7、少女と不良4
「おい、ガキ」
咲がもと来た道を引き返そうとした時。
背後から突然咲を呼び止める声が聞こえた。
咲が振り返ると、そこには何故かバツの悪そうな顔でこちらを見ている団地の顔があった。
「……その…なんだ…」
「…………」
何なのだろう、そう思いながら咲はまっすぐ団地を見据える。
すると団地はより一層眉に皺を寄せブツブツと何か呟き始めた。
その顔は一般人なら腰を抜かすか、気絶するか……とりあえず相当な凶悪面であった。
「…………」
咲がひたすら無表情で団地を見ていると、次の瞬間、団地は突然ハッキリした声で咲に問い掛けてきた。
「一人で…大丈夫か?」
「…………」
「お前……一人で火葬場なんか行けんのかよ」
一人で場所もわからない火葬場まで行けるのか。
そう、問われ咲の目に少しばかり不安の色が映し出される。
「……わかんない…」
「……俺も火葬場の場所なんか知らん」
「…………」
そう、どこか憮然とした態度で宣言してくる団地に、咲はどう返事をすればいいのかわからなかった。
だから、やはり咲は無言で団地を見上げる。
不安の色を滲ませる、その無表情さで。
「……けどよ」
「………」
「お前よりは早く見つけられる自信はある」
「……………」
「だから……だ」
そこまで言って、団地はジッと見上げてくる咲の視線をしっかり受け止めた。
咲と団地の、互いに不器用な視線が静かに重なる。
「捜してやってもいい。……火葬場」
「………」
これはどう言う意味だろう。
一緒に捜してくれるという事だろうか。
咲が団地の言葉の真意をはかりかねていると、今まで黙って二人の様子をうかがっていた不良達が一斉にざわめき始めた。
「マジかよ……」
「あの団地さんが……」
「ねぇだろ?夢だろ、これ」
「あのガキ何者だよ」
すると途端に団地は、あ゛ぁ?とドスの利かせた声と凶悪な睨みで周りを一瞥し不良達を一瞬で黙らせる。
そんな団地の行動を前に咲は、いよいよ自分がどうすべきかわからなくなった。
一体、自分はどうすればいいのだろう。
そう、咲が悩みながらチラリと視線を下げた時である。
「…………」
咲はあるモノに気が付いた。
目線の先にあるその光景。
その光景に先が釘付けになっている時。
先程まで黙っていたうるさい赤髪の男が またしても突然咲に話しかけてきた。
「ねー、こども!きみスゲーね!団地が人にしんせつにしてるの、俺初めて見たよ!」
「……黙れ、いぐさ」
そう、団地からドスの利いた声と共にギロリと鋭い視線を向けられた赤髪の男、もといいぐさ。
しかし、周りの不良達とは違い、いぐさは全くもって団地の不機嫌を意に介する事はなかった。
「(いぐさってなんだろう)」
目の前で二人の空気が険悪になっていく中、咲の思考はまたしてもふわふわと明後日な方向へと向かい始めた。
しかし、いぐさはふわふわと思考を飛ばし始めた咲に向かってまたしても楽しそうな表情で咲の前に顔を突きだしてきた。
お陰で、飛んでいきそうだった咲の思考が一気に地につく。
「なー、こどもは知らないかもしんないけどさー、この団地はいつもちょーこえーんだよ!なのに、こどもにはやさしい。もしかしたら、団地はろりこんってやつなのかもしれないな!」
「…いい加減にしねぇと、マジで殺すぞテメェ」
そう、静かに青筋を立てる団地。
それにビビる周りの不良達。
しかし、空気を読まない、読めないいぐさ。
「ろりこんって言うのはねー、小さい女の子が好きな人のことをいうんだって!前にアクアスが言ってた!」
「あ゛ぁ?!」
ブチリ。
団地の中で堪忍袋の緒が切れる音がした。
それはもう、盛大に。
