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魔法少女はそのままで。   作者: 片倉真人
メルティキス編
74/183

第14話 魔法少女は七不思議で。(4)

 ◆4月25日 午後6時21分◆

「ただいま」

「おかえりー。今日は遅かったねー…って!?わわ!?お姉ちゃんびしょ濡れ!?傘は!?」

 居間から顔を覗かせた妹は、私の酷い有様を一目見た途端に慌ただしく騒ぎ立てた。

「あー…帰ってくる途中でこの通り」

 私は、風が強かったわけでもないのにひん曲がってしまった傘を掲げる。

「と、とりあえずコレ!」

 妹は一旦顔を引っ込めると、すぐに戻ってきてタオルを空中に放り投げる。

 私はそれを上手にキャッチし、とりあえず頭を拭く。

「サンキュー」

「早く制服脱がないと風邪引いちゃうよ!あと、お湯沸いてるから、すぐ入った方が良いよ!?」

「ああ。助かる」

 私は妹に促されるまま、水滴の足跡を作りながら風呂場へと直行した。


 …


 脱いだ制服を妹に託したあと、びしょ濡れになった衣服を洗濯機に放り込み、浴室へと入る。

 蛇口を捻り、全身にシャワーを浴びはじめると、地面を転がったときに出来た膝のすり傷に痛みが走った。

「痛…っ!」

 水圧を緩めたシャワーで傷口を入念に洗い流した後、私は膝に注意しながらゆっくりと浴槽に腰を下ろす。

「あー…生き返るー…」

 雨で冷え切った体を解凍するかのように、私の体は適温のお湯によってゆっくりほぐされてゆく。

 ここに来て痛みを主張しはじめた真新しい傷口をまじまじと眺めたあと、私は顔にお湯を掛ける。


 ――やっぱり、元に戻ったんだ。


 自分で願ったのだから当然ではあるのだが、私自身、未だに魔法少女を卒業したという確かな実感を感じられないまま、ここ数週間を過ごしていた。

 それというのも、以前から変わったことといえば、負の感情が見えなくなったことと運動能力が少し低下したかなと思う程度で、それ以外は目立って変わったことはなかったからだ。

 だが、あの一件以来でこうして体感したのは、今回が初めてだった。

 今まであれば、もっと酷い怪我をしていても痛みには耐えられたし平気ではあった。

 しかし、この程度の傷で自然と音を上げてしまった自分を客観的に見て、認めざるを得なかった。


 脱衣所の扉を開ける音とともに、浴室の曇った扉の向こうにシルエットが現れた。

「お姉ちゃん。制服乾かすから、ポケットの中のもの全部出すねー?」

「ああ。ありがとう」

「お姉ちゃんラッキーだったねー?お母さん帰ってたら、たぶんすっごく怒られてたよー?」

 夏那の言うとおり、不幸中の幸いだった。

 始業式の日から日も浅いというのに、またしても汚してしまったので、「また制服汚して!」とクドクド叱られるだけでなく、それに(かこ)つけて風呂掃除や洗濯まで押し付けられるところだっただろう。

 まあそれに関しては、率先して家事をやりたがる妹に頼りきり、任せっきりにしている私も悪いのだと自覚はしている。

 だからこそ、妹には感謝の言葉を自然と言えるのかもしれない。

「…母さんは?」

「今日も仕事で遅くなるってー」

「そっか…」

 そこで私は母に感謝の意を伝えられていないことを、ふと思い出した。

 猫の里親を探す件や、芽衣への物資提供、私への戦術アドバイスなど、間接的にではあったが、かなり助けられたのは事実である。

 そして恐らく、そのことに関して私が感謝の意を示したとしても、本人はほぼ間違いなくすっとぼけて有耶無耶にしてしまうのだろう。

 ――何か良い手段は無いだろうか?

「…あ。丁度良い口実があるじゃないか」

 私は思い付いたナイスアイデアを心に留めながら、次に感謝の意を伝える方法を模索する。

「んんー…?」

 考えあぐねる私の思考と同調するかのように、聞き慣れない呻き声のようなものが聞こえ、私の頭に疑問符が浮かぶ。

 ――バン!

