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未完結短編集  作者: .六条河原おにびんびn
Lifriend Flower 恋愛/現代ファンタジー(?)
77/86

Lifriend Flower 9

 ふざけないでよ、あんなヤクザみたいな人…

 中村の肩を掴んで佐伯は怒る。紹介された大柄な男は美しく端麗さはあるが険しい顔立ちをしていた。そして愛想がない。声も低く、会話を続ける気がないのか簡単な返答しかしない。

 シベリアンハスキーみたいだろ。

 佐伯が怒っていることを気にもせず中村はその男を親指を翻すように差して佐伯に小さな袋を渡す。アイシングクッキーが4枚入っている。綺麗にラッピングされていた。シベリアンハスキーを頭に思い描くが、オオカミやシェパード犬というほうがイメージに合う。中村からアイシングクッキーを受け取ってもう一度話題の男を見た。ありがとう、と言って機嫌を取るためなのかも分からないアイシングクッキーを透明なフィルム越しに眺める。

 あいつも気難しいやつだから、ごめんな。

 ハルナだかナナミだとか名乗った男は小さく返事したが何と言ったのかは聞き取れなかった。後輩として働いてもらうと中村に言われたまではよかったが、その者が堅気の仕事をしているようには見えなかったことで佐伯は中村の身を案じた。さらに住み込みの可能性もある、と中村は付け加えた。中村名義で同棲を始めたマンションは広かった。住み込みで助手がつくことも佐伯は承知していた。だがその男が態々(わざわざ)ガラの悪そうな大男である必要はあったのか。

 どれだけ遅くなってもオレ、帰りますよ。

 佐伯と中村のひそひそとした会話にその男は遠慮がちに言った。中村が佐伯の背を軽く叩いてから物静かな男の前へと行ってしまう。

 なるべく2人きりにはしないから。でも便所の時はカンベンな。

 向き合うこともしない佐伯と物静かな男の空気を破るかのように中村は明るい声を出す。困ったな、と言いたそうだったが佐伯は上手い言葉が浮かばず黙ってしまう。

 すみません、“てっちゃん”

 親しそうに中村を呼ぶ。佐伯は反射的にハルナという男を見てしまった。吊り上って凛々しい目元が柔らかう眇められ、笑っている。表情筋が発達してないのでは、と会って短時間で疑ってしまっていたのに。

 奥にいるから何かあったら呼んで。

 佐伯は2人をリビングに置いて自室に向かった。淹れたてのコーヒーの香りが充満した室内のドアを開けて新鮮な空気を肺に送り込む。落ち着いた会話が聞こえてくる。リビングから出ると左側に玄関がある、郵便ポストとは別にある玄関ポストを覗いた。最近の習慣になりつつある。中村は郵便ポストしか見ない。今日は何も入っていない。あるいはこれからか。中村からもらったアイシングクッキーを持ちながら佐伯は自室に戻る。ほぼリビングにいるため自室は更衣室代わりだった。自室の窓を開け放とうとして、すぐにやめた。今日は天気が良かったが遮光カーテンも閉めてしまう。アイシングクッキーの可愛らしいデコレーションを眺めながらテーブルの上に置く。あの男は信用ならない。色調を整えられたリビングやトイレ、廊下、浴室、同居人の部屋と寝室とは違い佐伯の部屋にだけは色がある。ホワイトとブラウンとグリーン。ありがちな配色の中でも佐伯の部屋にだけは鮮やかなレッドや彩度の高いイエロー、パステルピンクなどいくつも色がある。