そして、団地の手は次の瞬間にはいぐさの胸ぐらをつかんでいた。
しかし、いぐさは胸倉を掴まれた今なお楽しそうに笑うのみ。
そんな、今にも乱闘が始まりそうな様子に周りの不良達が一斉に身構える。
止めなければ大変な事になる。
いつも二人を止める筈の道本は出血多量でもれなく気絶しているのだ。
この二人が道本無しのこの状況で暴れようものなら最悪全員が病院送りだ。
その場に思わぬ緊張が走っているまさにその時。
二人の一番近くに居る咲は無表情でずっと団地の顔を見つめていた。
そして突然顔を上げポツリと呟いた。
「いい」
すると今まで拳を握りしめていた団地と、更に空気の読めない発言を連発するいぐさは一斉に咲を見る。
不思議な事に、本当に小さな呟きであった筈のその声は周りにいる不良達の視線を全て奪う程の存在感を帯びていた。
「私…」
「あ?」
「一人で火葬場探す」
咲のその言葉に団地は眉をひそめる。
団地には咲の真意が掴めない。
なにせ、この小さな子供の顔は、出会った当初から一切変わる事がないのだから。
今、咲は悲しいのか。
寂しいのか。
それとも、本当に何も思っちゃいないのか。
団地にわかる筈もない。
出会ったばかりの赤の他人なのだ。
「あー、団地、フラれた!チョーかわいそう!」
あははは!と笑ういぐさを団地は今度は完璧に無視し、小さく舌打ちをする。
せっかく一緒に探してやると言ったのに。
断られてしまっては気まぐれとはいえ、提案したこちらが恥をかいてしまったではないか。
団地の良いとは言えなかった機嫌が、妙なモヤモヤと共に増幅する。
それは、腹が立っているというだけではない、なんともはっきりとしない感情であった。
「…………そうかよ」
団地は、吐き捨てるように呟くと、咲から目を逸らした。
気まぐれの筈だった。
なのに、どうしてこんなにモヤモヤする。
「じゃテメェで勝手に……」
そこまで団地が口に出した時だった。
咲のしっかりとした目が、またしても団地を捉える。
あぁ、この目が全ての原因か。
団地がジッと見上げてくる咲の目に、ぼんやりとそんな事を思った。
「……痛いよ」
「「は?」」
突然の咲の言葉に、言葉を途中で遮られた団地と、笑っていたいぐさは同時に疑問符を上げた。
痛い、とはどういう意味であろうか。
「こども?おなかでも痛いの?」
そう、いぐさが咲の顔を覗き込みながら問いかけるが、咲はフルフルと頭を横に振った。
そして、目だけは団地に向けたまま、咲は小さなその手で指を刺した。
「お兄さんは足が痛いよ」
そう断定してくる咲の顔はやはり無表情だったが声は先程までと比べて少し震えていた。
震える声と共に咲の指さす先。
それは団地の足だった。
「足……痛いよ」
そう言って咲は団地の足元へ視線を移す。
それにつられていぐさも咲の視線を追う。
別になにも無い。
「……ち」
血。
そう呟く咲の言葉に、いぐさは目を瞬かせ、ジッと目をこらす。
確かに、よく見ると団地の制服のズボンが多少濡れているように見える。
なんでだ?といぐさが更にじっくり見てみるとだんだんと黒い制服を濡れている部分が更に黒い事が明らかになってきた。
血だった。
明らかに足から出血している。
しかも大量に。
「団地……お前チョー血ぃ出てんじゃん?!ヤバいってそれ!道本みたいじゃん!」
いぐさは先程までのふざけた表情から一転して顔を真っ青にして慌て始める。
周りの不良達もそれを聞いて驚きの声を上げた。
チッとまた団地は舌打ちをする。
いぐさや周りの不良達がそこまで驚くのには理由があった。
それは、団地がこの地域で最強の不良と言われる所以。
今まで団地は一度も喧嘩で怪我などしたことはなかったのだ。