第14話 魔法少女は七不思議で。(5)
◆4月27日 午後4時5分◆
「はぁ…はぁ……あと…少し…」
その時、私の心は折れかかっていた。
妹から聞いた情報が気になっていた私は、学校の帰り道に八代神社に立ち寄ることにした。
だが、境内へと続く長い階段が私の前に立ち塞がり、私のHPはここに至るまでにだいぶ削られていた。
「ま、まさか…はあ…はあ……こ、これほど…体力が…落ちていようと…は…!」
私は額に流れる汗を拭いながら、天に続くかのような長い階段を、一歩一歩上る。
今まではこの程度の運動であれば、それほど疲れを覚えることなかったのだが、今となってはこの有様だった。
恐らく、魔法少女を卒業したことで、私の身体機能が本来あるべきスペックに戻りつつあるのだろう。
「はぁ…つ…着いた…!」
息も絶え絶えになりながら、最後の一段を上り終え、鳥居にもたれ掛かる。
するとそこには、5、6人の体育会系らしき集団がたむろしていた。
その中の一人が私の顔を見るなり、すぐさま走り寄ってきた。
「お姉ちゃん?こんなところで、何してるの?」
何を隠そう、妹の夏那だった。
「それはこっちのセリフ…ここで部活やってたのか?」
「そうだよー。部活の基礎練でこの階段よく使わせてもらってるんだー。あ!もちろん、リンちゃん家の許可貰ってるよー?それより、お姉ちゃんこそ、どうしてここにいるの?」
リンちゃんが誰なのかは存じ上げなかったが、どうやら昨日聞いたこの神社の巫女さんだということはなんとなく察しがついた。
「ちょっと…野暮用」
私の様子を見た夏那は、持っていた水筒を私に差し出した。
「…コレ飲む?」
「あ…ありがと」
私は妹に差し出された水筒を、遠慮なく頂いた。
「ぷはぁ!生き返ったー…」
「お姉ちゃん、この前の撮影と違って辛そうだね?具合悪いの?」
――さすが妹。なかなか痛いところを突く。
「あーえっと…ちょ、ちょっと寝不足なんだ」
私は臆面もなく嘘を吐いて、その場をやり過ごす。
「あー、夜更かしは体に良くないよー?芽衣さんと一緒に朝のジョギングしたら?私も付き合うよ?」
「か…考えとく。それより、ここの人はどこに居るか知ってるか?」
「それならあっちだよ?」
妹は境内の奥を指差す。
「マジか…」
その指が指す方向には、さらに上へと続く階段があった。
…
境内を通り過ぎ、獣道と見紛うほど草木の生い茂った階段を上ると、木造の家屋がひっそりと佇んでいた。
疲労困憊でHPゲージが1ドットしか残されていない私を横目に、妹は木造家屋の引き戸を迷うことなく勝手に開けて、ずかずかと足を踏み入れる。
「お、お邪魔しまーす…」
妹の背に隠れるように、私は中を覗き込む。
妹は突然、私の鼓膜が破れそうなほどの大声を上げる。
「ごめんくださーい!リンちゃん居ますかー?」
すると、真横に長く続くであろう廊下の先から、足音が近寄ってくるのが聞こえた。
「夏那さん…そんなに大きな声出さなくても、聞こえてますよ…?」
ゆっくりとした足取りで姿を現したのは、小さな巫女さんだった。
「あら、その方はお客様でしょうか?」
「紹介するね!私のお姉ちゃんだよ!」
「あ…。か、夏那の姉の春希…です」
誤解を与えないよう、姉の部分を強調しながら自己紹介をする。
リンちゃんと呼ばれた子は、私の顔を見るなり、眉をひそめて不機嫌そうな顔に変わった。
「…?」
――私、何かしたか?
私の様子を察して、リンちゃんと呼ばれた子は慌てて取り繕う。
「あ…ご、ごめんなさい。ちょっと光が眩しくて…」
後ろを振り向くと、傾きかけた夕日がちょうど差し込んでいた。
そして、再び振り返る。
「…えっ?」
私は一瞬目に違和感を覚え、目を何度か擦る。
「どうされました?」
「あ、いや…大丈夫…。ちょっと目にゴミが入っただけ」
「あ、申し遅れました。私は八代霖裏と申します。夏那さんとはクラスメイトで、いつも仲良くさせて頂いています」
霖裏と名乗ったその子は、深々とお辞儀をした。
――これが本物の巫女さんか。
黒髪長髪ストレートで、前髪パッツン。
身長は妹と同じくらいだが、物腰が落ち着いており、妹と同じ年とはとても思えないほどに落ち着き払っている。
しかし、一番に目を引くのは、やはりその身にまとっている巫女装束だろう。
「それで、今日はどういったご用件でしょうか?」
私が口を開こうとすると、私の小声を打ち消すように巫女少女が先に切り出す。
「あ、その制服…。もしかして、姉さまのお友達ですか?それでしたら、中でお待ち頂けますか?」
「あ…えっと…。はい」
私は流されるままに、家へと招かれた。
…
夏那は部活を終えたら戻ってくると私に言い残し、再び他の部員の元へと戻っていき、私は一人、居間らしき場所に通され、畏まりながら正座している。
「どうぞ。粗茶ですが」
妹の友達は、お茶と和菓子を差し出す。
「あ…。お、お構いなく…」
「姉はまだ帰っていませんので、こちらでお待ち頂けますか?」
――まただ。
「…どうかしましたか?」
「いや…ちょっと疲れて眩暈がしただけ…。ところで君は雹果…さんの、妹?」
私は慣れない名前を口にして、一瞬口篭る。
「はい?そうですが?」
「あ…いや、なんとなく、雰囲気があまり似てない…というか」
私が言葉を漏らすと、《仮称・巫女リン》は笑みを浮かべる。
「フフ…それは、お互い様です。夏那さんとお姉さんも全然似ていらっしゃらないと思いますよ?」
「ははは…よく言われる」
私は誤魔化すように笑う。
「あの…不躾な質問で恐縮なのですが、姉とはどういったご関係なのですか?妹の私が言うのも何ですが、姉はあまり人付き合いが上手なほうではないので、あまり友達を家に連れて来たことがなかったもので…」
「そうだな…部活の…」
部活という単語を聞いた途端、巫女リンがとても小さな声で驚きの声を上げた。
「あの姉さまが…?」
「あ…いや。私が一方的に誘ってるだけで、今はまだ部員候補」
「そうでしたか…」
――部活に関して、何かあったのだろうか?
