Dear Finalist 5
***
「魅奈斗、痩せたな」
朝、自室からリビングに向かうと朝食を摂っている兄にそう言われた。
真っ白いトレーナーにジーンズ姿の柊。
「そう?」
カウンターキッチンで皿を洗う義理の姉と目が合い、柊はすぐさま目を逸らす。食パンをかじりながら新聞紙を広げ、腕時計を見て時間を確認する。
「今日、学校休みなんだろう?」
「そうなの?」
携帯電話にメールは着ていなかったし、通知も無かった。柊は眉を顰める。
「どうした?魅奈斗。今日は珍しく起きるの遅かったから知ってるのかと思ったよ」
兄・聖多は笑みを浮かべている。
「連絡網、確か俺のケー番で登録してある筈だから、家に連絡が来ることはないんじゃない?」
柊は苦笑する。まさか。
「あぁ、百華が学校に問い合わせたんだよ。よくデキた嫁だ」
柊は「あぁ、そう」と見せかけの笑いを浮かべる。義理の姉は柊を見た。柊は溜め息をついてテレビに目を遣る。
「テレビより先にほら、お線香!」
言われて、死んだ次男の仏壇のある和室に柊は向かった。畳の匂いがする。リビングのすぐ隣の部屋だ。
「はいはい」
遺影に写っているのは笑う少年。元気そうに笑っている。この中ならいつでも生きているのに。
「流来波ももう18か」
「何言ってんの兄さん」
お線香に火をつけ、逆さまの鐘のような形状の仏具を叩く。
「魅奈斗、学校ないからってカノジョとイチャイチャしてるんじゃないぞ」
「え?何、いきなり。意味深なこと言わないでよ、気になるだろ。っていうかカノジョいないし」
義理の姉の顔つきが変わったけれど、柊もその兄も分からない。
「さて、じゃ、行ってきまーす」
死ぬことは隣り合わせだ。今も、こうして死と向き合っているではないか。遺影に写っている人は自分と同じ血が流れているのに、死んだ。投げられたボールのようだった。何の変哲も無い、ただの死。生きているから、死ぬだけ。ただそれだけ。
「いってらっしゃい」
だから、風間が死んでしまうことは普通のことだ。でも。
「魅奈君」
途中で応急処置を辞めてしまった。止まらない血はだらだらと排水溝に吸い込まれていった。救急車が来るまで、風間の小さな呼吸を数えていた気がする。
「魅奈君、遊ぼう?」
自分が殺してしまったのだろうか。見殺してしまったのだろうか。
「魅奈斗…」
後ろから声をかけられていたのも気付かずに、柊は俯いて考え込んでいた。
「義姉さん…!?」
後ろから首に両腕を回され抱きすくめられる。
「魅奈君、何かあった?」
いつも暴力ばかりの人がいきなり優しく接してくるというのは不気味なもので、柊は露骨に嫌な表情をした。
「魅奈君」
耳元で話しかけてくる。
「なんですか」
義理の姉。実兄の嫁。彼女が自分に好意を寄せていることを知ったのはつい最近。ただの自惚れだと思っていたものが確信へと変わっていたのも事実。
「魅奈君」
首にあった腕は前髪に伸び、鷲掴まれる。
「なんです、か」
柊は義理の姉を睨んだ。
「今日は2人っきりね。逃げたりしないでよ?」
この人は気が狂っているんだっけか、と柊は思う。
「は?」
今日は疲れたんだ。放っておいてくれ。前髪を掴まれたままもう片方の手で肩を押され床に倒される。抵抗して暴力だなんだと言われたら兄と生活なんて出来るわけが無い。仏壇の兄は助けるなんてことはしてくれない。
「義姉さん!」
昨日のことで眠れていない。事情聴取で忙しく、帰ってきても疲れていたのに脳裏に残ってしまう光景に何度も目が覚めてしまった。
「コケにしやがって!何よ、その目は!」
畳に何度も後頭部をぶつけられる。
「義姉さん!」
学校に行きたい。学校に行きたい。逃げたい。逃げたい。
