第11話 魔法少女はそのままで。(1)
◆4月7日 午後5時47分◆
刀と爪がぶつかり合う音が、まるでリズムを刻むように鳴り響く中、思わずといった様子で雨が声を上げる。
「しま……っ!?」
『どうしたの? さっきから、僕の攻撃を捌ききれていないようだけど?』
刀身がノワの左腕に触れた途端、瞬く間に水刃は雨粒へと帰化し、空気中へと霧散する。
雨はすぐさま手のひらを地面へと向け、その手に新しい刀を形成する――そんなことを繰り返しながら、二者の熾烈な攻防は平行線を辿っていた。
「ちょっと手元が狂っただけだから!! そっちこそ、攻撃が生ぬるいんじゃない?」
『強がりはやめなよ。もう後がないのはわかってるんだ』
「う、うっさいわね! いいから来いって言ってんの!」
『後悔しないでよ?』
囁くようにノワが言葉を漏らすと、その左腕は天高く振り上げられ、腕先から伸びた枝はロープのように何メートルも伸びながら扇状に広がり、雨の姿を影で覆った。
「へっ……マジ?」
まるで巨大な熊手のようなそれは、勢いよく真下に振り下ろされ、雨はすかさず真横へと走り出す。
それだけでは避けられないことを悟ったのか、その場で刀を放り投げて頭から飛び込み、地面を前転しながら、何とかギリギリのところで枝の直撃を免れた。
「……あっぶなぁー!!」
『寝てる暇はないよ』
放り投げられた刀が、生き物のように蠢く枝に絡めとられて雨粒になったのも束の間に、ノワの巨体が空中へと跳躍し、それを視認した雨は両足を振り上げながら重心を下半身へと移し、両腕をバネにしながら力一杯にその場を飛び退る。
直後、地面は大きく揺れ、ノワの拳が地面に巨大な亀裂を生み出した。
「ムラクモ!」
空中で身を捩りながら、出現した刀を大地に突き刺し、雨はそれをブレーキ代わりにしながら無事に着地を果たす。
「はぁ……はぁ……」
火山が噴火した直後の如く、破砕した石片が辺りに降りしきる中、雨は再び刀を構える。
だが、その表情には、疲れの色が着実に滲み出ていた。
『さすがのキミも、疲労は隠せないみたいだね』
「……ほっといて」
まるで西部劇の決闘か剣豪の一騎打ちのように、雨はノワの左側面に向かってゆっくりと間合いを開けるように足を運び、ノワもまたそれを視線で追うようにしながら、次に繰り出されるだろう一手に注意を払っていた。
双方に張り詰めた緊張感が漂う中、その空気は異音によって打ち破られた。
――バリィン!!
突如としてガラスの砕けた音が鳴り響き、音の発生源に視線が集まる。
その音の発生源には、雨とノワの立ち合いを遠巻きに観戦する二人の人影――その足元に、小瓶の欠片が散乱していた。
『……なにを?』
ノワがそれを視認した刹那、その巨体は何かを悟ったように仰け反り、一歩後退する。
――ヒュン!!
