第12話 魔法少女は終幕で。(1)
閃光が消え去ってから暫くした後、首がつりそうになるくらい目一杯に上方を見上げる4つの影は、一様に大口を開けながら呆けた表情を浮かべていた。
「……やりすぎた……かも?」
「……だね」
「おっきい……ですの……」
「ごめん。僕、ちょっと何が起こってるのか良くわからないんだけど……?」
空を覆ってしまうほどに枝葉を広げ、視線を落とせば伸びた根っこが力強く大地に根付き、普通の換算でいけば樹齢ウン百年では利かないほどのサイズだと思しき大木が、自己の存在をこれでもかと主張するようにどっしりと構えながら、私たちの前にそびえ立っていた。
それはさながら、アニメやゲームなどに出てくる、ファンタジー世界におけるド定番ランドマークであるところの世界樹のようだった。
「……そうだ……ノワは? どこに……?」
ノワの姿を完全に見失っていた私は大樹の根元辺りに当たりをつけ、その周辺を注視しはじめる。
程なくして根と根の隙間にある何かを確認した私は、地面に張り巡らされた木の根をスキップで飛び越えながら、目的の場所を目指して移動を開始する。
「皆はここでちょっと待ってて」
「あ、ちょ……っ!? 私も!!」
◇◇◇
目的の場所へと到着し、私は大樹の虚を覗き込むと、隙間から顔半分だけを覗かせている熊の顔面があった。
しかしながら、その全身は絡み合った根に覆われ、大樹に押し潰されたかのような無残な姿へと成り果てており、もはや1ミリたりとも動くことは叶わないといった様子に見て取れた。
「ノワ。おーい。聞こえてるー?」
接近できる限界まで近寄って声こそ掛けてみたものの、ノワから生存を主張する声を聞くことは出来ず、まともに会話することが難しいことを暗に語っていた。
「だよねー……。まあ、こうなることは判ってたんだけど……この状態じゃギブアップはしてもらえないし……。せめて意思疎通が出来さえすればいいんだけど……」
勝負に勝とうと負けようと、魔法を過剰に吸収したノワが結果的に動けなくなることは、私には判っていた――つまり、最悪でも引き分けにまでは持っていけるという算段だった。
しかしながら、ギブアップを言わせる前にノワが喋ることが出来なくなったのは完全な誤算であり、このままいくと積み重ねてきた努力も水泡に帰してしまうことになるため、私は立ち上がりながら何か意思疎通の術はないものかと考え込む。
「チー。ちょっと、こっちに来て」
突然袖を引っ張られて雨の存在に気が付いた私は、促されるまま雨に立ち位置を誘導された。
その行動を不思議に思っていると、雨は一際太い木の根に片手を当て、もう片方の手で私の手首を掴み、静かに目を閉じながら瞑想するように黙り込んだ。
「これでどう?」
「どうって……?」
『おや……? これは?』
「……なっ!?」
その直後、まるで耳元で誰かが喋ったような気がして驚いて振り返ったものの、そこには誰の姿も無かった。
『ビックリした。いきなり大きな声を出さないでくれよ』
「な……ナニ……コレ? 今のは……ノワの……声……?」
再び背後で喋られたような気がして振り向くも、もちろんそこには誰も居らず、私は未知の感覚に戸惑いを隠せなかった。
漫画やゲームによくある「あなたの心に直接話しかけています」的なことが普通にあるファンタジー世界だったり、人間が意識だけで会話できるようになった近未来であればすぐに受け入れられたかもしれないが、生憎と地球生まれの現代人である私にとってはその感覚に違和感しか覚えず、どうにも慣れそうにはなかったのだが、不思議なことには原因があり、大抵のことはその説明で片がつくことを知り得ていた私は、その答えへとすぐに辿り着いた。
「これってまさか……感覚を共有する魔法……?」
「さすが。どうやら、上手くいってるみたいだね」
恐らくは、感覚の共有を行う分身魔法を応用し、雨が二者の間に立つことによって仲介役となり、双方の意思を伝達可能にしているのだろうと推察出来た。
私には到底思いもよらない魔法の使い方であると同時に、それを実用レベルで行使するには相応の技術が必要なことはほぼ間違いなく、器用だからという一言で片付けるには些か言葉が足りなくも思えた私は「あーちゃんは異世界から転生してきたチートキャラなのでは?」という考えが頭にふと浮かんだ。