中学3年生になって部長になると目立つ場面も多くなり痕のつく暴力も嫌がらせもなくなったと思っていた。仕方ないと思っていた。兄夫婦の生活を邪魔しているのは自分なのだから。
「似てる!似てるわ!その目!あの男にそっくり!」
誰?と問う隙さえなくがんがんと畳にぶつかり声がでない。
「目障りなのよ!!」
細い白い腕が首に伸びる。死なないのは分かっている。殺せるはずがない。
義理の姉は柊の首筋に顔を近付けた。
「痛っ」
歯が皮膚にぶつかる。離れていく口。
「アンタの愚鈍な兄にチクったりしやがったら、アンタに犯されたって言ってやる!」
噛まれた部分に手をやる。
「流来波が死んだのは、アンタがあたしに迫られたこと、チクったからよ」
くらっときた。
「…義姉さん…うそだ…」
交通事故と見せかけての、殺人だったのか。
「嘘?信じなくてもいいわよ?」
柊は目を見開いた。自分が義姉の相談をした所為で、流来波は死んだというのか。
「どうして…、俺が何かしたかよ!」
そんなに恨まれているのか。
「流来波兄さんは、関係なかったはずだろ!」
二人の命を間接的に奪ってしまうのか。実兄と、友人。俺の所為だ。俺のせいだ。おれのせいだ。俺が殺したんだ。俺が死なせてしまったんだ。
遺影は明るく笑っているのに。元気そうに笑っているのに。
「流来波兄さん…」
自分が頼ってしまったばかりに、死に追いやってしまったというのか。
「アンタが私に尽くせば、きっとあの兄は死なずに済むわ」
義理の姉の残酷な言葉が聞こえる。
「義姉さん…」
「アンタの人質はあと2人。可愛い弟までも巻き込むのよ」
関西にいるはずの弟を巻き込んでまで自分をどうにかしたいというのか。
「あたしのバックには大きな組織があるわ。信じる信じないはアンタの勝手。でも、流来波の件は交通事故で纏められたわ。殺人事件なのに…ねぇ?」
選択肢はあるようでない。
「話は2つ」
笑う義理の姉はポケットから小さく丸められた薬包紙を出して柊に見せた。
「これが、なんだか知ってる?」
柊の目では風邪薬には見えないのは確かだ。
「あたしが配合したの。ただ死ぬのはつまらないでしょう?激痛が続きながら死んでいくのよ。あの兄だって、人を恨まずにはいられなくなるんじゃないかしら?」
脅迫だろうか、それとも忠告だろうか。いずれにせよ、選択肢はあるようでないことに柊は絶望した。
「義姉さん…分かったよ。義姉さんに…従うよ…」
どうして自分はこうも無力なのだろう。悲しくなった。フラッシュバックする、風間の姿と車に撥ねられて空中を舞う兄の姿。
「そう言ってくれると思っていたわ」
「それで条件って何」
「まず1つ、アンタはあたしの下僕になること」
そんなようなことだというのは大体勘付けた。
「もう1つは」
義理の姉は口の端を吊ったように笑った。
「美浦魁を、殺しなさい」
地面が崩れていくような、沈んでいくような、そんな感覚がした。
***
何も出来なかった。何も。何も出来なかった。警戒するだけ、警戒して。何も。風間が重体だというのに、息が苦しくて、何もできはしなかった。
「衝撃的か」
心配でもしたのか美浦が倉木の家にやってきた。部屋に上げたのは妹の瑠央で、倉木はずっとベッドの上で蹲ったまま動こうとはしなかった。
「……うん」
同じ部屋にいるのにお互いがお互いの顔を見ることはない。
「大丈夫か」
「うん」
蹲ったまま。薄い布団一枚が背中に掛けられているだけ。気の利く妹がそうしたのだろう。
「衝撃的なのも分かる。お前はいつでも傷付きやすい」
「…何言っちゃってんの。心配してきてくれたのはありがたいけどさ、今は一人にしてよ」
「悪いな。でも心配だった」
「どうして?柊もきっと落ち込んでるよ。柊のところに行けよ」
