10、少女とバカ
(……かっこいい)
咲は目の前にあるバイクをひたすら見つめていた。
それは、先程緑色の髪の男が素早く持って来た団地のバイクだった。
咲は一歩だけバイクに近付いてみた。
真っ黒なフォルムで全体が覆われているが、それはとてもシンプルで団地にはとても似合うだろうと咲は思った。
(……すたいりっしゅ)
そう、咲が無表情ながら一心にバイクを観察している間、その脇では団地とパシリから帰って来た緑色の髪の男が話していた。
「んで、火葬場の場所は?」
「はいっ!店員の話によると火葬場は木佐木方面で………あ、線路越えた先だそうっす!」
「線路越えた先って……アクアスん家の近くじゃねーか」
「は?」
「いや、何でもねぇ。助かった」
「いや!団地さんのお役に立てて嬉しーっす!」
そう言うと緑髪の男はキラキラと目を輝かせた。
もう団地の為に動ける事が光栄で、しかも団地に話しかけてもらえるのも光栄で、更には団地に褒めてもらえるなんて、なんたる光栄の至り。
そう、輝く目が物語っていた。
故に、その輝く目に団地は一歩引いた(精神的に)。
団地は全くやる気のないリーダーであったが、回りの不良達からは心底慕われているのだ。
無口で無表情。
普段はあまり表情を表に出さないソレが、不良達からはクールでいかなる時も動揺などしないどっしりしたリーダー像として映るらしい。
それもこれも、実力が伴っているが故の周りからの勝手なイメージなのだが。
まぁ、団地にとってはそれすら面倒……というか苦手な感情なのである。
そんな団地と緑の髪の男の隣で、咲は一心にバイクを見ていた。
すると、咲の座っている場所にふわりと影がかかった。
「おーいっ!キミ何そんなにバイク見てんのー?」
影と共に咲に向かって放たれた声に、咲は静かに顔を上げた。
すると、いつの間にか咲の隣にはかいぐさが座りこんでいた。
「……かっこいいから」
「あぁね。団地のバイク、チョーシンプルだけどチョーカッコイいもんねー!」
「うん」
「ねー!」
「……」
咲は無言でバイクを見つめる。
そんな咲の姿を、いぐさは今までの元気の良い表情から一転して、どこか落ち着いた静かな雰囲気で見つめていた。
「団地はどうしてキミにはチョー優しいんだろうね?」
いぐさの先程とは少し違う声色に、咲が隣を見る。
するとすぐ目の前にいぐさの顔があった。
「(………びっくりした)」
「あれー?やっぱ全然驚かないんだねー」
内心けっこう驚いている咲に対して、いぐさはざんねーんとガックリ肩を落としてみせた。
咲はそんないぐさに対して自分の心臓がドキドキとうるさく鳴るのを感じながら、ゆっくり息を吐いて口を開いた。
「……びっくりした」
「そうなの?わっかんないなぁー!キミ!」
そう言うといぐさはニッコリこちらに笑いかける。
「……………」
咲が無言でいぐさを見ていると、いぐさはゆっくり目を伏せ小さく呟いた。
「けどさー、キミはぼんやりさんだけど、人の事ちゃんと見てるよね?」
「……わかんない」
「チョー見てるよ。だって団地の怪我の事だってさーオレら今日ずーっと団地と一緒だったのに全く気付かなかったんよー?」
ヘラヘラ笑いながら、ねー?とこちらに対して同意を求めてくるいぐさ。
しかし咲がチラリと横目に見たいぐさの手は一心に握りしめられ、微かに震えていた。
握りしめ過ぎて、その手は色を失いつつあった。
そんないぐさの姿を見て、咲はなんとなく理解した。
「(……この人は、くやしいんだ)」
咲が直感的にそう思うと、隣に座っていたいぐさがつらつらと話し始める。
「オレと団地と道本は、キミくらいん時からの友達でね。あ、でも、道本と団地はもっとちーさい時からの友達なんだよ?」
「……うん」
「だからね、オレらはチョー付き合い長いんだよ?なのにさー、あんな怪我ひとつ気付かないなんてさー!オレらチョーにぶちん!ばか!」
いぐさは笑いながら話し続ける。
ばかばかばか。
笑いながら馬鹿め!と叫ぶいぐさに咲は少しだけ目を伏せた。
「(くやしくて、腹が立ってるんだ)」
友達の怪我に気付いてあげられなかった自分自身に。
そして。