「はぁ……? 誰が異世界から転生したチートキャラだって……? 言っとくけど、今チーが考えてることは私にも筒抜けだからね!」
「……っ!? ま……マジか……」
文字通り心の声を見透かされているという信じ難い状況を目の当たりにし、私は驚きこそしたものの、不思議と先ほどのように動揺することもなく、むしろこの状況は面白いと感じていた。
「実は雨の正体は人の心を読む“さとり”という妖怪……いっそのことそう仮定してしまえば、チート設定についても色々と説明がつくかもしれない」などと私は頭の中で考えてみる。
「ひとを勝手に妖怪に仮定すんな!?」
「ほんとに筒抜けなのか……。すげー」
「チッ……まったく、今までの気苦労はなんだったんだか……。くだらないこと考えてないで、ちゃちゃっとお願い。これ結構疲れるし、あんまり長く持たなそうだから」
「らじゃ」
迂闊に下手なことを考えまいと心に決め、私はコクリと頷く。
「じゃあ、ノワ。約束だから、私の言うことを聞いてもらう」
『こんな状態の僕に、キミは何を求めるというんだい?』
ノワがそう思うのも当然ではあるが、私は“ある発言”を聞いてから一つの可能性を見出しており、それは私の知る限りではノワにしか出来ず、そしてこの状況を丸く収める唯一の方法であると私は考えていた。
「あなたの力で、私の“願い”を叶えて。さっき『今の僕には誰かの願いを叶えるほどの力は残されてはいない』って言ってたでしょ。それはつまり、あなたにその力さえ残されていれば願いを叶えることが出来る。今のあなたなら、私や雨の魔法をたっぷり吸収しているから、願いの一つや二つくらいは叶えられる。違う?」
『そのつもりで、さっきも僕に勝負を?』
「そう」
芽衣がポーションを残してくれていたことをきっかけに、私はその可能性に気が付き、そしてその瞬間からノワと戦うことをやめ、ポーションと聖水をノワにかけ、あとが無くなったノワに勝負を持ちかけた――その全てが、ノワに力を与え、私の願いを叶えさせることが目的だった。
無論、ノワに悟られないよう振舞う必要や、約束を取り付ける必要もあったため、リスクの付き纏う危険な賭けではあった。
しかし、私にはそこまでする理由があった。
『僕が自分の願いを叶えてしまうとか、キミとの約束を守らないとかは考えなかったの?』
「あなたは他人の願いを叶えることは出来ても、自分の願いは叶えることは出来ない。もし、そんなことが出来るなら、エゾヒを焚きつけて私たちのところに赴くように願いを誘導する必要なんてない。それに、あなたは約束を反故にするようなことは絶対にしない。それは断言できる」
自分の願いを自由に叶えられるなんてことが出来るのであれば、それは実質的に神に等しく、世の中の全てが思うがままになるのだろうが、世の中が上手くいかないように出来ているのは、妖精も人間も一緒のようだった。
「私はずっと考えていた。あなたの本当の目的が何なのかを。あーちゃんならともかく、私に復讐する機会なら幾らでもあったはず。それなのに、そうしなかった。もしも体を乗っ取ることが目的であるとすれば、結果的に失敗だったとは言え、あーちゃんの体を乗っ取った時点で目的は達成されたと勘違いしていたはず。それでもなお、あなたは私達の前で画策を続け、姿をくらませるようなことはしなかった。私達への復讐でも、私達魔法少女の体を奪うことが目的でもないなら、一体何のために私達の前に再び姿を現したのか……。最初は何のことなのか判らなかったけど、“キミ達を見届ける”って言葉の意味が判ったとき、あなたの目的やその答えも、私は最初から知っていたってことに気付いた」
単に私達のうちの誰かの体を乗っ取る目的であれば、私以外の二人を呼び出す必要は無く、わざわざ敵を増やすような指示してきたとなれば、そこには明確な理由が存在していたと考えられた。
「あなたは私の体を乗っ取るような行動を起こさなかった。それなのに、さっきは私の体を乗っ取るために精神を壊すと言った。スペックだったらあーちゃんのほうが上なんだから、私を黙らせたうえであーちゃんの体を乗っ取れば良いはずなのに。それどころか、倒れて動けなかった私を縛り上げたうえ、わざわざあーちゃんの目の前まで連れて行った。まるで、あーちゃんが無事なことを予め知っていて、わざわざあーちゃんを挑発するかのように」
