第7話 魔法少女は一緒で。(2)
◆4月7日 午前4時30分◆
目が覚めると、見慣れない天井が視界に飛び込んできた。
上体を起こして周囲を見回してみると、だだっ広い部屋にある大きなベッドの上に私はいた――のだが、どうやら数日前と今回は少しばかり状況が違っていたようだった。
ベッドの上には寝息を立てて眠っている人間が3人ほど転がっており、私は芽衣と夏那に両サイドから抱きつかれた状態になっており、私は身を捩りながらその拘束を抜け出す。
「……あ」
何やら寝言を呟きながら丸まっている幼女の姿をしたものを発見し、私は迷うことなくソレをベッドから蹴り落とす。
少し呻き声を上げたものの、ソレが目を覚ますことはなく、仕方なく床に転がっているソレの首根っこを掴み、部屋の外へと引き摺り出し、扉を閉め、念のために鍵を掛けて強制退室させる。
「これでヨシ……っと」
持参していたショルダーバッグから着替えの私服を取り出して、数秒足らずで着替えを終えると、私は予備に用意していたもう一着分の服をカバンから取り出し、暫くの間それを眺めながら熟考する。
………
「……」
寝室から出ると、幼女の姿をしたものがニヤニヤと笑みを浮かべながら足元に転がっているというなんとも言えない状況に、私は呆れて言葉を失った。
成り行きでそうなったとは言え、先ほどまでの状況を言葉に表すと、ソレは“女子三人と一緒にベッドの上で一夜を過ごした男”ということになるが、それは言い換えると、私自身もまた“男子と一緒にベッドの上で一夜を過ごした女”ということになる事実に気が付き、唐突に気恥ずかしさと言い知れぬ怒りが同時に込み上げ、今のうちに何度か踏みつけてやろうかと考えた。
しかし、このような事態を招いたのは他ならぬ私であるため、私はなんとか怒りを押し殺した。
「これだからラッキースケベは……。昨日のだって……」
昨夜、この不埒者が私たちに行った狼藉の数々を思い出したことで気が変わり、幸せそうに寝息をかいているソレの襟首を持ち、怒りの念を込めながら頬を強めに叩いた。
「おい。いいかげん、起きろ」
「へっ? な、ナニ……? 朝?」
ハーマイオニーは、上体を起こしたかと思うと、眠気まなこでキョロキョロと周囲を見回す。
「ここ……ドコ? 確か昨日は――ハッ!?」
どうやら昨日のことを思い出したのか、顔面が見る見るうちに青ざめ、次の瞬間には額を地面に擦り付けながら土下座をしていた。
「ご、ごめんなさい花咲さん!? 不可抗力なんですっ!? もう二度としませんから許してくださいお願いしますっ!?」
私は大きなため息を吐いた後、持っていた自前の服を床に置いた。
「それに着替えてさっさと準備して」
「準備……? 一体、何を……?」
「後で教える。それと、匂い嗅いだりしたら……わかってるね?」
「……はい」
………
四月とはいえ、早朝はまだまだ冬の寒気が猛威を振るっており、凍るような冷たい風が頬を撫でる。
私たち二人は冷たくなった肌を摩りながら、朝霧に包まれた薄暗い道をトボトボと歩く。
「ふわぁああ……。眠い……」
ハーマイオニーは大あくびをしながら、私の後を気だるそうに着いてきていた。
ラッキースケベに自分の服を貸すことには激しい抵抗があったものの、寝巻きのまま作業を手伝わせるのは流石にどうかと思い、この際仕方がないと私は苦渋の決断をした――にも拘らず、私の服を着ているせいか、今のハーマイオニーからは昨日までの可愛いさは失われ、普通の男子に戻ってしまっているという事実に、私は釈然としない思いを抱いていた。
「……ねぇ、こんな早朝から何するつもりなのー?」
「もうすぐだから、黙ってついてくる」
「……ふあぁーい」
早朝の公園にはランニングをしている人がたまに通るくらいで、人影は無いに等しく、下準備を行うには絶好の環境と言っていい環境だった。
一面に雑草が生い茂った、見渡す限りの草原に到着すると、私は歩みを止める。