するとその直後、雨粒の弾丸が熊の鼻頭をかすめながら過ぎ去っていった。
『危ない危ない。こんな子供騙しに、僕が油断でもするとでも思っていたの?』
「よく言うわ。油断したくせに」
刀を構えて言い放った雨の顔には、先ほどまでの疲れの色は無く、沈黙が再来するとともに、より一層緊張感が増した空気が周囲を包み込んでいた。
『どうしたの? そっちからこないの?』
「こっちにも事情があんのよ」
『事情……。そういえば、その刀は地面が乾くと出せなくなるとキミは言っていたね? もしかして、それが事情?』
「チッ……。盗み聞きなんて、悪趣味。まあ、子供心を弄んで喜んでるような奴に、今さら悪趣味もないか」
雨は冷たい表情のまま、悪態をつく。
『そろそろ地面が乾いてきたみたいだし、もう一本の刀を出していないのはそれが理由でしょ?』
「さっきから、いちいち五月蝿いわね。敵の心配してる暇があったら、とっとと攻撃してきなさいよ」
『やっぱり、キミは何か隠しているね。僕に攻撃をさせたい理由があるんでしょ? それじゃあ、キミの望み通りにしてあげよう。僕の使命は願いを叶えることだからね』
「……っ!? しま――」
ノワは雨との距離を一気に詰めると、その左腕だけが意思を持ったかのように動き、雨の側面目掛けて薙ぎ払うように振り抜かれる。
その攻撃が直撃したと思われた次の瞬間、雨の形を成していたそれは、文字通り露となって消えた。
『これは……幻影……? それじゃ、本体は……?』
「ここ。もうちょい持つと思ってたんだけどな~。やっぱ、私には向いてないのかな?」
近くの茂みから雨が姿を現し、ノワは不思議そうに首を傾げた。
『雨も降っていないのに、どうして幻影魔法を……?』
「雨が降っていなくても、条件さえ整っていれば幻影魔法は使える。ミラージュ・レインは霧を操る魔法だから、それなりの量の雨粒が大気中にあればこのとおり。アンタが律儀に私の刀を消してくれていたおかげで、使うことが出来るようになったってワケ。ご苦労さん」
『僕の攻撃を受けていたのはわざとだった、というわけか。でも、どうやって入れ替わったんだい? 幻影魔法を使う隙なんて与えてはいないはずだけど?』
「アンタ、意外と間抜けだねー。隙があったでしょ? アンタ自身に」
『あの音、か……。僕の注意を惹きつけて、隙を突くのが本当の目的ではなく、分身と入れ替わるための陽動……。それならどうして、キミはこうして僕の前に姿を見せたんだい? もっと確実なタイミングで不意打ちを狙えば、僕に致命傷を与えられたかもしれないのに? なぜ?』
「そ・れ・は……♪」
「その言葉を待ってました」とばかりに不敵な笑みを浮かべながら、雨はゆっくりと指先を真上に向け、追従するように顔を上げたノワも、ようやくそれの存在に気が付く。
『……っ!? あれは……っ!?』
「ちゅうわけで、頭冷やしな」
指先が指し示した先には、直径3、4メートルほどの巨大な水球が宙を漂っており、雨が腕を振り下ろすと、その水球は落下を開始する。
水球がノワの背に伸びる木に触れた瞬間、水風船が破裂したように弾け、当然ながらノワはその雨水の濁流を全身で浴びることになった。
『驚いた……。けど、こんなことで、僕が怯むとでも思ったのかい?』
「まさか。これは下ごしらえ。ミラージュ・レイン!」
雨が腕を横に振ると、その姿は幼い日のシャイニー・リインの姿へと一瞬で変化し、それと同時に数十という数の分身が出現し、それらはノワの回りを取り囲むように配された。
『これは、分身? 無意味だ。この魔法に攻撃性能がないことくらい、僕は知っている。なぜ、こんなことをするんだい?』
「無意味かどうかは、やってみなくちゃわからない」
その言葉を皮切りにリインの分身は散開し、戦場を駆け回りはじめる。
しかし、ノワはまったく動じた様子も無く、流れ作業のように両手両足を器用に使いながら、一体ずつリインの幻影に攻撃を当てて消してゆく。
そんなことを暫く繰り返しているうちに、ノワは何かに気付き、動きを止めて周囲を見回した。
『数が減らない……。つまり、これは時間稼ぎ……。この体が限界を迎えるまで粘る気かな? キミの考えはよくわかった。正々堂々と戦う気はないんだね?』
問いに答えが無いことを了承と受け取ったのか、ノワは左腕の枝を地面に突き立てた。