魔法も使えないほぼ普通の人間である私と、魔法が使えて運動神経の良い雨の身体であれば、どちらが使えるかなんて比べるまでもないというのに、その言動や行動はそれまでのノワの行動と矛盾している――とすると、そうしなければいけない理由があるか、それがノワの目的に繋がっているものだと考えられることになる。
「あーちゃんが無事なことをあなたは知っていた。あーちゃんは何度何度も同じような危険に晒されていたけど、怪我はさほど酷くない。もし、これが偶然や幸運などではなく必然なのだとしたら、ノワがエゾヒを誘導してあーちゃんを攻撃するときにわざと外させたり、手加減させたりしていたことになる。エゾヒがあーちゃんを人質に取った時、わざわざ他の二人を呼ばせるようエゾヒの思考を誘導したのは、そうしないと目的が達成できなかったから。拘束されていたあーちゃんが体当たりで私を庇ったあの瞬間、エゾヒが見せた戸惑いの反応は、あなたがエゾヒの意志に無理矢理介入し、強引に行動を妨害したから。エゾヒの意志をコントロールすることは出来ても、認識まではコントロールできないし、あなたの本当の目的をエゾヒが知ることもなければ、自分の存在を隠しているから伝えることも出来ない。成長したあーちゃんの姿をリインと認識していないエゾヒには、あなたの誘導が効かず、危害を加えるような行動を許してしまった。ようするに、あなたにとっての一番の不安要素はエゾヒの行動だった。それでも、エゾヒに自分の存在を悟られるかもしれない危険を侵してまで行動に介入したのは、あーちゃんに倒れられては目的が達成できないから……そうでしょ?」
雨が攫われた時の違和感や、雨が私を庇った時、エゾヒは明らかな戸惑いを見せていたことを私は強く記憶していたのだが、エゾヒとノワの目的が違うのだとすれば、ノワがエゾヒの行動を阻害する理由になり、そしてそのタイミングには共通点があった。
「私をあーちゃんの前に連れて行ったのは、自分に敵意を向けさせるため。エゾヒの思考に干渉したのは、あーちゃんに危害を加えさせないため。あなたの行動の中心には、必ずあーちゃんが居た」
雨は目を閉じたまま私の言葉に耳を澄ませていたものの、私は雨の手が震えているのを感じとり、その手を強く握り返す。
「ノワ。あなたの目的は、昔から何一つ変わっていない。あなたは“流れ星の妖精ノワ”で、生物としての本能とは別に、私達魔法少女と同じように“使命”を持っている。だから、あなたが私達の前に再び現れた理由は一つしかない」
『それは……』
「ちょっと待った! そ、そんなことない……でしょ!? 願いは叶ってるし!? 私は強くなった……。悪いヤツも倒して……」
沈黙を貫いていた雨が、堪えかねてといった様子で待ったをかけるも、私はここまで来たら問答無用とばかりに話を次へ次へと進めてゆく。
「今のあーちゃんは強い。だけど、あの頃のあーちゃんは自分の強さに満足していた? なんで戦いが終わったあとも新しい魔法を創ったり、戦闘技術を磨いたりしているの? それは、あの頃の自分の強さに満足していなかったから。違う?」
“強くなること”に対して並々ならぬ努力をしていたことは以前から知っていたし、そのためにあえて剣道を辞めたことも私は知っていた。
しかしながら、その熱量に反して、あの頃のシャイニー・リインとしての雨の役割は支援ばかりであり、自らに与えられた役割に不満を抱えていたことは想像に容易かった。
そして、そこに追い討ちをかけるように、魔法少女としての戦いは幕を下ろし、努力の結果は披露する機会を得られぬまま現在に至っていた。
「さっき自分で言ってたよ。『五年前は隣に立つことが出来なかった』って。それはつまり、最後の戦いに未練があって、それを後悔していることになる。だから、あの時の自分の強さにあーちゃんは納得していない。ノワは最初からそのことを全部知っていたんだ。この物語が始まったきっかけはあーちゃんであり、その物語を終わらせることが出来るのもあーちゃんにしか出来ないってことを」
反論することもなく無言でうなだれる雨は、私がこれから語らんとしていることを感覚共有で悟ったのか、鋭い眼光をノワに向け、ジッと見つめはじめた。
「ノワの本当の目的……それは、ツキノワとしての最後を迎え、あーちゃんの願いを叶えること。そのためだけに、再び私達の前に姿を現した」




