第8話 「給料日の基地」
@北海道共和国U109歩兵団基地―女湯
9月4日北海道標準時刻1805時
国分ライコ 中尉
「なにかが変わる気がした~何も変わらぬ朝に~いつもより少しいい目覚めだぁった~人差し指でさ~しめすのは、未来~」
風呂の湯船に浸かりながら少し前の歌を唄う。自分にとっては出撃後のアイスと並ぶ至幸の時間だ。
「あ、ライコさんいたの?」
「ええいますよ。現在進行形で。」
すると、浴場の扉が開き、ナイエが入ってきた。
ナイエはシャワーで体の汚れを軽 く落としてから湯船に入ってくる。
「……すごい傷ですね。」
ナイエの背中には斜めに大きな傷が入っていた。
「……昔、大怪我をしてね。そのときの傷なの」
「…そうなんですか。……ところで、最近、少佐の様子が少しおかしいと思いませんか?」
すると、ナイエが珍しくしんみりとした表情で答えてきたので、話題を切り替える。
「たしかにそうかもね。どこかぼんやりとしてるわね」
「少佐がぼんやりとしているのはいつものことではありますが、なんか注意力散漫な感じがするんですよ」
「それもそうね。確か、この前ビームを至近距離で受けた後からね」
「なんか脳に影響でもあったのでは?」
「ただ単に自信を失っただけじゃあない?」
「いや、ナイエさん。少佐に失うような自信があるかあやしい気がするんですが」
「いや、ライコ。人は見かけだけでは分からないものよ」
「そんなものですかね?…自信を失うのと考え込むのは関係ない気がしますが」
「あるいはもっと強くなるための方法を考えているだけかもね」
「だとしたら新しい訓練メニューを考えているとか」
「なら本当に訓練好きね」
「いや、それナイエさんが言えたことじゃないと思います。」
「そうかしら?」
「ええ」
「まぁ、訓練は大切だもの」
「いやだからそれが訓練好きなんですよ……っと。そろそろ出ますね。電気よろしくお願いします」
「解ったわ」
「あ、」
『女湯』の暖簾をくぐって廊下に出ると、ちょうどノリヒサが男湯から出てきたところだった。
いつもなら「やぁ」の一言ぐらいは来そうなものだが、ノリヒサはまったく気付かずに歩いていく。
普通に声をかけるのもなんとなくつまらないので、ノリヒサのすぐ後ろにこっそり近付き…
「わぁっ!!」
「ぶわぁっ!!」
いきなり飛びかかってみた。
すると、ものすごく驚いた声が飛び掛かられたノリヒサではなく、その先の食堂の出口から聞こえてきた。
「ライコ以外に大胆だね。」
後ろから押し倒されたノリヒサは無表情、無言で立ち上がり、面白そうな顔をしたシデンコが角から出てきた。
「ドッキリだよ!!」
「だよね~」
とりあえずシデンコに反論しておくと、シデンコはさらに面白そうな顔をした。
「で、どうしたの?シデンコが書類持ってるなんて珍しいね」
「あ?これ?書類じゃなくて給与明細だよ。」
「あ、そんな時期か」
航空機動歩兵の給料は基本的に毎月、本人の銀行口座に振り込まれる。
基本的に階級が上がると給料は上がるのだが、同階級でも給料は航空機動歩兵>陸上機動歩兵>一般兵らしい。まあ死ぬ順番的にもそうではあるが。
あとは過去の戦績とかで給料が上がったりもあるらしい。よく知らないけど。
「そういえば少佐は月給いくらぐらいなんですか?」
「な、何?」
「いや、月給いくらぐらいなんですか?」
ふと思い付いてぼんやりとしていたノリヒサに質問してみるとなぜかどもってからから聞き返された。
「げ、月給?い、いくらぐらいだろ?わわわ分からないなあ」
「「え?」」
「使わないから」
「そりゃまた……じゃあ、今までの給料は全部残っているんですか?」
「制服と作業服を買ったから全部ではないけど、かなり残っているはず」
「親への仕送りは?」
「仕送り?仕送りは………」
「ぶぇっくしょぉぃ!!」
「大丈夫か?」
「ライコ?大丈夫?」
「えぇ、大丈夫です。湯冷めしただけだと思います」
「そうか。じゃあ当たり前のことだが暖かくすればいい。あと、夕食は1900時からだからな」
「了解です」