『それなら、まとめて消すまで! これなら逃げ場は無いよ?』
突如として地面から出現した槍のような枝が一帯を埋め尽くし、それらによって幻影は残らず消え、周囲には人影一つ残らなかった。
それを不思議に思ってか、 ノワはキョロキョロと周囲を見回す。
『本体は……? どこに消えた……?』
「アンタにしては良いアイデア。でも、やっぱその体を使いこなすのは無理みたいね。エゾヒだったら、とっくに私達の動きに気付いていたはず」
ノワはその声の主を探し、ようやく声の主を視認する。
芽衣の隣には小さな人影があり、そのさらに隣に声の主である雨が立っていた。
『何を……?』
「ぷ……はははは! やっぱし、エゾヒの耳と鼻があっても気付かないかー……。 ほいっ!」
急に腹を抱えて笑い出した雨は、隣に立つ小さな人物の頭に手を置くと、その手で頭部を鷲掴みにし、それをもぎ取るようにしながら高々と掲げた。
「ああっ!? 僕の尊厳がーっ!?」
『あれは……レムじゃない……?』
「まだ判らないの? 自分の背中でも見てみたら?」
雨にそう言われてようやく気付いたのか、ノワは可動域限界まで首を捻るようにしながら、自分の背を確認し、ようやく驚きの声を上げた。
『……っ!? いつの間に……!? これは……リインの分身? いや……違う。どうして、キミがそこに居る……!?』
ノワの背には、青い衣装を纏った人影――つまり、私が立っていた。
高みの見物を終えた私は、ウィッグを取り去り、夕日をバックにしながらドヤ顔を浮かべる。
「やっほー」
『レム……!』
◇◇◇
◆4月7日 午後5時39分◆
「ノワの背中に飛び乗る必要がある。だから、それを援護して欲しい」
芽衣は私から聞いた言葉を復唱するように、そのままインカムを通して雨に伝える。
「刀をあの左腕に吸い取らせれば、雨水が空気中に拡散して、少しくらいなら幻影魔法が使えるようになる。だから、ノワが攻撃をしてくるように上手く挑発しながら、コッチの出す合図を待って」
ノワは大人ぶった振る舞いをしているように見えるが、思考回路は子供レベルであり、こちらが挑発をすれば、それに乗ってくることはまず間違いなかった。
しかしながら、負けず劣らず馬鹿正直な雨が、相手を挑発するような行為を上手にこなせるかどうかまではわからず、それを本人に直接言うと逆に躍起になってボロを出すだろうことも容易に想像出来たため、私は余計なことは語らず、自然体の雨を信じることにした。
「芽衣がノワの注意を惹きつける。それが作戦開始の合図。ノワの注意がそっちにそれたら幻影魔法を使って、分身と入れ替わってすぐに離脱。分身は極力接近を避け、回避をさせながら時間稼ぎをさせて。その間にあーちゃんは身を隠しながら、ノワの頭上に雨粒の水球を作るのに専念する。あとは、十分な大きさの水球が出来上がったら、避けられないように注意をそらしながらノワに落とす。雨水が十分に散れば幻影魔法は使い放題になる。そうなったら、リインの姿をした分身をたくさん作って撹乱。あとは、私がその分身たちに混ざってノワに接近する。わかったら、もう一度頷いて」
エゾヒとの剣戟を行っていた雨は、少し間を置いてから小さく頷いた。
(今回の作戦は、ほとんどあーちゃん頼りになる。あーちゃんとの連携は必要不可欠だし、あーちゃんが倒れたら全てが終わり。魔法の使えない私が役に立たない以上、あーちゃんを勝利に導く手助けをするしかない)
「ノワと距離がとれている状態なら、芽衣とはインカムで連絡がとれるようになる。わからないことがあったら、芽衣から聞いて。オッケー?」
雨が再び頷いたのを確認すると、私は次の作業に移る。
「さてと。それじゃ、次は……欠けてるピースを集めるとするか」
………
「はぁ……はぁ……ああっ! 居たー!!」
二分ほど前、芽衣のインカムによって緊急召集されたハーマイオニーは、息を切らせながら私たちの前に現れた。
「疲れた~……はい、頼まれたモノ~……」
「ご苦労」
私がこの場に持参した聖水は全部で十三個あり、霧吹きで三つ、ナツヅタトラップで四つ、闇の輪を解除するのに三つをそれぞれ使用したため、ポーチにある未使用分と合わせると、残り三つになっていた。
ハーマイオニーの持ってきた二つの聖水をポーチにしまい、数本の空き瓶を芽衣に手渡す。
「夏那はどうしてる?」
「随分疲れが出てたみたいだけど、今は木陰で休んでるから大丈夫だと思う」
