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魔法少女はそのままで。   作者: 片倉真人
レイン・オア・シャイン編
32/183

第7話 魔法少女は一緒で。(1)

 ◆4月7日 午後4時17分◆


 相手に気配を勘付かれてもそうおかしくない距離になるだろうと、白煙からおよそ10メートルといったところで私はピタリと足を止め、白い外壁を目印に周囲を歩きながら、足早ながらもじっくりと観察してゆく。

 ざっと見たところ、白煙の大きさは半径10メートルほどのドームのように拡散し、無風の空間に隔離されているためか、霧散してゆく速度もそれほど早くはなさそうだった。


(この分だと、ギリギリ5分くらいは持つか……? とはいえ、時間が限られていることに違いはないし、少し急がないと……。それにしても、一体どんなものを用意すればこんな状態になるんだ……?)


 軽い殺傷能力を持ちながら、これほどの広範囲をカバーする煙幕はそれほど多くはないだろうし、それこそ暴動鎮圧用に部隊で用いられているようなものでないと、これほどの広範囲はカバーできず、仮に複数個使ったのだとしても、そんな物騒なものはネット通販でワンクリック、即日お届けなどというわけにはいかないため、そう易々と手に入るものではない――しかしながら、芽衣はたった一日でそれを調達してきたのだから、必然的に入手ルートに関しても疑問が湧く。


(貰ったっていってたのも気になるけど……。まあ、今は考えても仕方ない……か)


 雑念を捨て、目の前のことだけに集中することを心に決めた私は、歩幅を広げた。


 ………


 昨夜の母との会話の中で、私は二つのことを学んだ――それは“()()()()()()()()()()()()()()()()()”ということと“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”ということだった。


 弱点を突くことは、ことスポーツにおいては非道だのスポーツマンシップに反するだのと揶揄(やゆ)されることもあるが、こと戦闘においては決して卑怯な行為ではない正攻法であるし、相手を倒すために弱点属性や弱点部位を狙って攻撃するのは、弱者が強者に勝つための常套手段であると同時に、ゲームにおいては必修の攻略法でもある――つまり、()()()()()()()()()(れっき)とした戦術と呼べるものである。


 そして、超人的なスペックを持つエゾヒも例に漏れず、幾つかの弱点を有していた――その内の一つは、()()()()()()と、()()()()ことだった。

 大抵の場合、耳が良いとか鼻が利くという特徴は、良い方向に働くことが多いのものの、“過ぎたるは猶及ばざるが如し”ということわざがあるように、どんなことにも適度が存在しており、必ずしも優れているということが強いというわけではないということを、私は母との会話で学習した。

 ようするに、エゾヒは耳が良くて鼻が利くが故に、別の弊害をもたらしている――その内の一つが、()()()()()()()()()()()()だった。

 耳が良いということは、小さな音さえも全て拾ってしまうということであり、近くの音は五月蝿く聞こえる筈なのだが、雨がエゾヒの近くで騒ぎ立てた時、さも聞こえていないかのようにエゾヒが話を続けていたことからも、そういった兆候はみられていない。

 恐らくその理由は、単純に聞こえていない――正確には、必要な情報は音、必要でない情報は雑音として脳が判断し、()()()()()()()()()()()()()()()()()という可能性が高く、同様の理由で“関係のない人間”である雨の声が無意識に“雑音”として処理され、木の葉が擦れる音と同程度くらいにしか聞こえていなかったのだと考えられた。

 無論、ただ無視されただけという可能性もあったが、私の目にも似たようなことが起こっていたことに私は気付いていた。

 ネガミ・エールが常時発動していることに気付いたばかり頃、道端には無数の黒い胞子が飛び交い、空は灰色に淀み、まるでゲームに出てくる闇の世界にいるように禍々しかったことを幼心によく覚えていたが、今となっては目を凝らせば視える程度まで気にはならなくなっている――これは私の脳が環境に順応した結果であり、この仮説を裏付ける根拠になり得た。


 そして、もう一つあるエゾヒの弱点――それは“視覚”だった。

 耳と鼻の感覚が優れているエゾヒはそれらの感覚に頼りがちになり、()()()()()()()()()()()()()()()

 それは、雨がシャイニー・リインであることに気が付かなかったことや、私が用意した二人の代役が見破られることはなかったことからも、ほぼ間違いはなかった。


 これらエゾヒの弱点から導き出された、エゾヒ攻略の重要アイテム――それが煙幕だった。

 煙幕には白煙で視界を封じる効果があると同時に、特有の異臭も発生するため、視覚と嗅覚を同時に封じることが出来、エゾヒに対して絶大な効果が見込めると私は考えていた。

 しかしながら、エゾヒの鋭敏な嗅覚によって煙幕を所持していることがバレてしまい、不意を突くことが失敗してしまうという懸念も同時にあった。

 そこで私は、予め登場シーンで盛大な爆発を起こしておき、火薬の匂いをカモフラージュすることでカバー出来るのではないかと思いついた。


(エゾヒは嗅覚と視覚を煙幕によって封じられた状態――つまり、()の情報に頼らざるを得なくなっているはず。でも、今のままじゃ、私自身も煙幕の中では相手の姿は目視できないし、自由には動けない……そこでコレの出番)