 次の瞬間、大きな音とともに浴室の扉が勢いよく開いた。

「お、お、お姉ちゃん!これ!これー!!」

「い、いきなり開けるなよ!ビックリするだろ!?」

 妹は息も荒々しく、呼吸も覚束ない様子で大声を上げる。

「だってだって一大事だよ!これ、恋愛成就のお守りだよね!?これは、もしやの、まさかの…!?」

「ばー…ばー…ぼー…べー…ばー…」

 私は湯に潜りながら「またそれかー」と、ツッコミを入れる。

「ぷはあー…ちーがーうーかーら。それは落し物。早合点しない」

 私がそういうと、妹はポカーンという言葉が合うような表情に変化した。

「へ…?な、な~んだぁ…残念」

 どうして、私の周りの人間はこういつも、私がそういうことに興味を示すことが気になるのだろうか。

 ここまで来ると、それほどまでに私は普通とは程遠い存在なのかもしれないという、言い知れぬ危機感を覚えてしまう。

「…あ!これって八代(やつしろ)神社の御守りだ。これの持ち主はなかなか(つう)だね!」

八代(やつしろ)神社…?」

「桜並木の通りにある、長い階段の神社だよ?お姉ちゃんも行った事あるでしょ?」

「あー…あの坂の途中にある神社か」

 お祭りや初詣なんかの催しは毎年行われており、私も何度か顔を出したことはある。

 だが、八代(やしろ)ではなく、八代(やつしろ)と読むことを、私はこのとき初めて知った。

「…というか(つう)ってどういうことだ?あそこって有名なのか?」

「実はあの神社は縁結びでかなり有名なんだってー。結構遠くからも人が来るみたい。あ。ちなみに、ここの神社の巫女さんが私のクラスに居て、その子から教わったんだけどねー」

「へぇ…」

 二次元の巫女さんならいざしらず、本物の巫女さんが実現していることすら嘘なのでは、と思ってしまうほど、私にとっては縁遠い世界の話である。

 そんなことを考えていると、私はそこに何か引っ掛かるものを感じた。

八代(やつしろ)…巫女…」

 私の中で、その単語が結び付いた。

「…まさか」





 ◆4月26日 午前8時◆

 私が玄関の扉を開くと、そこには摩訶不思議な光景が広がっていた。

「お…おはよう」

 ありのままを言葉で表現するなら、何やら武装した二人組が私の家の前でたむろしていた、というのが多分近い。

「おはよ」

「おはようございます。春希さん」

「…で、これは一体どういうことなのかを説明してもらおうか」

 大方の予想はついていたが、私はどうしてこんな事態になっているのかをテンプレどおりに聞くことにした。

「私たちが、春希さんをお護りしますの!」

「次にアイツが現われたら、絶対とっ捕まえてやるから!」

 雨は自前の竹刀を携え、芽衣はどこで調達したのか、“安全第一”と描かれた黄色いヘルメットを頭部に装着しており、その手にはテニスラケットがしっかり握られていた。

「あ…いや、そんなに心配しなくても大丈夫だから」

 私は二人をなだめるように言う。

「も…もしかしたら、お仲間を大勢連れて、報復ということも考えられますの!」

「どこの不良グループだよ…。たぶんそれはないし、あいつは暫く来ない」

 私は呆れ半分で言葉を漏らす。

「どうしてそう言いきれるんだよ…?まさかまた私たちに迷惑をかけたくないとか言うつもりか…?」

 雨は、少し悲しそうな目で私を見つめる。

 私は首を横に振り、大きくため息をつく。

「はぁ…自分の立場になって考えて…。昨日負けた相手に、次の日にもう一回挑むとか、めっちゃ三下っぽいだろ。あいつはプライド高そうだったから、絶対そんなことはしない」

「な、なるほど…」

「次にあいつが来るとしたら、準備をしっかり整えて、勝利の算段がついたあと。だから今日は来ない」

 赤狐面は、弓で遠距離攻撃を可能としながらも、近接戦闘は自動防御の盾で防ぎながら体術で応戦するという、オールレンジでの戦闘を可能としていた。

 つまり、あの戦闘スタイルは他者の援護を必要としない独立したスタイルであり、ソロプレイヤーのような考え方だった。

 さらには、私が一人になる状況を狙っていたことや、正体がバレないように着けていた仮面、確実に逃げられる退路を用意していたことも考えると、物事には慎重を期すタイプであると伺える。

