エピローグ
◆5月9日◆
少しばかり年季の入った愛車に身を委ね、自由という行為を満喫するかのように、人通りの少ない道を軽快にひた走る。
「やっと暖かくなってきたなー……」
顔を撫でる空気から季節の移ろいを微かに感じつつも、私は冷たさの残る風を切りながら道なりに進む。
「……お?」
やがて視界に捉えた十字路に、私は身構えるように気を引き締める。
「私のドライブテクを……見せてやろう……!!」
誰にでもなくそう呟くと、ハンドルを左に傾け、ドリフトしながら十字路をド派手に曲がる――ような気持ちで、ゆっくり安全に道を曲がる。
「よし。なかなかいい感じに仕上がってきた――な?」
新しい相棒との相性を確かめながら優越感に浸っていると、曲がってすぐにある電気屋がふと目に留まり、私は速度を緩める。
「……?」
正確に言うならば、私が気になったのは電気屋のほうではなく、ガラス張りのショーケースの中に設置されていたテレビへと真剣な眼差しを向ける少女のほうだった。
私はスクーターから降りて後進し、ガラスの向こう側へと熱視線を向ける少女の背後へと愛車を停車させる。
「……君、何してるの?」
「――っ!?」
その少女は突然声を掛けられたことに驚きながら、ショーケースに背を預けるように振り返った。
そして、突然振り返った少女に、私も驚いた。
「あ、え~っと……。別に私は怪しいものじゃないんだけど……」
「……!?」
今にも泣き出しそうなほどに警戒し、少女は怯える子犬のような目で私のことをジッと見つめ返していた。
それから両者とも微動だにしない沈黙が長々と続き、これ以上周囲の目に晒されれば社会的抹殺もあり得るかもしれないと危惧した私は、慌てて取り繕うように謝る。
「お、驚かせて悪い。君……迷子でしょ?どうしたの?」
「ど……どうして……わかるの……?」
「う~ん……。勘……かな?」
私は少女が迷子であると一目で察していたが、あえてその根拠を突きつけるようなことはしなかった。
その根拠となった小さな金色の鯨が少女を見守るように浮遊しており、名札のように少女の素性を語っていたが、それを突きつけたところで疑念をもたれるだけと考えた私は、心の内に仕舞い込んだ。
だが、それが少女に警戒心を植え付ける結果となったのか、少女は疑いの視線を一層強くした。
「お兄さんは……嘘つき……」
「なるほど、そうきたか……」
ガラスに映り込んでいる自分の姿を見て、少女が怯えている理由に納得し、私は被っていたハンチングキャップを脱ぎ、マフラーを外した。
そして、団子で纏めていた髪を解くと、少女の表情はみるみるうちに変わっていった。
「お兄さん……じゃない……!?」
驚愕している様子の少女にそのままハンチングキャップを手渡すと、少女は困惑した様子で首を傾げた。
「それは君にあげる」
「えっ……?なんで……?」
「友達の証」
「とも……だち……」
少女は不思議そうにハンチングキャップを凝視し、片眉を上げた。
「――ということで、これで私たちはもう友達。だから、私は君を助けるに足る正当な理由が出来た。そういうわけだから、困っている君を私が助けるのは当たり前なこと」
「たす……ける……?」
その言葉に反応するように顔を上げ、少女は驚きながら私を見つめ返す。
「私が君をおうちに帰してあげるってこと。だって、私は――」
私はそこまで言いかけ、迷いながらも口を開いた。
「――正義の味方。魔法少女だから」
「まほう……しょうじょ……!?テレビのやつ……!?あ、で……でも!!知らない人をしんようしちゃダメって、パパが言ってたの!!」
その言葉とは裏腹に、少女の心が揺れ動いたことを確認し、私はあと一押しとばかりに掛ける。
「……君は走ることが大好きで、小さいものが好き。特に……猫かな?でも、嫌われてるみたい?」
「……!?」
「お姉さん、魔法少女。もちろん魔法が使える。君がすっごく驚いてることも判っちゃうんだよねー?」
少女の表情は驚きに満たされ、私の目でなくてもそれは一目瞭然だった。
だが、そんな後出しジャンケンの子供騙しも一定の効果が見られ、先ほどまでとは打って変わって、疑いながらも興味津々といった様子で、青く綺麗な瞳で私を見据えていた。
「ま……ほう……」
「それじゃ、君の名前を聞いてもいいかな?」
「なまえ……。わたしは――」
右手を差し出しながらそう問い掛けると、少女は戸惑いながらも私の手を握り、呟くように名乗った。
「レム……です……の」
懐かしくもあるその響きに、私は思わず少女の顔をマジマジと見返す。
「お姉さんも笑う……?みんな私の名前、変だって……」
私は、少しだけ震えている少女の手をぎゅっと握り返す。
そして、ふと四月に漂っていた桜の香りを感じとり、いつかの彼女の言葉をなぞらえるように呟く。
「――すごく素敵な名前だよ」
その瞬間、私と彼女は友達になった。