3、少女と不良1
「(ここ…どこだろう)」
咲を忘れて走り去った霊柩車(というか家族)。
それを懸命に走って追いかけた咲だったが、悲しいかな咲は根っからの運動音痴。
小学校の運動会でも5年連続最下位という不名誉な記録を更新中の咲は、8秒程走った後、早々に走るという行為を諦め歩くことに専念した。
そうして、ひたすら適当に歩いている間に咲の周りの風景は最初とは大分変わっていた。
大通りに面し活気に溢れた風景はいつしか細く薄暗い裏路地へと変わり、周りには咲以外の人は見られなくなった。
人を燃やすならばきっと人通りが少なくて広い場所に違いないだろう。
咲はそう思い敢えてこのような道を選んでいた。
咲は本気でそう考えていた。
葬式初体験の咲の中の火葬のイメージは、去年の夏にキャンプでおこなったキャンプファイヤーのような大きな炎の中に祖母の死体を放り投げる、という何とも単純かつ恐ろしいモノだった。
「(もっと奥に行けば……大丈夫。……たぶん)」
そう思い、咲はさっさと奥へと進んで行った。
その思考に根拠など、まるでなかったが。
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「……ったく……ハァ。大河の奴ら……ちょーし……ハァ…こきやがって」
「そーカリカリすんなよ道本!今日のでだいたい半分くらいはぶっつぶしてやったしー!なー!団地!」
「……うっせー、いぐさ。耳元で騒ぐな。オメーの声は公害だ」
「ひでーよ!団地ちょーひでー!俺ちょー傷付いたー!団地がオレの事ちょーイジメる!」
「……だからうっせーっての」
咲が火葬場を探しているのと同時刻。
咲のさ迷っている裏路地の最も奥では、ある不良集団がたむろっていた。
その数、おおよそ20人程度。
彼らは所以、学校の問題児という言葉がピッタリと似合う集団であった。
茶髪に金髪、果ては赤髪。
そんなカラフルな頭をひっさげた彼らは、体中ぼろぼろであったがどこか満足気な表情を浮かべていた。
「でもさー、この勝利に湧いた喜びの気持ちをテンチョーにも教えたかったなー!なぁ?道本!」
この不良軍団で最もやかましく声を張り上げて喋りまくる堀田 いぐさ(ほりた いぐさ)は笑顔で後ろを歩いてくる男に向かって話かけた。
その顔は本当に無邪気な笑顔で彩られており、彼の頭が真っ赤な髪色に染められていなければ、きっと誰もその拳で多くの不良をなぎ倒す少年だとは思いもしないであろう。
それほどまでに、彼の笑顔は邪気のかけらもないものだった。
「………ん?ハァハァ……あぁ、まぁ……な。つか…やっべ…目ぇ霞んできた。」
そんないぐさを前に、フラフラとおぼつかない足取りで頭から腕から足からと大量に血を流す十研橋 道本は体の両脇を仲間から支えられやっとの事で歩いていた。
正直、一般人であればすぐに110番するであろう出血量であったが、血を流す本人も、そしてそれを支える仲間たちも、全く気にした様子はなく誰もかれもが、その状況を日常として受け止めていた。
それほどまでに、道本の大量出血は全く珍しいものではないというのが、その状況から見て取れた。
「前から思ってたけど、道本っていつもちょー血ぃ出すよな!ウケるー!」
「ウケてんじゃねぇ!?……ハァ…だいたい今日のは…テメェが倒した奴らを……見境なく放り投げっからこうなったんだろーが?!あ゛ぁ?!こっちはそれ避けながらヤって……たんだっつーの!」
「あはは!道本避けきれてねーじゃん!」
「殺すぞ!テメェ!……ハァ……ハァ」
「あはははは!道本死に損ないじゃね?!さっき通ってた霊柩車についでに乗せてってもらえばよくね?!」
あははは、と最高に悪気なく笑ういぐさに道本は青筋を立てながらも無視を決め込む事を決めた。
これ以上、いぐさに付き合う血液量的余裕は一切なかった。
それはもう本当に。
道本は霞む意識の中、ここでいい、と脇を支えて居た仲間に告げると、ドサリとその場に座りこんだ。そして、その瞬間ギリギリ保たれていた道本の意識はふっと綺麗に落ちた。
そんな状況もいつもの事なのか、誰も何も触れる事はなかった。
意識を失った道本にいぐさは「ちぇー」とどこかつまらなそうに口をとがらせると、自分の定位置であるドラム缶の上に飛び乗った。
そこは、高いところが好きないぐさの定位置であった。
そして最後に、ノロノロとどこか憂鬱そうに歩いていた柏原 団地が一番奥の放置されたガレキの鉄筋の上に腰をおろす。
最も気だるげでやる気の欠片も見えない彼こそ、この大岐街一帯をシメる不良集団のリーダー的存在であった。
しかしそれは本人が望ん事ではない。
ただ団地の持つ化け物じみた強さに周りが、勝手に彼をリーダーとして祭り上げているに過ぎなかった。
そうでなければ、面倒くさがりの団地がリーダーなどするはずもない。
なにせ、そのうち息をするのも面倒だ、などと言い出すのではないかと仲間内でひそかに囁かれている程だ。
それ程までに、団地の無気力さ彼の性格の根幹を司っていた。
二言目には「めんどくせぇ」
これが団地の基本スタンスだ。
しかし、そんんだ団地に大勢の人間がつき従う。
「めんどくせぇ」という彼の根幹を霞ませる程の力を団地はその拳に宿していた。
故に、団地の周りには人が集まる。
本人が望むと望まざるとに関わらず。
団地を囲む大勢の、世間からは“外れ者”と呼ばれるような若者たちは団地の強さに憧れを抱いているのだ。
そうして出来上がった、この若者たちの集団。
そんな中、先ほどの二人。
いぐさと道本はそんな集団が出来る前から団地とつるんで居た、言わば幼なじみのようなものであった。
そんな彼らの1日は喧嘩で始まり喧嘩で終わる。
昨日も喧嘩。
今日も喧嘩。
明日も喧嘩。
それが彼らの喜びであり、当たり前の“日常”でもあった。
しかし、そんな彼らの日常に小さな非日常が一歩一歩近づいている事にこの時は誰も気付いてはいなかった。