「一体ここで何する気?」
「はい、これ」
「コレって……校庭で見かけるアレ? ライン引くときに目印にするやつ……? どうしてこんなものを?」
私が用意したリュックの中には、かぎ括弧とかT字みたいな形をしたブロックみたいなものに、鋭利な刃が取り付けられているものが、数十個入れてあった。
これはグランドマークやらグランドポイントとか一般的に呼ばれているもので、文字通りグラウンドに目印を付けて、コートのライン引き等が誰でも容易に出来るようにすることを目的としたものだった。
「私が今立っているこの辺りを指すよう矢印を向けながら、草を抜いて、ソレをそこに刺す。あとはここからあの林の前あたりまで、5メートルくらい間を空けながら埋めていって。それから、色は近くから赤、黄色、青、白の順番になるように。思いっきり踏めば刺さると思うけど、危ないから怪我しないように扱いには気をつけること。以上」
私は手近なところに落ちていた木の枝を拾い、それを地面に突き立てて目印にしたあと、ゆっくり歩きながら、身振り手振りで作業内容を説明してゆく。
「なるほど……。ここと、ここと……ここかな? なんか田植えみたいですねー……。ところで、なんでこんなことを?」
「保険」
「保険……?」
園芸部員だけあってこの手の作業に慣れているのか、適当に置いている割には測ったように等間隔になっており、距離感や作業のスピードに関しては問題無かった。
どうやら、芽衣や夏那ではなく、素養のありようなコイツを連れて来た私の判断は正解のようだった。
「上出来。それじゃ後はよろしく」
「えっ……? まさか、コレ僕一人で全部やるの!?」
「当たり前でしょ。私だってやることがある」
私はポケットから小さな袋を取り出し、それを見せ付ける。
「それって……昨日言ってたアレ? でも、なんでわざわざこんなこと……頭、大丈夫ですか?」
私は足早にハーマイオニーに近寄り、その脳天に力の限りのチョップを喰らわしてやった。
「いたぁ……!? き、昨日も言ったけど、今埋めたとしてもすぐには……」
「人に心配されるような頭は持ってない。いいから、黙ってやる」
「……はい」
◇◇◇
◆4月7日 午後4時23分◆
エゾヒの左腕の薙ぎ払い攻撃を私がバク転で回避すると、着地も半ばというところにもかかわらず、突進しながらの右フックによる追撃が私を襲う。
しかし、すぐさま半身を反らしながら、力を受け流すように左腕でそれを弾き、その力を利用しながら右まわし蹴りのカウンターをエゾヒの脇腹目掛けてお見舞いする。
――ドスッ!!
(……思ったとおり、攻撃にキレがない)
今のエゾヒの攻撃は破れかぶれに腕を振り回しているように正確性はなく、一発当たったら桁あふれオーバーキルといったふざけた威力も存在していなかった。
恐らく、視界と嗅覚が阻害され、音だけに頼っている状況下での戦闘は、エゾヒにとっては文字通りの手探りであり、かなり戦い辛い環境だろうことが要因と思われた。
今のような攻撃であれば、私の力でも受け流すことは十分可能ではあったものの、その反面、一度接触してしまうと確実に位置を悟られてしまうため追撃は免れず、極力触れずに回避しながら隙を見て反撃するのが正攻法だと思われた。
(カウンターは決まったのに、大きなダメージにはなってない……。それどころか、こっちが反動でダメージを受けている)
鉄のように硬い筋肉の鎧には、私の攻撃など豆鉄砲みたいなものなのだろうが、私はそんなことには気にも留めず、攻撃を回避しながら腹部と四肢にキックとパンチを織り交ぜた牽制攻撃をひたすら行い、一定の距離を保つよう意識しながら後退しつつ、地面への注意を怠らないようにする。
激しい攻防を繰り返すうちに、視界の端に初めてそれを捉え私は目を見開く。
(……見えた! 左斜め後ろ! 青い矢印! ……ってことはつまり、あと大体15メートル!)