「そう。良かった」
(たぶんポーションの副作用だろうけど、あれだけ無茶すれば仕方ない。その分夏那が残した功績は大きいから、あとでたっぷり誉めてやるとしよう)
「え……? えええ……っ!? あ、あれってまさか五月さん!?」
ハーマイオニーは雨とノワの攻防を視界に捉えると、身を乗り出して驚愕の声を上げる。
騒ぎ立てるかと思って慌てて制止しようと思ったものの、意外にもすぐに押し黙ると、そのやりとりをただただ観戦するにとどまっていた。
「うはぁ~……! やっぱり、五月さんすごい……!」
達人のような二刀流の剣さばきや、サーカス団員顔負けの身のこなしが常人の立ち回りでないことくらいは、誰が見ても推し測ることができるだろうものの、ハーマイオニーが発したその言葉からは“驚き”とは少し違ったニュアンスが感じられ、その瞳はまるで舞台の上の役者を見るような羨望の眼差しで満ちていた。
その様子を間近で見た私は、ハーマイオニーが雨に抱いている感情が“好き”と言う感情ではないことに気が付くことになった。
「ハーマイオニー……? もしかして……あーちゃんのこと……尊敬してるの?」
「も、もちろんだよ! 五月さんは僕のヒーローだから!!」
「ヒロインじゃなく、ヒーローか……。なるほどね……」
雨のように背が高くて、スタイルが良く、頼り甲斐のある姉貴肌に惹かれるのは理解できるし、私と同じような背格好の人間であれば、コンプレックスも相まって憧れが強くなってしまうのも頷けるのだが、ハーマイオニーが雨に抱いている感情はそれとはまったく異なり、想像するに、通りすがりの雨がハーマイオニーを助け、それ以降、ハーマイオニーが雨に懐いたとかそんなところだろうと察しがついた。
また、今までのハーマイオニーの言動や行動は、英雄視された雨に感化された行動だったのだと理解すると同時に、心のどこかで色恋沙汰を勘ぐってしまった自分が恥ずかしくもなった。
「熱心にヒーローショー観てるところ悪いんだけど、時間無いからさっさとそれ脱いでくれない?」
「はい……。って、ええっ!? な、何を言って……?」
「だから、服を脱げって言ってるの」
「ぼ、僕に何する気ですかぁ!?!?」
到着したばかりのハーマイオニーにそう告げると、ハーマイオニーは少々混乱しながら胸元を隠すような仕草をし、背を向けながら上目遣いを私に向けた。
その洗練された“女の子”の反応に、なかなか板についてきたではないかと私は感心して頷く。
「勝手に勘違いしない。それが必要なの」
「こ、コレ? この衣装?」
聖水も必要ではあったものの、これから行う作戦において、ハーマイオニーが身に纏っている衣装は必要不可欠なものだったため、わざわざこうして呼び出した次第だった。
「脱いだら僕、裸になっちゃいますよ……? それに人前で脱ぐの、恥ずかしいんですけど……?」
「時間が無い。どうせ私も脱ぐし、代わりにそれを着て」
「へっ……?」
「……ん? なに? 変な顔して?」
場が凍りついたような空気を感じ、私は自分の言葉を反芻する。
条件反射的にハーマイオニーは男だから脱がせても問題ないだろうと考えていたものの、冷静になってみれば、衣服を脱いで交換するとなれば、年頃の男女がともに裸体を晒すことになるため、私がこれからしようとしていることは、物凄く恥ずかしくてイケナイコトであり、男だからこそ問題があるのでは、という結論に行き着く。
その途端に無性に恥ずかしくなった私は、腕で顔を隠しながら目を逸らした。
「は、春希さんが脱ぐ!? こ、こここ、ここでですの!?」
「だ、だって、仕方ないでしょ!? あーちゃんは今も戦ってるし、移動してる時間も惜しい! み、見られなければ大丈夫! そう、問題ない!! あんたはそっち向いて! 絶対こっち見るなよ! 見たら百回コロス!」
「わ、わかってるよ! そっちこそ、こっち見ないでよ!?」
「誰が見るか!」
ハーマイオニーが恥じらいながらいそいそと背を向け、私もまた背を向けると、二人は背を向け合うような形になった。
そしていざ、服を脱ごうとジッパーを下ろしはじめたとき、横から向けられた視線が私の目に留まった。
「何じっくり観察してるの? 芽衣?」
「え? あ、あの……それは、その~……お手伝いしましょうか?」
「いい。芽衣も見ちゃダメ。あっち向いてて」
