つに分かれて分散し、空中を鳥のように舞った。
「――ハク!」
その声と同時に、札の一つは少女の頭上に留まり、残り四つはその周囲の四方に散らばった。
そして、それらの頂点同士を結ぶように青白く発光したかと思うと、四角錐の光の檻を構築し、少女をその中に閉じ込めた。
『くそっ…!?捕縛術…だと!?だが、この程度…!』
少女がすぐさまハンドベル担ぎ上げ、その表面を叩き割ろうと野球のバットのように振りぬいた。
だが、その壁はまるでびくともせず、傷一つたりともつけられることは無かった。
『馬鹿な…!?捕縛術程度じゃ、こんな強度はありえねーだろ…!?てめぇ…!強力な封印術は使えないんじゃ無かったのかよ!?』
「少し勘違いしているようですね」
雹果は見上げるような動作をし、少女もまた、それに追従するように首を上げる。
『こいつは…!?』
少女の真上には、白い袴のようなものを身に纏った人影がいつの間にか存在しており、空中を虚ろに漂いながら印を結んでいた。
「そのお方の名前はハクさん。その結界を創ったのはその方ですので、私ではありませんよ」
その瞬間、少女は悟ったような表情を見せた後、雹果をキッと睨みつける。
『そういうことか…やっと理解したぜ…』
少女は自分の置かれている状況を認識し、冷や汗をたらした。
『お前…。人間の分際で俺様を手懐けるつもりなのか?』
「勘違いしないでください。私はあなたみたいなレアポケ――もとい、珍しい方と友達になりたいと思っているだけです」
『かはは…!この俺様と友達か…!笑わせてくれるぜ…!たかだか十数年生きた程度の若造が、図に乗るなよ?』
少女が強く言い放つと、それに呼応するように少女の臀部から光輝く糸のような何かが無数に生えはじめ、目映いばかりの金色の光を放った直後、それらは数にして八本の尾に形を変えた。
『この尻尾は飾りじゃないんだぜ?』
◇
◆5月3日 午前0時33分◆
「あれは…」
金色に輝く光を纏った少女と、その少女から生える神々しいほどの複数の狐の尾の存在感が、天草雪白が語った“神に類するもの”という言葉の意味を、否応なく私に理解させた。
「…トウガはもともと八尾狐と呼ばれる妖怪でした。大国主神という神と土地を巡って対立し、争った末に敗北したものの、その力を認められ、その結果、大国主神のお役目を一部受け継ぎ、縁結びを司る神というお役目が与えられました。その折に、八代稲荷神という名を与えられ、八代稲荷神は八代神社に神として祀られることになりました」
「あの方…神さまなんですの?」
「オイオイ…。なんか、急に話がでかくなってきたぞ…」
正直、私はその言葉をすぐには整理できなかった。
大国主神と言えば、アニメやゲームで聞く名前であり、日本の神話を齧った人間なら誰でも知っている有名人――もとい、有名神だ。
そんな神様が人生において、敵の敵だったという極めて近いポジションに位置することになるなんて誰が想像できるだろうか。
例えるなら、友達の親が有名ハリウッドスターだった、というくらいあり得ないし、現実離れしている。
「八尾狐…。ひー…ふー…みー…」
トウガの尻から生える尻尾の数を数えると、それは八本あった。
狐は長生きすれば妖狐となり、時を重ねると尾の本数が増え、強力な力を得て神格化されると、どこかの漫画で読んだ記憶がある。
一般的に九尾の狐が最強とされているが、それでいくとトウガはその一歩手前まで来ているということになり、限りなく最強に近いということになる。
「今のトウガは荒魂と呼ばれる状態。縁を結ぶという良い面が反転し、強く顕現している状態なのです」
「…聞いたことがある。確か、日本の神には良い面と悪い面があって、良い面が出てる状態が和魂。悪い面が出ている時を荒魂って呼ぶ」
雨が降れば作物は実るが、水害を招くこともあるし、作物が沢山収穫できて利益が増えることもあるだろうが、畑を荒らす動物も増えて獣害も増える。
かといって、作物が無ければ動物は都会に餌を捜し求めて人間に害を加え、それを排除し続ければ絶滅危惧種になってしまったりする。
あらゆるものには二面性があり、捉え方次第で良くも悪くもなる。
それはつまり、神の祝福とされるものであっても、人の捉えようによっては神の裁きにもなることを意味する。
「つまり、今のトウガさんは“縁を切る”力が強く出ていて危険な状態ってことですの?」
「それって、どう危険なんだ?家族や友達と喧嘩するとかか?」
雨が何気なく疑問を口にすると、天草雪白は眉をひそめながら大きく首を横に振る。
「…トウガが司っているのは、あらゆる縁。もし、人との絆だけではなく、この現世や全てにおける縁と呼ばれるものが断たれたとしたら、どうなるのか…。貴方方に想像が出来ますか?」
――全てにおける縁が断たれる…。
「現世との縁が断たれる…ですの?言い換えますと、それはこの世界から切り離されるということですの。つまりは…」
