6、少女と不良3
「ここら辺に人を燃やして灰にする場所はありませんか」
「………は?」
「お母さんにこれを届けないといけないから。」
「…………………」
「…………………」
…………………………。
咲はまたしても困っていた。
自分は目の前の黒髪の男に話し掛けたハズなのに、男は一切返事をしてくれない。
ただ、こちらをジッと見ている(睨んでいる)だけだ。
そして、咲も男をただジッと見上げる事しかできない。
そんな二人の無言の応酬に、咲の頭に突如として大きな不安がよぎった。
もしかしたら、言葉が通じていないのではないだろうか。
髪の毛は黒いが、この目の前居る男は実は中国人かなにかで、自分の言う事を理解できていないのかもしれない。
咲の頭の中に、先月国際交流と称して小学校にやってきた中国人の先生の姿がフワフワと浮かんでは消える。
彼も、一見自分たち同様真っ黒な髪の毛をしていたが、しゃべり方はどこかたどたどしかった。
目の前の男も、その類なのかもしれない。
黙り込む男を前に、咲は一人果てしない勘違いの迷宮に迷い込んでいた。
そして、その間も、咲と男は無言の応酬を続ける。
表情は一切変わらないが、咲は内心困惑の境地に立たされているのだ。
(どうしよう。私、日本語しかわからない)
そう、咲が己の語学力のなさに本気で悩みだした時だった。
「おーい!そこの、そこの!えっと……こどもー!」
(……………!)
咲は鼓膜に響き渡った突然の大声に振り向くと、そこには真っ赤な髪の笑顔の男が自分の事を見ていた。
「ねぇってばー!団地に一体どーして欲しいのー?おにーさんチョー疑問なんだけど!」
そう、心底疑問ですと言わんばかりの表情で赤髪の男は咲の前まで来て座りこむと、そのままズイと顔を咲の方へと近付けてきた。
そのせいで、ただでさえ大声の赤髪の男の声が咲の耳を攻撃してくる。
咲はジンジンと耳の奥が揺れるような感覚に少しだけ目を伏せると“団地”という固有名詞がするりと情報として頭の中に溶けていくのを感じた。
文脈と状況から察するに、“団地”とは、先程まで自分が見上げていた中国人かもしれない男の名だろうか。
そう、そこまで思考を進め、次の瞬間はたと咲の思考が止まった。
咲は伏せていた視線をゆっくりと上昇させ、男の真っ赤な髪の毛を見つめた。
(髪……真っ赤だ。なのに、日本語喋ってる)
咲は相手の言葉を軽くスルーし、赤髪(=外人)であるにもかかわらず男が流暢に日本語を話す事に対し相当な驚きを感じていた。
咲の中の「髪の色が異なる=外国人」の方程式がゆらゆらと揺らぎ始めた。
そんな、咲の常識の根幹を揺るがす混乱が咲を襲う中、咲の思考はまたしても横道にそれ始めていた。
(きっと、たくさん日本語の勉強したんだ。この人はえらい人だ)
咲の脳内では目の前の赤髪の男は苦労の末日本語を体得した努力の人として認識された。
そうれはもう、すごい勢いで。
そのため、「もー!ムシすんなー!」と叫ぶ赤髪の男を前に、咲は思わず「日本語お上手ですね」 等と口走っていた。
ポロリと零れた自らの称賛の言葉が、どこまでもズレてしまっていた事になど、咲は気付くはずもなかった。
その後も咲と赤髪の男との、とことんズレた応酬は続き、その間ずっと咲の鼓膜は男の騒音と称すべき程大きな声に冒されまくっていた。
(…声おおきい)
そんな、ぼんやりとした感想を抱く咲に、赤髪の男は、どこか困り果てたような表情で顔を歪めると、己の持っていた疑問を吐き出すように大声で叫んだ。
それは、癇癪を起す子供の一歩手前のような表情であった。
「とりあえず、キミがこの団地に何をして欲しいのかってこと!」
そう、赤髪の男に言われて、咲はやっと本来の自分の目的を思い出した。
その瞬間、ぼやけていた不安と孤独が一気によみがえってくる。
(…そうだった。私おばあちゃんを燃やす場所探してたんだ)
そう思い祖母の遺影に目を落とす。
やっぱり祖母は笑っている。
咲は祖母の遺影を見下ろし、自分のすべき事に標準を合わせると、意を決したように唾を飲み込んだ。
聞かないといけない。
家族のいる場所を。
家族に会う為に。
祖母という家族に、最後のお別れを言う為に。
「おばあちゃんを燃やす場所に行きたいので道を教えて欲しいです」
そう、咲が必死に捻り出した言葉に、目の前の赤髪の男はとんでもない事を言い出した。
「おばあちゃんを燃やすって……殺人?!ちょーこぇー!証拠隠滅しちゃう感じか?!」
「…違う」
(しょうこいんめつしちゃうかんじ?)