 掛けていた眼鏡を外し、ポケットにしまって白煙を確認すると、黒い胞子を噴出(ふきだ)している存在が確認でき、私は拳を強く握って身を引き締める。


(エゾヒは耳で私を感知することが出来るけど、私だって()()()でエゾヒを捉えることが出来る。これで条件は対等(イーブン)……。圧倒的不利から、多少不利くらいには戦力差を縮められているはず)


 そう自分に言い聞かせるものの、エゾヒの視覚と嗅覚を封じたところで、この戦いに勝利できる可能性は高く見積もっても五分五分程度にしかならず、煙幕やポーションの時間制限を鑑みればこちらが不利であることに変わりはなかった。


(たとえ不利でも、私はここで負けるわけにはいかない。可能性なら、まだ残されている……だから……)


 魔法少女服に身を包んだ人間がガスマスクをするなど、滑稽としか言い表しようがなかったが、こればっかりは致し方ないと諦めてガスマスクを装着し、私は意を決して白煙の中へと足を踏み入れた。


 ………


()()()けど、距離感は掴みづらい。でも、確実に近づいている)


 白く染まった世界の中を、私は無言で突き進む。


(静か……だな)


 インカムの電源は切っているため、誰からも声を掛けられることはなく、白い景色で無音の静寂の中に私一人きりという状況に、まるで雪山に一人取り残されているような錯覚さえ覚え、私は自分が孤立していることを否応なく実感することになった。


(なんだか、こんなに静かなのも久々かもしれない)


 先ほどまでの喧騒が嘘のように思え、私は感慨に耽るように、先ほどのやりとりを思い返す。


(さっきのはちょっと強引だったかな……。勘付かれてなければいいけど)


 私が三人に対して『信頼できない』と言い放ったあのとき、私は紛れもなく()()だった。

 最優先事項である雨の救出が完遂出来た以上、ここから先は魔法少女の問題であり、あの三人を巻き込む理由はない――というよりも、そもそも巻き込んでしまっている現状こそが間違いであると言えた。

 元・魔法少女である私としては、関係者である雨よりも一般人である三人の身の安全が第一であり、勝手に動かれて余計な犠牲者を出すくらいなら、自分が嫌われてでもこの戦いから遠ざけるほうがマシであり、私に隠れて勝手な行動をしたという事実は口実として好都合だったため、怒ったフリをして利用させてもらうことにした。


(でも、芽衣は私の身を第一に考えてくれていたからこそ……なんだよな……)


 恐らく昨夜、私が口を滑らせて一人で戦うことを芽衣に匂わせてしまったことが原因だということは判っていたし、芽衣が考えた末、私のために動いてくれていたことに関しては純粋に嬉しいとさえ思っていた。

 しかしながら、知り合ってから短い期間とはいえ、私のことを理解し、信頼できる相手だと思っていた人間に隠し事をされていたことは、私にとっては少なからずショックで、嬉しさ半分、悲しさ半分といった気分だった。


(……っ!? 空気が変わった……!)


 私の直感が異変を察し、相手にこちらの存在を悟られたことを悟って、すかさず足を止めて身構える。


『来たか。シャイニー・レム』

(信じ難いけど、本当に異常だな……)


 ここに至るまでに言葉を発することはなく、足音さえ立てないよう慎重に歩いていたにも関わらず、向こうから私の気配に気付いただけでなく、私の足音の特徴や呼吸音、布擦れの音というわずかな音だけで、私をシャイニー・レムだと認識したということになり、私はその事実に驚きを禁じ得なかった。

 距離感は正確に掴みきれていないものの、禍々しいほどの赤黒い胞子を放出している巨大な影が、数メートルほど先に控えている様子を視界に捉え、ボス戦前の緊張感に似た感覚が私を襲っていた。


『このような小細工をしたところで、我には効かぬぞ?』

「どうだろう。効いてるか効いてないかなんて、()()()()()()()()()()


 エゾヒから放出されている負の感情からは、怒り以外にも不安が入り混じっており、その言葉が嘘であり、私が思っているよりも煙幕に効果があったことは見るからに窺えた。


『ふ……はははっ! 良い! 良いぞ! シャイニー・レム! お前はいつも私を楽しませてくれる!!』

「そりゃ……どうも」


 一体何がツボに刺さったのかは定かではないものの、私には相手を楽しませるつもりなどまったくなかったため、変熊というものは良くわからないなと、心の中で私は首を傾げた。


『今度は本気で行かせてもらうぞ!』

「お手柔らかに。こっちも本気(マジ)めにいかせてもらう」

(この白煙の中なら、他の三人が私を見ることは出来ない……つまり、ここであれば遠慮なく()()()使()()()

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