第15話 魔法少女は鏡と鐘で。(2)
◆5月3日 午前0時10分◆
教室棟一階の玄関から一階と二階の間にある踊り場。
私たち三人は、そこに備え付けられている大鏡の前に立っていた。
その目的は、六つ目の七不思議である“鏡に映る少女”を確認するためだった。
「――屋上にあった鏡は恐らく本物の鏡で、ここにあるのは精巧に作られたニセモノ。でも、一つだけ違うところがある」
私はペンライトを、鏡の端の部分に当てる。
「…あ!女の子の姿が浮かび上がりましたの!?」
「私はもう驚かないぞー…」
「鏡の裏面を薄く削るなりの細工をして、光の反射率を利用したんだろう。日中は明るいから反射しない部分があっても目立たないけど、周囲が暗い状態で強い光を当てれば、それはぼんやりと浮かび上がる。屋上に本物を残したのは、贈与された記念の鏡に細工をすることを躊躇ったためだろう」
この七不思議に関しては、二年前に明かされていたものじゃなかったため、私でも少し手間取った。
以前確認したときはまったく気がつかなかったが、屋上で同じ鏡を確認したとき、この鏡が細工されているという確信が持てた。
「私が目をつけたのは、どうしてこの鏡にだけそんな面倒なことをしたのか。他の七不思議と違って、大掛かりな作業になったことは明白だ」
これだけ大きな鏡のニセモノ作ったり、職人顔負けの細工をしたり、鏡を外して屋上に運んだりと、とても個人や素人レベルで出来るような簡単なことではないことは明らかだ。
「そこで私は考えた。これこそが、生徒会が隠したかった真実の一つだったんじゃないかって」
「それってつまり…どゆこと?」
雨は理解できないといった様子で疑問を呈する。
「あれ…?今…もう一人…」
私は鏡に背を向けて、階段を一歩ずつ上り始める。
「私は生徒会から依頼を受けて、初めて七不思議を知った。だけど、その時の話にあったような、面白半分で生徒が学校に忍び込んで、七不思議を解明しようとしている状況になんてなってはいない。それどころか、七不思議の話をすること自体がタブー視されているという実状だった。でも、作られたものであれ、確かに七不思議が存在していた痕跡はあった。それじゃあなんで、七不思議を作ったはずの生徒会が、私に七不思議を解明するような依頼をしたのか。そして、与えられた情報がなぜ実状と食い違っているのか。その二つの噛み合わない歯車は、ある一点をずらしてやると完全に噛み合う」
二階への最後の階段を上りきり、私は後ろを振り返る。
「それは…」
振り向くとそこには二人の影は無く、私はそこで初めて異変に気付かされることになった。
「雨…?芽衣…?」
私の声は静まりきった校舎の中で空しく響き渡った。
慌てて階段を駆け降りて階下を覗き込むものの、人の気配すら窺えない。
「…」
階段は一本道であり、ここは二階なので途中ではぐれる可能性はない。
二人はまるで神隠しに遭ったように忽然と姿を消し、そこに居たという痕跡すら見つけることは出来なかった。
「…まさか」
私は大鏡に張り付くように接近し、目を細めて鏡を凝視する。
そして、私は後ろを振り返る。
「くそっ…!」
私は鏡に寄りかかり、その鏡面を強く叩いた。
その音は、静まりきった学校の廊下を、幾重にも反響しながら離れていった。
「…予定変更だ」
反響音が完全に消えた頃、私は再び階段を上り、一人、生徒会室を目指した。
◇
◆5月3日 午前0時9分◆
「いたたた…」
階段下まで転げ落ちた私は、背中に走る痛みを堪えながらゆっくりと体を起こす。
「だ、大丈夫か…?」
私の腕に抱かれた芽衣に呼びかける。
「はい…ありがとうございます。私は大丈夫ですの。それより、雨さんが…」