「ええ~!? わ、私もですの!? 女の子同士ですのに……」
女の子同士だろうがなんだろうが、こっそり写真を撮って待ち受けとかにされた挙句、毎日眺めてはニヤニヤするなんてことをやりかねない元ストーカーの前で生着替えを披露するのは、私的に完全NGだったため、私は断固としてそれを譲らず、芽衣が渋々ながらに背を向けたことを確認し、私は手際良く衣装を脱ぎはじめる。
「ふう……なんとか、上手くいった」
自分が脱いだ衣装を広げて眺めてみると、胸から腹部までを覆っていた布は見る影もなくズタボロに引き裂かれ、非常に風通しが良い状態になっていた。
生まれてこの方ノーブラを貫いてきた私にとって、その状態を放置しておくことは極めて危険であり、腕の角度や自然な素振りで何とか誤魔化すにも限界があったため、自らの痴態を晒さないためにも、衣装を変えることは緊急かつ必要不可欠なミッションだった。
(アニメだったら謎の光とかアングルで上手く誤魔化してくれるけど、現実じゃ補正はかからないし、自分がそんな状況に陥るなんて考えもしなかった……。どうしても、気になってまともに動けないし、丸出しになりながら戦うとか普通に無理でしょ……)
奇しくもながら、私は今回の体験を経たことで一大決心をすることになった。
「とりあえず、ブラ買おう……」
「……え? なんか言った?」
「う、うるさい! なんでもない! こっち見んな!」
「ほら。脱いだよ。これ」
背中越しにそれを受け取った私は、自分の脱いだ衣装を代わりに手渡し、あたふたしながらも受け取った衣装に着替える。
そして、久方ぶりに胸元が包み込まれるその感触に、布があるという有難味を実感した。
「うわぁ!? 何これ!? ズタボロじゃないか!? 胸のところなんかスースーして――あいたぁ!?」
ハーマイオニーの被っていたウィッグを強引にもぎ取り、自分の被っていたウィッグを替わりに乗せつつ、デリカシーに欠けた破廉恥なその脳天に天罰を与えた。
「いちいち言わんでいい! それと、絶対ニオイとか嗅ぐなよ! 絶対に!!」
「それ嗅ぐやつだけど、嗅がないよ!? 君は僕をなんだと思ってるんだ!」
「私は嗅いでみたい……ですの……」
「芽衣……今、何か言った?」
「と、特別なことは何も言っていませんの!」
芽衣のトンデモ発言が聞き間違いであることを信じ込もうとしている矢先、地面が激しく揺れ、私達三人はその異変を否応無しに察知することになる。
「うわぁっ!? な、なになに!?」
「み、見てくださいの! 雨さんが!?」
「あーちゃん!?」
雨は地面に倒れ込み、その直上にノワの巨体が迫っていた。
私が心配している間もなく、雨は信じられない反応速度で飛び起きたかと思うと、地面スレスレを滑空しながら退避し、その直後、先程よりも大きな揺れが私たち三人を襲う。
「すごい振動……!? こ、これも演出……!?」
雨が無事であることを確認して私は胸を撫で下ろしたものの、二人の一触即発の空気に変化は無く、しかしながら雨のほうには明らかな疲れが見てとれ、残された猶予がないことを私は俄かに悟った。
「マズい……時間が無い。すぐに作戦をはじめよう。芽衣。私が合図したら手筈通りに」
「任せて下さいですの」
私が渡しておいた複数の小瓶を強く握り締めると、芽衣はいつもどおりの様子で小さく頷く。
「ハーマイオニーちゃんは芽衣と一緒に並んで立ってて。それだけでいいから」
「え、ええ!? なに!? 僕も!?」
高校生を相手に、そんなことを言うのは馬鹿馬鹿しいかもしれないと思いつつも、ハーマイオニーにはこれが一番効果があるだろうと思った私は、恥ずかしげもなくそれを伝える。
「もしなんかあったら、芽衣を助けてあげて。ヒーローになりたいんでしょ?」
「ヒーロー……。うん……僕もあんな風になれるように頑張ってみるよ! ……って、あれ? でも、これって映画撮影なんだよね……?」
果たして、映画撮影という建前はどこまで隠し通せるものなのかとか、この戦いが終わったあとに魔法のことをどうやって誤魔化すかとか、積もり積もった悩みの種はあとで考えることにしようと、私は考えることを放棄し、目の前のことに向かう。
「それじゃあ、私は隠れるから。芽衣、あとはお願い」
芽衣は大きく頷くと、両手に一杯に持った小瓶を、思いっきり地面へ投げつけた。




