第16話 魔法少女は共鳴で。(5)
◆5月3日 午前0時33分◆
突如として発せられた金色の光は、まるで氷を蒸発させるかのように三角錐の檻を跡形もなく消失させた。
そして、消えた檻の中心には、八つ尾を揺らしながら笑みを浮かべる少女が優美に佇んでいた。
『かはは…!俺様に尻尾をださせたんだ。自慢しても良いぜ?』
自らに生えた尾のうち一本を、毛触りを確かめるように撫でながら、少女はニタリと笑みを浮かべる。
「…それは遠慮します。変な人だと思われたくないので。ですが、元は妖怪だったとはいえ、さすがは神名を授かっただけのことはあります。これは高評価ポイントです」
八代雹果はまるで研究対象を観察するかのように、八つ尾の少女をじっくり眺めながら、数度頷く。
『う~ん…?お前、それを知ってるっつーことは、どこぞの巫女ってわけじゃねーな…。八代家の巫女ってのはマジなのか…?あー…そういや、冴えない感じの口の悪いガキが居たってのは覚えてはいるが…』
八つ尾の少女もまた、八代雹果の肢体を舐めるように眺めながら眉をひそめる。
「あなたが知らないのも無理はありません。私が巫女としての修行を受けるようになったのは、あなたがここに封印された後ですから」
『巫女の修行をするようになった…だと?じゃあ、お前が巫女だってんなら、俺様を封印したあの巫女は…』
八つ尾の少女は首を傾げながら考える仕草をしたあと、徐々に口の端を上げ、にたにたとした笑いを浮かべはじめる。
『そうかそうか、なるほどな…。合点がいったぜ。どう考えてもお前のほうが、さっきの巫女よりも強い。てーことはつまり、あいつは巫女としてお払い箱になったってわけか!かははは!!こいつは面白れぇ!!』
八つ尾の少女が高らかに笑い声を上げる。
すると、八代雹果の片眉がその言葉に反応するようにピクリと動いた。
「…まずは、その口。少し言葉が過ぎるみたいですので、猿ぐつわでもして差し上げましょう。それと言葉遣いも一から躾けないといけませんね」
感情を察することが困難と言えるほど、八代雹果の顔は無表情だったが、その口ぶりと異様に低い声のトーンが、彼女が憤っているという事実を俄かに示していた。
『猿ぐつわ…?完全に手懐けるつもりじゃねーか。つーか、それ以前にてめえの仕える神様に猿ぐつわするなんて話、聞いたことがねーぞ?』
「荒ぶる神を鎮めるのも、巫女の務めですので」
『…』
それを聞いた八つ尾の少女は、不機嫌そうな表情を見せたかと思うと、舌打ちをして背を向けた。
『ちっ…。あー、やめだやめだ。あっちの巫女には封印された借りを返さないといけねーが、てめえには恨みはねえ。うちの巫女と判った以上、俺様にはお前とやりあう理由もねえ。つーわけだから、俺様は降りさせてもらうぜ』
八代雹果は、すぐさま八つ尾の少女の言葉に異を唱える。
「先ほども言いましたが、私にはあなたを鎮めるという使命があります。勝手に降りられても困ります」
『務め…使命…。言いてえことはたくさんあるが、俺様はもう人と馴れ合うつもりはねーんだよ。他を当た――』
「それなら、私は巫女を辞めます。そして、私があなたを負かしたら友達になってください」
『ああ…?巫女を辞める…だと…?んな簡単に…つーか、それより俺様は人間と仲良しごっこをするつもりはないと――』
「私に勝つ自身が無いのですか?人間の前から尻尾を巻いて逃げ出した臆病者の神として、後世まで語り続けられることになりますが良いのですか?」
八代雹果は八つ尾の少女の言葉を全て打ち落とすかの如く、何度も何度も食って掛かる。
『それは脅しか?笑わせるんじゃねーよ。たかだか数十年そこそこしか生きられない人間の間で語り継がれようが噂が広まろうが、千年以上存在する俺様には関係ねえ。それに、伝承なんてのは、ちょっとしたきっかけでプッツリと途切れるもんだ。人間は俺様の存在なんてすぐに忘れる』
それを聞くと、八代雹果はふきだすように小さく笑う。
「面白いことを言いますね?あなたがそれを言うのですか?私があなたの過去を知っていたように、あなたのことはこうして確実に伝わっています。それは血縁という人の縁があったからに他なりません」
その直後、八つ尾の少女は有り得ないものを見たかのような驚きの表情を見せた後、数秒の静寂の後に、甲高い高笑いを闇夜に響き渡らせた。
『かーっはっはっはっ…!!!』
そして、暫く笑い続けたあと、八つ尾の少女は振り返る。
『そこまで言われちゃあしょうがねえ。その安っぽい挑発に乗ってやるよ』