 佐伯は雑誌を開きながら居間の胡散臭い男が帰るのを待つ。何のようで、どういった付き合いなのか。気にはなるが中村に深く問うのは気が引けた。夕飯の支度の頃には帰るかと思ったが空が紺色を帯びはじめ、雲を渋い橙に染める時間帯になってもあの男は帰っていない。少し歩けばすぐ辿り着く部屋にいるであろう中村にメールを打ち、買い出しに出掛ける。3人分作らねばならないのか。洋風な絵本に出てきそうな造りの新興住宅地を抜ける。小規模も小規模な庭には色とりどりの花や植物が植えられオブジェが置かれている。晴れた昼に見るとよく手入れの行き届いた草花に目を奪われる、買い物はいつも中村と行っていた。あの男はまた来るのだろうか。メールの返信で、1人で大丈夫かという旨の短い文が届いていた。大丈夫。短く応えた。中村は放任なのか心配性なのか分からない。追撃するようにあの男は今晩どうするのかを問うメールを送る。泊まるのなら寝具はどうすればいいだろう。考えながら佐伯は歩く。背後から足音がする。新興住宅地は人が多い。珍しいことではないけれど、思い込みが激しい性格は自覚していた。いつもは隣に中村がいた。だが今日はいない。よく知っている近所の道が広く思えた。2車両すれ違うのもひと苦労する道幅だというのに。

 今晩の夕飯は何にしよう。思考を働かせて不安を拭う。背後の足音もおそらくただの通行人だ。曲がっても曲がっても足音は遠ざからない。目的地が同じなのだ。この辺りの最寄りの商店街にあるスーパー。時間帯的にも混む頃だ。次を曲がればきっと、そう思いながら横断歩道の赤信号で止まる。足音は不自然な位置で止まる。閑静な住宅地を抜けて車が走る音で掻き消されているのかも知れない。忙しなく携帯電話を閉じたり開いたりを繰り返す。通知は何もない。全て妄想で、神経質になっているだけ。分かっていても佐伯はおそらく自宅の居間で談笑しているであろう同居人に電話を掛ける。1人で買い物にも行けない面倒な女だと思われたくなかった。

「はや、て」

 電話を掛ける理由ならある。あの男は夕飯はどうするのか、酒は冷蔵庫にあるのか、何が食べたいのか。早く出て、早く出て、たった数回のコールが何時間単位のようだ。一生出ないのでは。嫌な汗をかきはじめている。

「中村サン」

 変わったばかりの苗字で呼ばれ、佐伯はびくりと肩を揺らす。聞き慣れていない声。我に返って目の前にある信号が青に変わっているのを視界は捉えるが、歩くことは脳まで伝達されないまま。

「行かないんスか」

 あまり似合っていない黒髪が目にかかったのを男は雑に払った。佐伯は信号を確認して歩き出す。睨み上げてしまい、男は驚いた表情をした。

「“てっちゃん”に様子見てくるよう言われたので」

 隣を歩き始めた男を一瞥する。それなら中村が来るべきだ。

「帰るの?」

 男に問う。

「はい。長居してすみませんでした」

「食べて行くのかと思ったんだけど」

「さすがにそこまでは」

 ぶっきらぼうな言い方しか出来ない佐伯に調子を合わせているのか、もともとそういう性分なのか男の調子も暗く低い。

「3人分作る気でいたんだけど」

 追い出したいわけではなかった。信用に足らないだけで。

「それなら今度お邪魔します」

 男の名前を思い出す。何と言ったか。ハルナだっただろうか。わずかに笑みを浮かべられたような気がして、佐伯は見つめてしまった。

「オレ、こっちなんで。長居して、ホント、すみませんでした」

 ハルナが丁寧に頭を下げる。長い前髪がまた目にかかり、男は邪魔そうに掻き上げた。ハルナの小さくなっていく背。不安がいつの間にか消えている。

 佐伯が自宅に帰る頃には近所の夕飯の香りが住宅地に漂っていた。玄関の電気も点けっ放しで居間は暗い。ソファに横たわる中村の寝息が聞こえる。いつもはソファの背凭れに掛けてあるブランケットが腹部に掛けられ、カップや茶菓子は片付けられている。買い物袋を置いた佐伯は貴重品を確認する。あの男は信用ならない。

 通帳も印鑑もある。中村の携帯電話もガラスのテーブルの上に置かれている。今日のところはまだ何事もない。カウンターキッチンの照明だけを点け、夕飯の支度をはじめる、明かりに反応して中村がぴくりと動いたのが愛らしく、佐伯は頬が緩んだ。 

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