「柊は兄夫婦がいるだろう」
倉木はどんな理由だよ、と呟いた。顔を上げることはないけれど。
「オレが、弱いって思ってんだろ。そうなんだから、仕方無いよな。その通りだよ」
「弱い弱くないの話はしてない。高郷の件でああだ。同じクラスの風間なら尚更…」
「嘘だ。柊は朱鴇さんのことちゃんと…!オレだけだ、オレだけこんなに弱いんだ!」
倉木の語気が強まる。
「倉木、気にするな。強い、弱いで人間が分けられてるのではない。二つの面があるんだ、人間には。倉木のそういう弱い面が露わになったところで、何を責めることもない」
「慰めなんて、いらない…」
倉木の脚を抱く腕の力が更に強まる。
「持論だ。慰めととるならそれで構わない」
なかなか見ないだろう、友人が滅多刺しになった姿なんて。
「柊は、すごいよ。いつも。冷静で、朱鴇さんのことだけじゃなくて、オレのこともあの時、考えてくれてた…。自分のことしか考えられなかったオレとは…本当…違うよ…」
明かされる劣等感。美浦は珍しく複雑な顔をして俯いた。
「綾瀬があんなに慕うのも、分かるよ、ほんと…」
柊家の二男が死んだという連絡を聞いたとき、柊とともに美浦はいた。交通事故に遭った二男が入院中で、ICUに居るらしかった。柊はあまり自分のことは話さないタイプだ。
「何もできなかった。どうしてオレはいつもダメなんだろ…」
「いいのか?弱味を見せるのは嫌いなようだが、勢いにまかせてぺらぺらと話してしまって」
劣等感を素直に曝け出している倉木が珍しかった。
「美浦、柊のところ、行ってくれよ。お前見てると、余計自分が不甲斐なく見えるんだよ、惨めになるんだよ」
柊だけじゃない。美浦だってそうだ。両膝の間に埋めた顔。
「倉木、お前はいつでも笑っていた。そんな風に思っていたのか?」
倉木を理解してやろうとつい先ほどまで思っていた。何ひとつ理解などできはしないのだろう。驚いた。
「…笑ってても、無理だって分かってたし、アンタ等は、世界まで違うんだ」
倉木は顔を上げた。先生に褒められようと、他の生徒たちに褒められようと、部で引き抜きの話をしたときだって、倉木はずっと笑っていた。
「倉木にもずば抜けた身体能力がある」
「何て言われてるのか、知ってる?ドーピングだって!薬やってるんだってよ、オレ!笑いものじゃん!」
自嘲を含む笑みを倉木が見せてくるとは思っていなかった。気休めも慰めも、下手だった。美浦は本心を上手く伝えられなかった。
「そんなはずは…ないだろう?」
「ないよ。もとから、こういうの。でも、頭もすっからかんだし、素行も悪いし、そう思われたって仕方無いんだ。事情聴取のときだって…」
「何か、言われたのか?」
倉木は笑った。感情を全て誤魔化すように。美浦は眉間に皺を寄せた。
「うん、言われたよ。両親もいなくて、大金持ちの風間?もとの名前七津川って言うんだっけ?押し入ってお金盗ってきても不思議な家庭環境ではないよねって、言われたよ。面白いよね、聞けば聞くほど。惨めにならない方がおかしいよ、あの状況。やっぱり助けてくれるのも柊だ」
きっとその状況のうえに、柊が助けたことがより倉木を傷付けたのだろう。柊が悪いのではない。寧ろ柊がそうしてくれていてよかった。しかし倉木にはそれが酷く惨めだった。美浦は倉木を見つめた。
「邪魔して悪かったな。寝ろ。ぼろぼろ出てきてしまう言葉は無かったことにする。柊のところに行くが、どうする」
「どうするって?言われた通り寝るよ、オレは。…でもさっきのこと、柊に言わないで。困らせたいワケじゃないんだ」
「分かった」