「私は平気だから。結構丈夫に出来てるの知ってるっしょ?立てる?」
芽衣を支えながら立ち上がったあと、地面に落ちていたライトを拾い上げる。
「…にしても、一体何が起こったんだ?気が付いたら芽衣が階段から落ちそうになってて…」
私は階段から落下する芽衣を咄嗟に抱き込んで、舞台演出さながらの階段落ちをすることになった。
だが、どうしてそうなったのかが判らなかった。
「はい…私も良く判らなくて…。鏡を見ていたら、鏡の中にもう一人女の子が見えたのですが、後ろを振り返ったら誰も居なくて…そのあと突然誰かに手首を掴まれたと思ったらバランスを崩して、そのまま引っ張られて…」
「誰も居ない!?誰かに掴まれた!?め…芽衣まで私をからかう気か!?」
「あ、いえ…そういうわけでは…でも、確かに…」
周囲にライトを当て、自分達の置かれている状況を確認する。
「…って、あれ…?ここは…?」
先ほど上ってきた階段も目の前にあるし、直前に通り過ぎた大鏡もある。
私たちが今居る場所が学校であることは、ほぼ間違いない。
だが、その光景は私が毎日通っている学校の風景とは少し違って見えた。
私はあるものが視界に入り、首を傾げて困惑した。
「これって…」
私の戸惑いが晴れないうちに、芽衣が私の袖を引っ張り揺らす。
「あ!?雨さん!あれを見てください!あれ!」
階段の壁に設置された大鏡を見て、私は目を見開いて驚愕する。
「チー!?」
鏡であるはずの大鏡の向こう側に見えたのは、キョロキョロと周囲を見回すチーの姿だった。
だが、鏡の前に居るはずのチーの姿はそこには無く、まるでガラス越しに隔たれた先に部屋があるような錯覚を私に覚えさせた。
「まさか…春希さんがあの向こう側に!?」
その瞬間、私は自分の置かれている状況を理解した。
「いや、違う…」
私は首を大きく横に振る。
「たぶん、こっちが鏡の中に閉じ込められたんだ」
私は足元に設置されていた消火器にライトを当てる。
「これは…」
そこには確かに消火器という赤文字がデカデカと描かれていた。
ただし、鏡文字のように左右が反転した状態で。
『正解。ゴミにしてはなかなか飲み込みが早いですね』
突然聞こえた声に、すぐさま身構え、声が聞こえた方に慌ててライトを向ける。
上階に続く階段の闇から姿を表したのは、仮面を付けた少女だった。
「アンタ誰…?変態?てか、ゴミってなによ?」
だが、それは先日チーを襲撃した仮面の人物とは異なっていた。
なぜ、仮面を付けているというのにそれが判ったかというと、仮面の形や体型がまったく異なっていたためである。
その背丈が以前より低いことは目視でも明らかで、印象としては中学生くらいの身長。
イギリスの貴族が社交パーティーで着るようなドレスを着ているが、白と黒を基調としたマーブル柄という前衛的なカラーリングで、およそ本物の貴族とは程遠い風体をしている。
胸元には、コンパクト大の丸鏡の首飾りがあしらわれ、煌びやかな装飾と低身長が、服装とのギャップをさらに際立たせている。
その顔に着けている仮面は狐の面などではなく、黒いパピヨンマスクというのが一番の違いだろう。
『い、いきなり変態とは失礼な人ですね!?一人ずつ消してさしあげるつもりでしたけど、本当に余計なゴミが釣れてしまいました。これは失態です…』
「いや…最初にゴミって言ったのはアンタでしょ…。てか、結局誰なのよ?」
『あ、あなたたちのような下賎の輩に名乗る名はありません!』
私は大きく溜め息をつく。
「…とりあえずその口振りだと、芽衣をこっちに引っ張り込んで、そのまま階段に突き落としたのはアンタってことで間違いなさそうね」
