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妹と兄達



 ――私が本当のお兄様だよ!


「……え……?」

 ヴァルキュリア王太子ノエル・エディーラ・ヴァルキュリアは、確かにそう叫んだ。

 当然、ルイーズはわけがわからない。

 ノエルは、隣国の次代の国王であり、ルイーズを第三夫人によこせと要求してきた人物だ。

 そんな彼が――本当の、兄?

 どう反応していいのか分からなくて、途方に暮れたルイーズはノエルに抱き竦められたまま首を巡らした。

「父様……」

 すぐ側まで来ていた父に向かって、手を伸ばす。

 リュセット公は普段は温和な顔に、今は少しだけ痛ましさを浮かべてルイーズを見ていた。

 そんな父の姿に、ルイーズの心には不安が大きく広がっていく。

 続いて、縋るように兄クリスに視線を向けると、彼は俯いて床を睨みつけていた。

「兄様……?」

 クリスとルイーズは、腹違いの兄妹である。

 それは、ルイーズも元から知っている事実だった。

 ルイーズの母の名を、ルメリア・ディア・リュセットという。

 彼女は、リュセット公アドバーグ三世の後妻として城に嫁ぎ、十九歳でルイーズを生んだ。

 その当時八歳だったクリスは、穏やかな継母を姉のように慕い、妹の誕生をそれはそれは喜んだものだ。

 クリスの生母は、とうの昔に亡くなっていて、ずっと寂しい思いをしていたのだから。

 母ルメリアは元々病弱で、今から十年前に病で儚くなってしまったが、リュセット公家は今も昔も深い家族愛に満たされた、温かい家庭であった。

 しかし――ルイーズは知っている。

 母が、リュセット公に嫁ぐ前の経歴。

 ルメリアは十六の歳で、隣国ヴァルキュリアの国王フランル・エディータ・ヴァルキュリア――王太子ノエルの父親に、第三夫人として嫁いでいたのだ。

 しかし、類稀なる美貌ながらも大人しい性格だったルメリアは、後宮の中で辛い思いをして精神的に疲弊し、見兼ねたヴァルキュリア国王が彼女を解放した。二年余りで離縁というのは、非常に異例なことだ。

 そうして、祖国に戻されたルメリアは、公家に手厚く保護され、間もなくリュセット公と再婚することになったのだった。

「父様……っ! とうさま、とうさま、助けてっ……!!」

 ノエルが言うように、彼がルイーズの本当の兄だと言うのならば、父は――

 どっと押し寄せた不安と恐怖に、ルイーズの頭の中は真っ白になり、悲痛な声で父公に向かって助けを求めた。

「ルイーズっ!!」

 もちろん、リュセット公は娘を取り戻そうと手を伸ばすが、がっちり抱え込んだノエルが放さない。

「ノエル君、ルイーズを放しなさい。何も知らない娘を、これ以上混乱させないでくれ!」

「いやですっ! やっと会えたのにっ……やっとこうして触れられたのにっ……!」

 リュセット公とヴァルキュリア王太子によるルイーズの取り合いで、その場は一時騒然となった。

 皇太子クリスは二人を止めるどころか、父に加勢しようとする有様だし、王太子の護衛騎士であるアルクはあまりの展開に戸惑うばかり。

 そこで動いたのが、ずっと王太子の背後で笑みを浮かべて控えていた、彼の側近だった。

 アルクに似た亜麻色の髪の青年は、にこにこしたまま主の真後ろまで近付くと、おもむろに拳を振り上げ


 ――ゴチンッ!


 ノエルのブロンドに包まれた脳天に、容赦なくそれを振り下ろした。

「――った……!」

 ちかちかと目の前に星が飛んだノエルは、思わずルイーズを抱く腕が緩み、その隙を見逃さなかったリュセット公に彼女を奪い返されてしまった。

 そうして、頭を抑えてその場に踞った王太子に構わず、その側近の男は目を丸くしたルイーズ達に向かって言った。

「いやあ、どーもすみません。こんな、ケダモノのような殿下で。普段は人畜無害なんですがねぇ」

「……」

 返答に困ったルイーズが、彼らの後ろに佇むアルクに目を向ける。

 すると、彼は今度はほっとしたような顔をしていた。

 ヴァルキュリア王太子の側近の、主を主とも思わぬ手荒い扱いが、かの国にとっては珍しくもないことなのだと、ルイーズはアルクのその態度で理解したのだった。

 床で悶えるノエルを尻目に、側近の男は上品な仕草でルイーズの手を取り、柔らかな笑みを浮かべて自己紹介をした。

「初めまして、ルイーズ公女殿下。噂に違わぬ可憐さに、我を忘れてしまった主人の気持ちも分からないではないですね」

「あなたは?」

「オルファ・シヴ・エリヴェールと申します、姫。ノエル殿下の一番近い場所に、これまでもこれからもお仕えする者です。どうぞ、お見知りおきください」

「エリヴェール?」

 オルフェと名乗った王太子の側近は、亜麻色の髪と若葉色の瞳の、優しげな紳士だった。

 彼の家名とその容姿にぴんときたルイーズは、扉近くで控えるアルクに再び視線をやった。

 それに気づいたオルフェは、にこりと笑みを深めて彼を側に呼び寄せた。

「私は、エリヴェール公爵家の長男。アルクは弟です。昨日は、彼がこちらでたいへんよくしていただいたそうで……」

 オルフェは隣に並んだ弟の肩を抱くと、リュセット公や皇太子クリスに向かって礼を述べた。

 アルクは兄の傍らで、少しだけ居心地が悪そうにしている。

「アルクの、お兄様……?」

 そんな彼らを見比べて、ルイーズがぽつりとそう漏らす。

 すると、それまで穏やかな雰囲気を纏っていたオルフェが一変し、ぐわしっと彼女の両手を掴んだかと思うと、「――いいっ!!」と叫んだ。

「姫っ、今の“お兄様”っていうの、もう一回お願いします! うちにも二人妹がいるんですがねぇ、そんなに可愛く呼んではくれないのですよ。ねっ、ねっ、姫。もういっかい!」

「――オルフェっ! そのいやらしい手を離せ! ルイーズは私の妹だぞ。図々しいにもほどがあるっ!」

「ルイーズは私の妹ですっ!!」

 とたん、それまで足元で頭を抱えていたノエルががばりと立ち上がり、側近からルイーズの両手を奪い取って叫んだかと思うと、さらにクリスが参戦してその手を引き剥がした。

「……」

 ぎゃあぎゃあと、いい歳をした大人の男が三人団子になって、やかましいったらない。

 どさくさに紛れて彼らから逃れたルイーズは、呆れたようにため息を吐く父公にしがみついた。

 揉めている男達の向こうに、唖然とした様子のアルクを見つけた。

 彼はルイーズと目が合った瞬間、実に申し訳なさそうな顔で会釈した。

 ルイーズは混乱しながらも、アルクを見ていると何故かほっとする自分に気づいた。




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