第一話 あの夏の少女
この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません
「きみ、この辺の子?」
真夏日和、蝉の声も静かなほどの灼熱の中、いくらか涼しい木々生い茂るひとけのない神社の木陰に佇む、麦わら帽子に半袖の白いワンピース姿の長い黒髪の少女が少年に透き通るような声で話しかけた。
少年は水色で無地、左の胸元にポケットのついた半袖Tシャツにカーキの短パン、背には青地に黒のラインが入った薄い箱型のバッグを背負っている。猛威を振るう太陽から少しでも逃れるために、神社の境内を突っ切って塾の夏期講習に向かうところだ。
少年はやや緊張した面持ちで答える。
「そうだけど」
「じゃあもしかして、そこの上の小学校?」
「うん」
「わたしもそうなんだ。学年は?」
「五年生」
「わあ一緒、わたしも五年生なんだ」
「一度も見たことないんだけど」
「見たことない?そりゃそうだよ、夏休みに入ってから引っ越してきたんだから。二学期からよろしくね」
「よろしく、それじゃ僕急いでいるからもう行くね」
と言って少年は駆け出した。
「うん。いってらっしゃーい」
チラリと後ろを振り向くと、少女が大きく腕を振っていた。その揺れ動きの中で一層目立つ胸元の膨らみから目を逸らし、少年は振り払うように逃げて行った。
次の日も白いワンピースの少女は同じ場所、同じ頃にいた。この日はグレーの曇り空でいくらか暑さもマシだった。
「今日もここにいるんだ」
「うん。わたし引っ越してきたばっかで友達とかいないから」
「あー、今日は塾があるけど明日はないから明日も来るよ」
「ほんと?それじゃあ明日待ってるね」
その次の日も少女はいた。シトシトと降る雨の中、水彩絵の具を広げたようなパステルカラーの傘を差し、また同じワンピースと麦わら帽子の姿で少年を待っていた。
「ごめん、雨の中待たせて」
「ううん、大丈夫。この下だいぶ雨宿りできるから」
深緑の木々の下は幾重にも重なった広葉樹の葉に遮られ、ほとんど雨も降ってこない。わずかに落ちる雨粒を避けるために傘を広げているのだ。
「それならよかった。えっと、きみ名前は?」
「わたしユウ、あなたは?」
「僕はイツキ。それで、雨だけど何する?」
「ここで話そ。怪談を」
雨降りでもさして変わらない体感温度が、一段と下がったような気がイツキはした。少し濡れた服がやけに肌寒い。
「イツキ、このあたりの怪談何か知ってる?」
「知らないなあ、理科室の骨格標本が夜になると動くとか、そういうのしか」
「わたし怪談を集めるのが好きで、いくつかネットで見つけてきたの。聞いてくれる」
目を輝かせ、イツキよりも十センチは高い背を折って前屈みになり、
「この神社を出て右にまっすぐ行ったところにある公園、自然豊かで結構広いよね。そこでね昔こどもが、たぶんわたしたちよりもいくつか下の子が行方不明になったんだって。小さいこどもが迷い込んだら見失っちゃうくらいには鬱蒼としているもんね。それでね夜になると出るんだって、今でもその迷子の子が。夜ジョギングしてた人が見かけたんだ。っていう話なんだけど、どう思う」
イツキはその異様な雰囲気に気圧されながらも思った疑問を口にした。
「その、ジョギングしてたって人は、なんでその行方不明の子ってわかったんだろう。何か普通のこどもとは違ったのかな?」
「たしかに。単に夜遅くまで遊んでいる子かもしれないもんね。それじゃあさ、わたしたちで見に行かない?夜、その公園に」
「夜にこどもだけで出歩けるわけないでしょ」
とここまで言って思い出す。
「いや夏祭りがある。ここの近くの中学校のグラウンドで毎年屋台が並んで盆踊りする夏祭りがあるんだ。それも明後日」
「その時なら友達と遊ぶからって言って出てこれるんじゃない?もう五年生だし」
「うんそうする。マ、親に話してくる」
「うんわたしもそうする。それじゃあまたね」
そうして二人は神社から出て別々の道に手を振って別れた。
二日後の夜、地域住民が祭りへと向かい夜道にも賑わいが溢れる中、イツキとユウは公園へと向かった。
点々と立ち並ぶ街灯に照らされた公園にはひとっこひとりいない。光の届かない木々の奥は外からは全く様子がわからない。