『ご想像にお任せします。私としては、あのまま気絶していただけたほうが都合が良かったのですけど』
最終的な目的は定かではないが、その発言によって私たちの足止めか、チーや私たちを分断して叩くことがコイツ役割であることはハッキリした。
そこで、私は方針を決めて行動に移る。
「…とりあえず、そのダサくて悪趣味な仮面外して、顔を見せなさいよ卑怯者」
『あなた、もしかして馬鹿ですか?誰がそんな挑発に乗ると?」
「な…!?馬鹿はそっちだろ!大人ぶってるけど、口調でガキだってことはバレてるからな!」
『が…ガキ…!?どうやら、あなたは立場が判っていらっしゃらないようですね…』
どこから取り出したのか、その手にはいつの間にやら身の丈ほどある巨大なハンドベルらしきものが握られていた。
『あなたたちに見せる顔も無ければ、話す口もありません。その身体が大事なら、黙っていたほうが利口ですよ』
「…どうせ子供騙しだろー?その上から目線の生意気な口とそのふざけた仮面。アンタやっぱ、あの犬仮面の仲間でしょ?」
私はわざとらしく、挑発するような口調で言う。
『犬…ですって…?』
どんな人間であれ、頭に血が上れば冷静な判断は出来なくなる。
つまり、相手のボロを出させるには挑発をすることが有効な手段であり、精神年齢低めの相手であれば最も効果的な手段でもある。
だからこそ、こうして相手を煽り立てる言葉を並べ立てていたわけだ。
「雨さん。この前の方は狐さんですの」
そこへ芽衣から的確なツッコミが入るが、私はそれに便乗しながら補足を入れる。
「あー、違う違う。負け犬だから犬仮面。あんな卑怯なやり方しか出来ないやつ、犬仮面で十分だろ?」
『…モルゲンシュテルン』
――ドガン!
私が言い終えるのとほぼ同時に、激しい破壊音と爆発のような風圧が私を襲った。
「なん…だ…?」
見ると、階段の横の壁に巨大な鉄球が衝突したような亀裂が走り、壁だったものの欠片がボロボロと崩れ落ちていた。
その中央に突き刺さっているハンドベルのベル部分は、パピヨンマスクの握っている取っ手と太い鎖で繋がれており、錨を上げるように伸縮しながら、再び手元へと戻っていった。
『…姉さまを愚弄する輩は、私が粛清します!』
「ははは…マジか…」
――ヤバイ。また、やりすぎた。
◇
◆5月3日 午前0時11分◆
生徒会室に到着し、私は扉を確認する。
「…」
そこに張り出されていた紙の内容を一切無視し、ドアノブに手を掛け、音を立てないようにゆっくりと扉を開きながら室内の様子を窺う。
唾を飲み込みながら足を踏み入れ、闇に染まった部屋の中をペンライトで照らしながら、内部を隈なく調べる。
「――誰だ?」
暗闇の奥から突然声を掛けられ、私は一瞬身を強張らせる。
ライトを向けると、そこには広机に腰を掛けている人影があった。
「君か…。まさか、こんな時間に客人とは」
――が…ガチでビビったー…。
覚悟はしていたものの、こうして事実を目の当たりにするとなると、やはりワケが違う。
「こんな夜更けに何の用だ?生徒会室に忍び込んで何かを盗みに来た、というわけでもあるまい」
夜の民家を訪れた時みたいな反応をされて、少しだけ緊張が解され、私は一つ咳払いをして平静を取り戻す。
「そんなの言わなくても判ってるでしょ?あんたがこの状況を招いた張本人なんだから」
「…立ち話もなんだ。そこのソファーに腰掛けたまえ」
眼鏡の奥から見える抑圧するような眼光が、私を睨み付ける。
私は言われるがままに、近くのソファーに腰掛ける。
「それでは、ここに来た理由を説明してもらえるかな?」
「…私がここに来たのは、七不思議の呪いを終わらせるため」