私同様の答えに辿り着いたのか、芽衣の顔は一気に強張った。
「…事実上の…死…か」
私は思わず言葉をこぼした。
だが、私は言葉を発したあとに違和感を覚えた。
「そ、それってマジヤバなんじゃないか!?ここにいる私たちも、いつ死ぬか判らないってことだろ!?」
「いいえ…。既に肉体を大地に還したトウガは、人に憑依して宿主の魂を取り込みながら、己の存在を維持しています。その過程において、他の肉体に移るために自分と肉体との繋がりを完全に断つ必要があり、憑依していたその人の持っていた縁もろとも断ち切り、そうして自らの魂を切り離し次の肉体に憑依する。そう言い伝えられています」
天草雪白はトウガをじっと見つめる。
「なんつーか、メチャクチャ迷惑な話だな…」
「それが本当だとしたのなら、ベルさんはどうなるんですの!?もし、トウガさんが別の肉体に乗り移ってしまったら…!」
芽衣の一言で、私たちの間に数秒の沈黙が生まれた。
「…一刻の猶予もありません。花咲さん。貴方は私と一緒に来てください」
天草雪白は冷めた目でトウガを一瞥したあと、私にそう言って背を向けた。
だが、私は彼女に現れた小さな綻びを見過ごすことは出来なかった。
「天草先輩。一つだけ聞かせてください。先輩はこれから何をするつもりなんですか?」
「トウガを止めます。何を今さら――」
私の問いかけに、天草雪白は振り向くことはなかった。
「つまり、再びトウガを封印しようとしているってことですよね?」
「…無論です。それ以外に選択肢はありませんから」
天草雪白が先ほど私たちに渡したものは、いずれもトウガに憑依されることを防ぐための自衛手段であり、彼女は私たちに“戦うな”と言った。
さらに言えば、相手は神様であり、神殺しや、神喰いに類する伝説級の武器でもない限りは、戦闘を挑むのは無謀の一言だろう。
だとすれば、この状況を打開できる策は一つしかなく、天草雪白がこれから何をしようとしているのかなど、容易に想像が出来る。
だが、私の考えうる限りでは、それには必ず犠牲がつきまとう。
「そのために、自分が犠牲になっても仕方ない。そう考えているんですよね?」
「…」
天草雪白は背を向けたまま黙り込んだ。
「トウガを追い詰めて、自分に憑依させたところを雹果に封印させる。そういう作戦ですか?」
間髪いれずに、芽衣が異論を唱える。
「そ、そんな…!?嘘ですの!?先輩!?妹さんに謝るのではなかったのですの!?」
先ほどの一件があったせいか、芽衣は感情的になっていた。
だが、彼女がそうするであろうことを、私は最初から知っていた。
「…覚悟は出来ています。ですが、覚悟が決まったのは貴方の言葉のお陰です。木之崎さん」
背中越しだから判らないが、私は一瞬彼女が笑ったような気がした。
「ですが、貴方が気に病む必要はありません。これは決まっていたことなのですから…」
「だってさ、チー。どうするよ?」
先ほどから沈黙を貫いていた雨が、含み笑いをしながら私に投げかける。
――以前の私は、こんな風に見えていたのだろうか…。
自分に力が無いばかりに、誰かが犠牲になろうとしている。
だが、自分には成す術は無く、手の届かない場所に行ってしまうのを、ただただ見送ることしか出来ない。
胸が締め付けられるような、もどかしいような、自責の念に駆られるような感覚。
守る側と同じように、守られる側にも苦痛は伴う。
私はこの時、初めてそれを知った。
「――だったら、私は先輩を手伝えません。誰かを見捨てて自分が助かるなんて、私の選択肢にはない。私は誰かを見捨てて得られる未来なんていらない」
「…!?」
「貴方は、私にトウガと戦えとでも言いたいのですか…?そんなことをすれば、もっと多くの犠牲を生んでしまうことになりかねません…!それこそ無意味です…!」
天草雪白は両の拳を強く握り締めながら、震えた声で吐き捨てる。
「相手が神様だろうがなんだろうが、関係ない。苦しむ人が居る以上、二年前と同じことを繰り返すなんてことは私が絶対にさせません」
「無理です…。二年前も無理だった…。あのトウガを何とかする方法なんて…」
私は首を横に振る。
「無理じゃない。二年前とは違う。宇城先輩が残した可能性を信じて下さい。天草先輩」
私の言葉に天草雪白は驚いた様子で振り返る。
「…先輩が残した…可能性…?」
よくよく見ると、その頬には一筋の雫が伝っていた。
「簡単な話。正気を失っている相手には冷静になってもらえばいい。そのためのピースはもう揃ってる」
私には“力”が無くても“知識と経験”がある。
そして、宇城悠人という存在が私に繋ぎ、託したものがある。
だから私は、自分の知識と経験が指し示したその“可能性”に賭ける。
「だから、私と宇城先輩を信じて、私に協力してください。天草先輩」