ノリヒサはそのまますたすたと歩いて、2階へと続く階段を昇っていってしまった。
「……で給料はいくらくらいなんだろ」
「あ、聞き損ねた」
@北海道共和国U109歩兵団基地―自販機コーナー
9月4日北海道標準時刻2006時
国分ライコ 中尉
チャリン
ガチャン
自販機の釣り銭取り出し口にお釣りが排出され、商品取り出し口に『いろはす(みかん味)』が出てくる。
釣り銭取り出し口から50円玉を取って財布にしまい、それからいろはすを出す。
蓋をあけ、飲み口に口をつける。
そのまま呷ると、適度に冷やされたみかん風味の天然水が軽やかに喉をかけ降り、口のなかにみかんの爽やかな甘味が広がる。
「こんばんは」
すると、入り口のほうから声をかけられ、振り向くとフタコが立っていた。
「やぁ。射撃訓練?」
「え……えぇ。私、中距離以上は苦手なので…」
恥ずかしそうにもじもじするフタコ。
「いや、フタコは十分中距離射撃も上手いと思うよ。それに私、近距離になったら6式多用途短剣を構えるかMG42改撃ちながら逃げるぐらいしか出来ないし。近距離なんかはかなり苦手だし。…だから鉈でクラックゥと近距離戦闘もやってるフタコのほうが強いと思うよ」
「あ、ありがとうございます……」
大絶賛自信喪失中のフタコを励ましつつ、残りのいろはすを飲み、ペットボトル回収機に投入する。
「あ、すいません…」
フタコががごんがごんとペットボトルが押し潰される音が中から響いているペットボトル回収機の脇のアイスクリームの自販機に100円玉を投入してアイスを購入する。
フタコが購入したアイスは「萌えろ青春!!灼熱の最中アイスクリーム!!第3√3世代(≒5.1961524世代)モナカアイス、ここに降臨!!青春応援価格、100グラムでたったの!!たったの!!150円!!!!!!!!」という漢字が間違っていたり灼熱のアイスって矛盾しているんじゃないかとか突っ込み所満載の名前のアイスだった。
「150円?…あぁ、民間の余剰品か」
一瞬、アイスの値段が違うことに違和感を感じたが、恐らく民間で余剰在庫になっていたのを買い叩いたのだろう。
「ほんと、ここらへんは貧乏軍隊だよな~」
そんなことを呟きながら、自販機コーナーに隣接した射撃訓練場もVSGS(virtual shooting gallery system:仮想射撃練習場システム)という、実弾・ペイント弾いらずの射撃訓練ができるシステムであることをふと思い出す。
あれは確か訓練で使う弾薬を節約するためだったはずだ。資源を節約するために。
似たようなシステムにはVSBS(virtual sham battle system:仮想模擬戦システム)がある。
どちらも、銃の反動も再現されていて完成度が高いシステムだ。必要は発明のご先祖さまってやつか、これが。
なんとなくアイスが食べたくなったので「よう相棒、どんな夜にも朝はくる。驚愕の自律SVTOL方式フリーズドライ強襲揚陸対潜型早期警戒管制輸送爆撃戦闘練習攻撃偵察連絡機!!200円!!機体にはシャークマウスが描かれている。『鮫』という呼び名の由来だ」という最早アイスの商品名なんだかよくわからないアイスを買う。
レドームを搭載し、VTOL性能を実現するためか地面と垂直に設置されたジェットエンジンが20機近く搭載された謎の機体の機首にシャークマウスが描かれているというイラストレーターの謎の本気が伝わってきそうなパッケージを破り、中に入っていたアイスバーにかじりつく。
歯が痛くなりそうな冷たさで舌の味覚が麻痺する。
少し溶かしてからかじりつくと、バニラの甘い香りが口のなかいっぱいに広がる。
「やっぱりバニラは万国共通だな~」
こんなことをしていると、ここが最前線であることを忘れそうになる。
しかし、やはりここは最前線。わずかなミスが命を落とすきっかけになるのだ。
だからこそ、いまある幸せはしっかり味わう。目の前のご馳走は食べるのだ、いつ死ぬかわからないのだから。
それが兵士だ。自分は士官だが、機動歩兵は結局、歩兵なのだ。