もしかすると、部活に入ることを拒んでいる理由があるのかもしれない。
だが、気になりはするが、今回ここに来た目的とは違う。
「あ…そうだ。ちょうど良い。リンちゃんに聞きたいことがある」
「なんでしょうか?」
巫女リンは首を小さく傾げる。
援交兎が不在という状況は、私にとっては逆に好都合な状況だった。
妹ともなれば重要な情報を知っている可能性が高い。
何より、私の知っている援交兎は口数も少なく、突っ込んだ話になるとすぐに逃げてしまうから、いつも大事なことが聞き出せずに会話が強制終了させられてしまう。
――ん…?待てよ…?
そんなことを考えていると、それがそっくりそのまま自分に当てはまっている事に私は気が付いた。
しかし、振り返ってみると納得することも多かった。
初対面だというのに、なぜか最初から違和感なく会話をすることが出来ていたし、同種の気配を感じ取っていたからこそ、彼女を部員候補にすることを迷わなかったのかもしれない。
だが、それと同時に自分がどれほど付き合い辛い人間だったのかを、ブーメランで知ることとなった。
「あの…?どうかしましたか?」
「あ、いや…。もしかして、雹果も巫女さん…なの?」
「はい。というより、正確には私の方が巫女ではないのです。こんな格好をしていますが売り子をするために着ているだけなので…」
「へぇ…。じゃあ、悪霊祓ったりとか、何か不思議な力を持ってたりは?」
巫女リンは一瞬沈黙した。
だが、すぐさま私の言葉を笑い飛ばす。
「ふふ…面白いことを仰いますね?おとぎ話じゃあるまいし、私たちにはそんな力はありませんよ」
――なるほど。そういうことか。
その答えはどうあれ、一つだけ確信を持つことが出来た。
「じゃあ、もう一つだけ質問させて。天草って人と、雹果の関係が知りたいんだけど」
その質問を聞いた途端、巫女リンの顔が一瞬で強張った。
「…それは…なぜですか?」
その言動や反応は、天草雪白と八代雹果の関係が、妹さえも知る周知の事実だということを示している。
「私の口からは…」
「天草雪白は、私の姉です」
その声は、私の背後から聞こえた。
私が振り返ると、援交兎が睨み付けるように私を見下ろしていた。
「お…お帰りなさい、姉さま。お帰りになられていたのですね?」
「…霖裏。ちょっと席を外して」
援交兎が抑揚のない声で呟くと、巫女リンは私に会釈だけしてそのまま退室した。
足音が遠退いたことを背中越しに確認したのか、援交兎は音もなく戸を閉めた。
「…こんなところにまで現われるとは思っていませんでした」
まるで、都会に現われた野生動物か、部屋の中に現われた虫を見るような嫌悪の視線が、私を貫く。
だが、私はそれを意に介さず、まっすぐ視線を返す。
「危険を冒してまで私のことを嗅ぎ回るなんて、一体どういうつもりですか…小学生さん」
「だから小学生じゃな…」
私はそこまで口走ったあと、あることに気が付く。
「そうか…悪い。自己紹介がまだだった。私は一年五組の花咲春希」
私は立ち上がり、右手を援交兎の前に差し出す。
だが、援交兎は一瞥した後に素通りし、私の向かいの座布団に腰を下ろした。
「私に用があるのでしょう?手早く済ませて頂けますか?」
右手で空を握り、私は再び座り込む。
「わかった…。じゃあ、まずはさっき言ってた天草が姉って…?」
「言葉そのままの意味です。正真正銘、天草雪白は私と血を分けた姉妹です。両親が離婚して、姉は父方、私は母方に引き取られました。妹は今の父の連れ子ですので、私と血の繋がりはありません」
「…そうか」
意図せずに踏み込んだことを聞いてしまう結果となり、ただでさえ重い空気をさらに重くしてしまったことを後悔する。
だが、それと引き換えに私の立てた仮説のうちの一つは、半信半疑の域を出た。
「そんなことを確かめるために、わざわざここに来たのですか?」
私は首を大きく横に振る。
「実を言うと、私はあることを確かめるためにここに来たんだけど、その用事はもう済んでる」
「ある…こと…?」
正直、ここに来るまでは半信半疑だったのだが、今はもう確信に変わっていた。
なにせ、今の私には全てが視えている。
「私のこと、ずっとつけてたでしょ?」
◇
◆5月2日 午後4時◆
私は生徒会室のドアをノックする。
「どうぞ」
扉を開けて中に入ると、私の姿を見るなり天草雪白が鋭い睨みを利かせてきた。
「貴方ですか…。何か用事でしょうか?」
見回しても、もう一人の生徒会役員は見当らなかった。
「宣戦布告。先に言っておこうと思って」
「何を…でしょう?」
「今夜、私はこの学校の七不思議を解き明かす」