「調子が悪そうだけど、それで本気?」
『要らぬ心配事よ。楽しい事は長く続いた方が良い』
その意見には賛同するし、ごもっともだと思うのだが、格ゲーでコマンド練習に付き合わされている気分の私としては、決して楽しくはないので早く終わってほしいとさえ思っていた。
「それなら、さっさと私を楽しませてくれると嬉しいんだけど? さすがに飽きてきた」
『ふははっ! これでは不満というわけか!? いいだろう! そうでなくてはなぁ!!』
私の挑発によってエゾヒのスピードは格段に跳ね上がり、エゾヒの猛攻は加速する。
今までは的確に対処すれば受け流せる程度の攻撃だったものの、威力とスピードが上がったことで捌ききれるのか怪しくなり、私は少しばかり焦りを覚えはじめる。
(まともに食らえばタダじゃ済まないだろうけど……時間も無さそう……。ここが正念場か)
周囲は僅かだが明るくなってきており、煙幕の効果が切れ始めてことが窺えた。
そうこうしているうちに、黄色の矢印が視界に入り、もうすぐであることを悟った私は大きく跳躍し、エゾヒとの距離を取る。
「……これがあなたの本気? 冗談でしょ?」
『まだまだぁ!』
(……釣れたクマー。さすがエゾヒ。絵に描いたような脳筋は扱いやすい)
先ほど白煙の周囲を一周して確認したとき、外から目視できたのは赤の矢印だけだったことを鑑みると、私の数歩後ろは白煙の外――つまり、ここからさらに後退すれば、私は不利な状況に陥ることになる。
しかしながら、煙幕も拡散しはじめている現状を考えると、残された時間も僅かであり、時間を稼いでいたところで、いずれは同じ結果に繋がる。
(用意したもう一つの切り札は煙幕の外にある。煙幕の中で決定打の欠けた状態で仕掛けるか、はたまた煙幕を出て不利な状況で切り札を切るか……。いずれにせよ、一筋縄ではいかないし、迷えば迷うほど私が不利になることに変わりは無い。それなら選択肢はこれしかない)
私は覚悟を決め、二度、三度と深呼吸をはじめる。
するとエゾヒも、私への追撃をピタリと止めた。
『なるほど……。小細工の効果もあと僅かのようだな……。後がないぞ、シャイニー・レム』
恐らく、匂いが薄まったことで白煙の効果が残り僅かだと悟られたのだろう。
「余計なお世話。突っ立っていないで、さっさと来たらどう?」
『こんなにも楽しい戦いは久々なのだ。止めろと言われても、止められんわ!』
(……訂正。こいつは脳筋じゃなくて、戦闘狂だな)
エゾヒが突進を開始するのを確認した後、私は逃げるでもなく、敢えてエゾヒに向かって走り出す。
その直後、何故か時間がゆっくりと流れ出し、エゾヒの攻撃を受けたあの瞬間と同じ感覚が再び私を支配する。
(……まただ。見える)
エゾヒは止まろうとする様子はなく、私もまたそのまま速度を上げてトップスピードに達しているが、尚も突進を止めない――つまり、このままいけば両者は確実に衝突することになり、質量で劣る私が吹き飛ばされることは明白だった。
それでも尚、私はスピードを落とすことなく突き進んだ。
(……3……2……1……ここだ……っ!!)
衝突するか否かという寸前に、両足を揃えて踏み込み、エゾヒの背を跳び箱に見立て、頭上スレスレを飛び越えた。
『――っ!?』
「暗き闇を浄化せし、日輪の光よ――」
空中で反転しながらもなんとか着地を決め、詠唱を開始しながらクラウチングスタートの姿勢をとると、空気中に現れた光の粒子が体に収束してゆく。
(体力テストでは実力を出せずに終わったけど、ここでリベンジ……!)
全身に纏った光を周囲に放ちながら、私は疾走を開始する。
そして、勢いそのままに地面から両足を離す。
「私はこう見えて運動神経は良いほうなんだーー!!!」
跳び箱の台にされて体勢を崩しているエゾヒの背中目掛けて、私は全力のドロップキックを遠慮なく叩き込む。
そして、足が接触するのとほぼ同時に、足先から目が眩むほどの眩い光が放たれた。
「くらえーーー!! シャイニー・ライトーーー!!!」
『ぐぁぁーー!?』
カエルのような呻き声を発した後、エゾヒの巨体はものすごい勢いで吹っ飛び、その風圧によって煙幕は吹き飛ばされ、視界は一気に晴れた。
「……私くらいになると、足からも魔法が出せるんだ。覚えておくといい」