 故に、準備が整っていない状態での報復は、相手の戦闘スタイルには当てはまらないし、ソロプレイヤーである以上、仲間を呼ばれる心配も少ないと考えられる。

 だが、私がそういう考えに至った理由はそれだけではない。

「そういうわけだから、とりあえずそれはうちに置いてって。すごく目立つし、恥ずい」

「わ、わかりましたの…」

 相手がなぜそう考えると思ったのかというと、それは私自身ならきっとそうすると思ったから。

 プライドが高いというのは、言い換えると曲げられない信念を持っているということ。

 慎重を期すということは、逆を言うと自信が無く、臆病だということ。

 つまり、プライドが高く、孤独で臆病というのは、少し前までの私そのものだった。

「じゃ、行こう」

 ただ、一つだけ言える事がある。

 準備が済み、私たちを攻略する算段さえ整ってしまえば、すぐにでも赤狐面は襲撃してくる。

 なぜなら、こちらにこれ以上動かれては困るからこそ、回りくどい手段をとらずに、わざわざ私の前に姿を現したのだ。

 それほどまでに、状況は切迫していたことになる。

 しかし、私たちもただ待っていれるだけでは、その先に訪れるのは敗北の未来だけ。

 相手方にもこちらにも猶予はない。

 そうなった場合、選択肢は一つしかない。

 ――先手必勝。こうなったら、先に動くしかない。


 



 ◆4月26日 午後1時◆

 昼食を平らげ、一息ついたあと私は話を切り出した。

「生徒会について知ってること?」

「ああ。知ってることなら何でも良いから」

「う~ん…生徒会か…」

 雨は座禅を組んで、一休さんのように考え始めた。

「私はまだ何も…。お役に立てなくて申し訳ありませんの…」

「それは仕方ない。気にするな」

 そう言って芽衣の頭を撫でる。

「…はひ!?」

 その瞬間、芽衣は視線を泳がせながら、緊張してピクリとも動かなくなってしまった。

 私は何が起きたのか判らないまま、慌てて手をどける。

「わ…悪い。妹にやる癖で…嫌だった?」

「あ、い…いえ!ちょ、ちょっと驚いただけですの!悪くも嫌でもありませんの!」

「あ。そういえば、一つだけ変な噂を聞いたことがある」

「どんな?」

「あの生徒会長、絶対に生徒会長席に座らないんだって」

「あ!それなら、私も知ってますの!オカルト研究会の方が似たようなことを仰ってましたの!」

 私は一瞬だけ眉唾かと思った。

 だが、芽衣が話に乗っかったことにより、その考えを少しだけ改める。

「…噂になるほどなのか、それは?」

 ――というか、そもそも座ってるところを私は何度も見てるぞ…?

 あの男が座っていないのを見たのは屋上くらいなもので、それ以外はいつもあの椅子に座っていた気がする。

「う~ん…じゃあ、生徒会長と書記以外の生徒会役員を見ないんだけど、他は誰なのか…とか?」

 生徒会といえば、会長、副会長、書記、会計の4人、もしくは庶務を加えた6人の構成が一般的だ。

 だが、この学校の生徒会役員は、私が知る限り、あの男と天草という書記くらいしか見たことがない。

「あ。それなら知ってる。二年前の事件のあとに、当時の生徒会メンバーが一人を除いて全員辞めちゃったらしい。それで去年、生徒会選挙が行われて生徒会が新しく出来上がったんだけど、新しく入った人たちも何故かみんな辞めてしまって、結局今は当時の生徒会メンバーである天草会長が一人で生徒会を回してる…ってあれ?書記って誰だ…?」

「ちょっと待った!」

 私はすかさず、逆転に定評のある某弁護士ばりの「待った!」を掛ける。

「天草()()?それに一人って…あの男は生徒会役員じゃないのか?」

「あの男…?まだ学年が変わって間もないから人も入らないだろうし、生徒会に誰か入ったなんて話も聞いてないなあ」

 普通に考えられるとすれば、生徒会の仕事で手の回らない黒髪書記改め、天草雪白が恋仲であるあの男を生徒会室に連れ込んで、生徒会の仕事を手伝わせている、というのが一番納得できる。

 だが、それだけでは説明できないことがあることを私は既に知っている。

 それでは一体、あの男は何者なのか。

「…」

 ――二年前の事件。

 ――七不思議。

 ――天草雪白と八代雹果。

「…やっと、謎が解けたかも」

 これらすべては、()()()()()()

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