八つ尾の少女は持っていた巨大なハンドベルを軽々と持ち上げ、さながらホームラン予告のようにその先端を八代雹果に向けた。
『だがな、自分で言い出したからには、何があっても後悔するんじゃねーぞ?』
八代雹果はそれを開始の合図と言わんばかりに、両手いっぱいに札を構える。
「その言葉、そっくりそのままお返しします」
◇
◆5月3日 午前0時35分◆
二者の間に一触即発の緊張した空気が流れる中、先に口を開いたのはトウガだった。
『――っとその前に、ちっとばっかし時間もらうぜ。どうも、人間の着る服は慣れねーんでな』
見ると、生え揃った尻尾は自然とスカートをめくり上げ、純白のショーツを恥ずかしげもなく露にしていた。
トウガはおもむろに自分の衣服をビリビリと引きちぎり、ものの数秒も経たずして衣装の袖とスカートは取り払われ、ほぼ全裸に近い状態になった。
そして、右腕と左腕を交互に数回まわしたあと、全身に力を込めるように両脇を締めて構える。
すると、数秒もしないうちに右腕に変化の兆候が現れた。
体毛は伸び、爪は鋭利に伸び揃い、やがてそれは獣のような腕へと変化を遂げた。
だが、当の本人はその腕をまじまじと眺めながら、不満そうな表情を浮かべていた。
『右腕だけかよ…。やっぱ寝起きじゃ本調子までいかないってわけか…。でもまあ、てめえとやりあうくらいなら、これくらいが丁度良いハンデになるかもな?』
しかし、雹果はそんな異様な光景に驚いた様子一つ見せず、冷ややかにその変化を眺めていた。
「お構いなく。そういった配慮は不要ですので、全力で来てください」
『かはは…!相変わらず強気だな。そんじゃ、ご厚意に甘えさせてもらうことにするぜ?』
ハンドベルを頭上で数回まわしたあと、前屈みになり、左腕に持ったハンドベルを肩に乗せ、右手の爪は地面を砕き、鉤爪のように引っ掛けながらガッシリと固定される。
その目つきは狐の如くつりあがり、赤い光を帯びていた。
その様相は、獲物を捕らえんとする獣というよりも、獣人のそれに近かった。
『こっちから行かせてもらうぜ?』
その言葉を言い終えるか終えないかの瞬間、トウガは既に加速を開始していた。
全身のバネを使ったその加速は、一般人の目には捉えられない速度にまで到達しており、それはまるで一発の砲弾のようだった。
「――クロ!」
だが、雹果もまた、ほぼ同時に行動を開始していた。
持っていた札の数枚を地面に勢いよく投げつけながら、色なのか名前なのかも定かではない言葉を発すると、雹果の背後から黒い影が突如として生まれ、それは狼に似た黒い獣の姿を形作る。
『はっ!今度は犬か!それじゃ、俺様の相手にはなんねぇぞ!?』
黒い狼はすぐさま突進したかと思うと、接近するトウガの左腕に噛み付こうと飛びつく。
しかし、それを待っていましたと言わんばかりに、トウガは闘牛士のように軽い身のこなしで跳躍。
そして、隙だらけのその背に、鋭い爪を突き立てた。
『――っ!?』
だが、そこに手応えのようなものはなく、狼の影はすぐさま黒い霧となって霧散した。
霧となった影は宙を舞い、一秒も待たずしてトウガの頭上に収束した。
『たかだか怪の成り上がりの分際で、高潔な主様に刃向かうなど…!身の程を知れ…!』
収束した影から人のものとは思えない声のようなものが発せられたかと思うと、それは巨大なコウモリを形作り、トウガの体をその足で鷲掴みにした。
『コイツは…!?』
トウガは上半身をひねりながら、持っていたハンドベルをコウモリに向けて射出し、その影を振り払う。
それによって影は再び空中に散り散りになったものの、支えを失って体勢を崩したトウガは地面へと落下し、その全身を地面に打ちつけながら不時着する結果となった。
『ぐっ…!?』
勢いのままに数回転したものの、何事も無かったかのように体勢を立て直し、再び臨戦態勢に移行する。
『ふぅー…あぶねえあぶねえ…。また捕まるところだったぜ…』
黒い霧は雹果の元へと収束するように舞い戻ったかと思うと、今度は黒いマントを羽織った妖艶な女性へと姿を変えた。
『狼…コウモリ…霧…。よもや、マジもんと逢うことになるとはな…。一体どんだけ隠し玉を持ってるんだ…?』
トウガは額の汗を右腕で拭い、全身の土埃を払い落としながら苦言を呈する。
「お察しの通りですが、一応紹介しておきます。彼女は吸血鬼のクローディア。愛称はクロちゃんです」
まるで近所の友達を紹介するように、雹果はさらりとその吸血鬼を紹介した。
『次から次へと、厄介な連中を…。つーか、死霊術でもねーってことは…』