「でもさー!団地も言ってくれればいいのにねー!そんなにオレら頼りないかー?」
弱音を吐いてくれなかった団地にも、いぐさは腹を立てている。
笑いながら、でも内心腹を立てるいぐさは、喋りながら少しずつ視線を下げて行った。
「(でもくやしいよりも……もっとたくさん――)」
「けど、あんな怪我にすら気付かないなんて、やっぱ団地にとっちゃオレ達なんて、ちょー役立たずだよな!っていうか!オレら友達って思われてんのかすらチョー微妙だし!」
「(――……悲しいんだ)」
確かに、いぐさは笑っている。
けれど。
怪我を見た時のいぐさの反応が、
握りしめられた拳が、
落ちて行く視線が、
いぐさの悔しさと悲しみを表していた。
ずっと一緒だったのに気付けなかった自分が悔しくて。
なのに自分達を頼ってくれなかった事が悲しくて。
だから不安になる。
友達だと思ってるのは自分だけで、
相手はそう思ってくれてないんじゃないか、と。
「………………」
咲は無言でいぐさを見つめる。
いぐさの行動の端々に滲みでる、いぐさの本当の気持ちを掬いあげながら。
「おーい!何か言ってよー!俺が一人でお喋りしてるみたいじゃん!チョー寂しいんだけど!」
「……大好き」
叫ぶいぐさに突如として向けられた言葉に、いぐさは一瞬めをパチリと瞬かせた。
「…は?!告白?!」
「お兄さんはお兄さんが大好き」
「……は?!どこのお兄さん達の話?!なんかそれチョー怪しげな本のキャッチフレーズみたいよ?!」
困惑するいぐさに対して咲は少し考え込むと、いきなりいぐさを指差した。
どう言葉にすればいいのか、口下手な咲にはわからない。
けれど、咲は目の前のこの真っ赤な髪の高校生に伝えようと必死に考えた。
だから、人を指さしてはいけないと先生に言われていたが、咲は小さな指を必死に伸ばした。
「お兄さんは」
次に、未だに緑髪の男に捕まり顔をひきつらせている団地を指差す。
「お兄さんが」
そしてジッといぐさの視線に目を合わせる。
「大好きなんだね」
「………オレが団地を大好き?」
ぽかんとしながらいぐさは確かめるようにゆっくりその言葉を繰り返した。
「うん」
「…………」
いぐさは団地の方を向いて考え込むように手で口元を覆う。
その間も、その目は大きく見開かれパチパチとせわしなく瞬きをしている。
「…………」
そして、またゆっくり咲に視線を戻した。
咲もジッといぐさの目を見る。
「そうだなぁ……うん多分…いや…絶対……」
ジッと見つめる咲にいぐさはニッコリと笑った。
「オレ団地がチョー大好きなんだわ!」
「うん」
「そんで、オレ道本もチームの奴らもチョー大好きだわ!」
大好きだー!と無邪気に笑ういぐさに咲は「それでね、」と言いながら今度は団地を指差した。
「お兄さんも」
そして次に咲は笑顔のいぐさを指差す。
「お兄さんが、」
咲はそこで一呼吸置くと、ハッキリした声で言い放った。
「大好きなんだよ」
その言葉にいぐさは驚いたように咲を見つめる。
何を言い出すのかと思えば。
いぐさは咲の言葉を頭の中で、しっかりと整理しながら団地と咲を交互に見ていた。
「…………マジ?」
「うん」
「………ほんとに?」
「うん」
「怪我したの気付かないような仲間なのに?」
「関係ない」
「団地はちゃんとオレらの事友達だと思ってんのかな?」
「大好きだよ」
「………そっか」
そう言うと、いぐさは今まで見せたニコニコ笑顔とは全く違う静かな笑顔で微笑んだ。
しかしその笑顔は一瞬で消え、またいつもの笑い顔に戻った。
「……あんがとね!キミが言うとちょー信じられるわ!なぜか!」
そう、咲の言葉に根拠なんてない。
どこをどう見てそう思ったのかわからない。
けれど、いぐさは咲の言葉がすんなりと自分の中へと入りこんでくるのを感じた。
「だって…ほんとの事」
「あはは!オレ、キミの事も今、チョー好きになった!」
そして、いぐさはグシャグシャと咲の頭を撫でた。
「キミチョー不思議!」
「……うん」
「けど好き!」
「うん」
あははは!と笑いながら、いぐさは先程まで拳を作っていた手で咲の頭をひたすら撫でまくっていた。
その手はポカポカと暖かくなっていた。