美浦は倉木の部屋から出ていく。倉木がそんなふうに思っていたとは全く見当もつかなかった。いつだって笑っていた。誰の喜びも分かち合っていたと思った。そう思っていたのは自分だけだったのか。いや、本心ではないかもしれない。美浦は溜め息をついて柊の家に向かった。
柊の家には怪しいスパイがいるのを美浦は知っていた。自分に敵が多いのは分かりきったことだ。狙ってくる人間も多数いる。柊の兄と結婚した女は敵だった。あまり柊の家には行きたくないというのが本音。行くしかないだろう、倉木にあんなことを聞かされてしまえば。倉木は間違いなく言った。「七津川」と。
*
広い部屋。新しい部屋。大きく柔らかいソファ。大きな液晶テレビ。冷蔵庫。簡単な高級食品。それでもこんなに退屈なのは何故だろう。
霧夜は欠伸をした。退屈な毎日、窮屈なテレビ番組。音楽には興味がない。食べることに関しても興味がない。財力は手に入れた。名誉には興味がない。生きるとは退屈だ。今頃は腹違いの兄が死んだか、それとも苦痛に呻いてるところだろう。それは楽しみだ。
彼に仲間など必要がない。彼には自分がひとりいればいいんだ。自分もすでに一人身だった。母は殺され、父はどこかに消えた。双子の妹は行方不明になっている。厳密に言うと、実験台にされ、どこかに幽閉された。でもどこだか分からない。ここのどこか。霧夜は苛立って床にグラスを投げつけた。バリン、とどこか美しい響き。液体が破片の間を流れていく。
付き人は頼りがなく帰ってこない。研究員の女はどこか頭がおかしい。いや、おかしいか気が触れていなければこの職場は向かないだろう。それでなければよほどの変態。
「紗智は、まだ見つからないの」
苛立った声だった。
「紗智はいないの?そんなはずないよ!?紗智はここのどこかにいるの!」
父親は要らなかった。母親は死んでしまった。でも紗智は生きている。どこかで生きている。紗智は母親と、自分は父親と暮らすはずだった。
霧夜の目の前に立つ影。霧夜は見上げた。
「黙りなさい、煩いわ。貴方のシスコンに付き合ってる暇なんてないの」
騒ぎ出した霧夜に懐から出した拳銃を突きつけたのは女性職員。外見からは20歳過ぎたか過ぎてないかというくらい若い。数十台とあるモニターの監視をしていたが、きりがない作業にうんざりしていた。
「瀬戸、僕にそういうことしていいと思ってるの?」
「何をいまさら。社長は不在よ。聞くところじゃ貴方、社長とは何の関係も無いようじゃないの」
「銃、下ろせよ」
霧夜は舌打ちした。女はまたモニターの監視を続ける。
「勝手な真似はよせよ。柊百華が上手くやれば、社長の座は奪える」
「他力本願って大っ嫌いなのよ、あたし。知ってた?」
「まさか。僕たちのサポートがあってこそだろ。誰が風間朱鴇を始末したと思ってるんだよ」
霧夜は不気味に笑う。
「風間さんの息子を殺す必要はないはずだけど、どういうこと?」
瀬戸は眉間に皺を寄せた。
「私怨だよ。別に、目的のためにやったわけじゃない」
「そうね。風間さんは貴方の兄に殺されたんですものね」
「うるさいな!やめろ!」
面白い、とでもいうかのように期待通りの反応をした霧夜を一瞥する。
「百華は多分ダメね。あの子は義理の弟が可愛くて仕方ないもの」
話題を切り替える瀬戸。
「は?なんだよ、それ。話違うだろ」
「何言ってるの?美浦社長の息子を殺害するために友人の柊家に嫁いだんじゃないわよ」
「内容はどうだっていい。結果的に美浦が死ねばいいんだ」
恨みも何もないけれど、これは復讐だ。
「貴方は、何がしたいの?」
「親の仇は子が討つべきだ。母さんは美浦の所為で人生狂った。末代まで祟るつもりだよ、僕は」
こんなところで働かなければ、母さんは生きていられたのかもしれない。例え僕が生まれなくても。
「風間朱鴇だって、被害者だよ。疎まれて、虐げられて。…僕は彼を救ったんだ」