「勘違いしないで下さい。クロちゃんと私は友達の間柄です。そこに主従関係は一切ありません」
『…そっちはそう思ってないみたいだけどな!?』
いつの間にやら狼の姿に戻った吸血鬼は、雹果に首元を撫でられながら恍惚の表情を見せていた。
『まあいい…。どこの吸血鬼かは知らねーが、運が無かったな。さすがの不死身も、俺様相手じゃ相性は最悪だろうよ』
そう言うと、トウガはゆっくり右腕を振り上げ、手刀を天に向けてまっすぐに掲げる。
『――俺様が縁を司る神だってこと、忘れちゃいねえよな?』
「…!」
その瞬間、雹果は何かを察したのか、クロを庇うように一歩前に踏み出し、大きく手を広げた。
だが、それよりも一瞬早く、トウガが手刀を真下に振りぬくような軌道を描いた。
――シュッ。
空を切る音が静かに鳴った。
「ぐっ――!?」
まるで、時が止まったかのように、両者の間に数秒間の静寂が訪れた。
恐る恐るといった様子で雹果が後ろを振り返ると、先ほどまでそこに居るはずのクロと呼ばれた吸血鬼の姿はなく、まるではじめからそこに存在していなかったかのように忽然と姿を消していた。
『――身の程を知るのはてめえのほうだったな、吸血鬼。不死じゃなければ苦しまずに死ねたのによ。永遠の命ってのは厄介なもんだぜ。かはは…!』
雹果は探すように視線を周囲に振った後、地面にしゃがみ込み、数秒前までそこにあった存在を眺めるかのように、無表情のまま地面をそっと撫でた。
『何が友達だ…笑わせてくれる。死霊術師でもないてめえが、霊や吸血鬼を操れる理由は、とっくにバレてんだよ』
トウガは、地面に座り込む雹果を睨み付けながら、説明を始める。
『てめえは俺様と同じ縁を繋げる力を使える。そんでもって、死霊や吸血鬼と無理矢理縁を繋ぎ、そいつらを操って使役していたってわけだ。お前が苦しんでいるのがその証拠だ。縁を無理に引き剥がそうとすれば、傷が生じるからな』
雹果は小さく首を横に振った。
「私は…あの子たちを使役しているつもりなんてない…。私はただ、友達が欲しかっただけ…」
雹果が胸元を強く抑え、苦悶の表情を浮かべながら、地面を見つめていた。
『友達…。そうか…。そういやお前、さっきは面白いこと言ってたな…』
トウガは納得するかのように何度か頷いたあと、歩を進め、雹果の背中から10メートルほどの距離まで迫っていた。
『何があっても後悔しないって言ったよな?てめえの覚悟はそんなもんだったのか?先祖返りの巫女さんよ?』
「――それ以上、妹に近寄らないで下さい!」
その間に割って入ったのは、天草雪白だった。
『なんだぁ…?良いところなんだから邪魔すんなよ、“前の”巫女さんよ?』
「雹果は下がって。トウガの相手は私がします」
ゆっくり立ち上がった雹果は、顔を伏せながら天草雪白の肩を押しのけ、トウガの真正面に立つ。
「姉さま。退いて下さい。今は私が八代の巫女です。それに姉様は弱すぎて邪魔なので引っ込んでいてください。それにそこの愚神を一度懲らしめないと、私の気が済みそうもありません」
雹果は瞳に浮かべた涙を隠すように拭いながら、前髪から覗く鋭い瞳をトウガに向ける。
――それにしても、この姉妹は揃って口が悪すぎではなかろうか。
などと考えながら、私は暫くの間、近くの物陰から雹果たちの様子を伺っていた。
というより、神様だという相手にハイレベルな戦闘を繰り広げていた雹果に感心しつつ、邪魔になるわけにはいかないと空気を読みながら、ずっと機を伺っていた、と表現した方が多分に正しい。
そして今まさに、天草雪白によってまたとない好機が作り出されたため、私はその瞬間を逃すまいと、物陰から飛び出したところだった。
「雹果」
雹果の傍に駆け寄り、その背中を軽く叩く。
振り向いた雹果は、数秒前の険しい表情とは違い、少しだけ柔らかな表情を私に見せた。
「しょ…じゃなくて、花咲…春希さん…」
――今、絶対小学生って言おうとしたな。
私は僅かに機嫌を損ねる半面、自分の名を覚えていたことに多少なりとも喜んだ。
だが、今は小さな進展に一喜一憂しているような状況ではなかったため、気を取り直して本題に入る。
「ちょっと」
私の背丈では少し足りなかったため、姿勢を低くするよう促した後に、疑問の目を向ける雹果に耳打ちをする。
私がそれを告げると、雹果は心底から驚いたといったと言いたげに目を見開き、私の顔をまじまじと見つめ返してきた。
「――それは…本当…?」
私は大きく頷く。
「ああ。たぶん。だから、私たちに力を貸してくれないか?」
雹果はすかさず頷き返す。
「…私は何をすれば良い?」