「え?じゃあ何?おばあちゃん燃やしちゃう系なんでしょ?」
「おばあちゃん自分で死んだ」
(もやしちゃうけい?)
「自殺かよ?!おばーちゃんチョー悩んでた感じ?!んで燃やしちゃう感じか?!」
「……違う」
(かんじ?かんじ?漢字??)
「じゃー何だよー!お前の言いたいことチョーさっぱりじゃん!」
赤髪の男は困ったように、うーんと唸っている。
しかし、そんな事を言われても咲自身相手の言っている事が半分も理解できていので仕方がない。
咲だって困り果てているのだ。
相変わらず無表情だが。
(日本語なのに通じない。……やっぱり外人さんはむずかしい)
同じ日本語を話している筈なのに、全く意思の疎通が図れないこの状況。
咲はとうとう無表情のまま口をつぐむと、どうしようもなく孤独な気持に苛まれてしまった。
意思の疎通が図れないというのは、かなり頭の痛い事態だ。
そして同時に、とても怖い事態でもあった。
その時だった。
「おい、ガキ」
赤髪の男より随分低くて落ち着いた声が咲の耳にすっと溶けて響き渡った。
それは、赤髪の男が発するような、突き抜けるような声ではなく、少しだけ咲の不安を払拭させるような、包み込むような声だと、咲は思った。
それはさっきまでずっと無言だった黒髪の男、団地から発せられていた。
咲が団地を見る。
しっかりこちらを見てくる団地に咲もしっかりと目を合わせる。
「ガキ。てめぇの婆さん死んだのか?」
「……うん」
「今日葬式したか?」
「…うん」
「そん時は母ちゃん達と一緒だったか。」
「うん」
「じゃあ何でお前は今一人でここに居る?」
「……トイレ行ってたらお母さん達居なくなってた。」
「……いや、待て。居なくなるわけねぇだろ。」
団地は少し焦ったように眉を寄せる。
しかし、咲はフルフルと頭を横に振る。
確かに、父と母と弟はいなくなったのだ。
見たことのない車に乗って。
居なくなってしまった。
「みんな大きくて黒い車に乗ってた」
「マジかよ……。んで、お前はその後どうしたんだ」
「ちょっとだけ走って追いかけた。……けど早くておいつけないから歩いた。」
「……じゃあお前は火葬場を捜してる途中に迷子になって…ここに居るわけか。」
「かそうば?」
「……婆さんを燃やす所だ」
そう、団地の口から発せられた言葉に、咲は先程までの言いようのない不安が無くなり、その不安の輪郭かはっきりと見えてきたような気がした。
名もない目的地に、名前ができた。
ただ、それだけなのに咲の中の不安がモヤっとした大きな霧のようなものから、大きな誰も居ないまっすぐな道に開けたように思えた。
「そうなんだ。……じゃあ多分私かそうばに行かないといけない」
「…そうか」
「…あの、かそう「いっとくが俺は火葬場の場所なんか知らん」
咲が言い終わる前に咲の言葉は団地によって遮られた。
その言葉に、咲は静かに目を瞬かせる。
そうか、この団地という男の人も場所までは知らないのか。
そうなのか。
咲の小さな期待は一気に萎む。
「…わかりました。…あの…………ありがとうございます」
「…………」
「私、かそうばさがします」
そう言ってぺこりと頭を下げると咲はもと来た道を戻ろうと団地に背を向けた。
道はわからないが、相手は知らないと言っているのだから此処に居ても仕方ない。
咲は早く家族に会いたかった。