「救った?じゃぁさっきの始末って?貴方に盗聴器、聴く?何て言ってたか、忘れた?彼は死にたがってなかったじゃない。勘違いはストーカーの始まりよ」
瀬戸は鼻で笑った。
「美浦社長に裏切られたのもあるし、恩だってある。あたしはどちらにもつかないわよ」
「なんだよ、それ。とにかくアンタは紗智を見つけてればいいんだ」
この階には霧夜と瀬戸しかいない。この建物は地位そのものを表すかのように下の階ほど地位は低い。このフロアに二人だけしかいないといのは建物全体に人がいないような静けさがある。防音設備になっているからではない。
「紗智ちゃんね。分かったわ。…でも」
霧夜は眉間に皺を寄せた。
「でも、なんか無いよ。紗智は生きてる。双子なんだよ、僕らは。だから分かるんだ」
瀬戸は切れ長い瞳を細めた。
「…そう。まぁ、確かに生きてるわね」
瀬戸はあるモニターを拡大した。
「これ、見て」
「何、そのバケモノ」
霧夜は興味を示さなかった。
モニターに映ったのは、真っ白い生き物だった。真っ白い皮膚に肥大した骨。それを支えられるような、しかし歪んだ筋肉が白い皮膚の下から桃色として見える。そして蚯蚓腫れのように神経が皮膚を這っている。腕は床につくほど長く、猛禽類のように爪が鋭い。そしてその爪は大きい。
「バケモノねぇ」
瀬戸は笑ってなんでもないわと言った。
この世に存在しないような生物だが霧夜は大して驚かなかった。この会社はそういう会社だ。製薬会社とは名ばかりの生物兵器開発も行っている。当然内部の者しか知らない。退職不可能で、内部情報を知ってしまった者は拷問の末実験台にされる。職員の家族は人質のようなものだが生活費の大半をこの会社が負担してくれるという条件付きだ。政府が聞いたら呆れるだろう。邪魔なものは権力で揉み消す。
「美浦は始末されるべきなんだ」
霧夜の瞳には怒気が含まれていた。瀬戸は呆れたように仕事に戻る。父親がこの職場に就いてからはまともな生活が出来ないことを悟っていた。それでも構わないと思っていた。どんな能無しでも家族が人質になるというだけで仕事と給料が与えられた。機械が出来なくても、運動が出来なくても、その人に適した仕事が与えられる。会社のことを口外しなければ。
「七津川くん」
「許さない。美浦を絶対に許さない。あいつは死ぬべきなんだ。この世にいちゃいけないんだ」
霧夜はぼそぼそと呟いた。
「昔の話を、しましょう。貴方は知っておくべきだわ」
瀬戸は山積みになった書類にペンを走らせながら口を開いた。
「何を?」
「面白いことが、分かったわ。風間さんの息子と、美浦社長の息子は腹違いの兄弟よ。どういうことだか分かる?七津川さんと風間さんの間にデキた子が貴方たちで、風間さんと美浦社長の間にデキた子が、貴方が始末したっていう朱鴇って子よ。どう?朱鴇って子は美浦社長の血が流れてるの。風間さんが襲われて身籠った子じゃないわ」
怒りで声も出ないのか、霧夜は目を見開いている。
「生まれた日で言えば、次期社長が兄みたいだけどね。さらに言うと、美浦社長は見合い結婚で妻になった女より風間さんに御執心だったとか」
瀬戸はまるで喧嘩でも売っているのかのように楽しそうだ。
「瀬戸、もう黙って」
聞きたくない、と小さく聞こえる。
「朱鴇…あたしは、この子に会ってみたいわ」
瀬戸は一枚の書類をデスクから出した。
「どうして?」
霧夜は怯えたように訊いた。
「朱鴇って子はこの会社で唯一自由だから」
この会社の関係者の子はとある学園に入学しなければならないのだ。しかし風間朱鴇のみ学業の選択肢が与えられている。
「そうなの?」
「あたし、この子に会いに行く。興味あるもの」
瀬戸は席を立った。