「誰もいないね」
「うん、でもここに出るんだよね」
「ネットで見た話ではね。手分けして木の裏探そっか」
「いやー。一緒に探そう」
「そうしよっか」
草木を掻き分け覗き込む。薄暗い自然の中でもこどもがいれば流石に気が付く。遠くから盆踊りの太鼓が響く中、二人は行方不明になったというこどもの姿を探し続けた。ガサガサドンドンガサドンドン、こどもの姿はどこにもない。
やがて公園中を探し尽くした。
「やっぱりいないね」
「そうだね、ちょっと休憩しようか」
ユウは街灯の下のベンチを指差した。
ベンチに腰を下ろした途端、イツキは全身の力が抜けたような気がした。
「イツキ、緊張していたね。怖かった?」
「いや」
声が上擦っている。
「ふーんじゃあビビリじゃないって証明してよ」
「ど、どうやって?」
ユウはケラケラ笑い出すと、イツキの手を取りこう言った。
「前から思ってたけど、私の胸、おっぱい気になってるでしょ。触ってみなよ」
「へ?いやいやいやダメでしょ」
「ダメってことはないでしょ。仮にダメだとしてもうダメなことしてるじゃん。親に嘘ついて夜遊び。ちょっと触るだけでいいんだよ、ブラだってしてるし。ほーら」
と掴んだ手を引っ張りユウは胸元に引き寄せる。意外と強いその力に抵抗むなしく手が触れた。
「ひあっ」
「ビビりすぎだって、何にもないじゃん」
ふと道から話し声が聞こえてきた。
「お、お祭り終わったっぽいし、そろそろ帰らないとまずいかも」
「ん、そうだね。それじゃあ帰ろっか。また会える?」
「いやーお盆は用事あるから、夏休み明けかも」
「そっかそれじゃあ学校でね」
「うん」
二人は公園を出て「バイバイ」と手を振り別れた。
それからの日々、イツキは悶々として過ごした。夏休み明け何事もなく話せるだろうか。祭りの夜のことを言いふらされたりはしないだろうか。祖父母の家に帰る車の中でも、お墓参りでも向こうでの滞在中でも、いつだってこの懸念はイツキに付き纏った。
新学期、日焼けた同級生たちが思い思いに夏の思い出を語る中でも心中それどころではなかった。
幸い自分のクラスに転校生はなかったが、このまま放置しても長引くだけ。休み時間に意を決して他のクラスを訪ねて転校生について聞いてみても誰もいないという。先生も「転校生?5年生にはいないよ」と答えた。
ユウが通う学校を間違えていたのだろうか。
塾に行く際神社の境内を通ってもユウはいない。塾で転校生がいなかったかと尋ねても、ユウなんて女子はいないという。
イツキは気もそぞろに授業を受けながら考えた。幽霊について楽しげに話していた少女こそが幽霊だったんじゃないだろうか。よく考えると毎日白いワンピースなのもおかしい。
日が経って夏が終わり短い秋が過ぎ、冬になってもこのことが忘れられない。転校生について尋ねた以外は、誰にもユウのことを話していない。
あの夏の少女はなんだったんだろう。
机の上で鳴り響くスマホのアラームを無視して、冷房の効いた部屋で掛け布団に包まる女は、去年の夏のことを思い出していた。
イツキ君ウブだったな。ビビリなのに無理して心霊探索来ちゃって、可愛かったなあ。私のこと思い出に残ってくれたかな?
女はユウだ。夏休みに小学生のフリをして、神社や公園に出没し、ひと夏の思い出を作っている。去年で八年目だ。高校生の時に始めた遊びは成人した今でも続いている。もちろんユウは偽名だ。
ユウは上半身を起こすと、掛け布団を脱ぎ捨て下着姿を露わにしベッドから飛び降りアラームを止めた。いそいそと朝の支度を終え、クローゼットを開きハンガーに掛けられた衣服を取り出す。ごく一般的な成人服の中に、3着の白いワンピースが並べられている。毎日着続けるためだ。
ワンピースを身に纏い麦わら帽子を黒髪に被せ、鏡の前で表情を作る。
今年も小学生にギリ見える。大丈夫、小学生だって言い張れば子供騙しにはなるはず。
そう自分に言い聞かせ、白いスニーカーを足にする。靴下もくるぶし丈の白いものだ。横に置かれた普段使いの黒いローヒールと並ぶと、背伸びした子供らしさが際立つ。
扉の外は眩しいほどに明るく思わず目を細める。まだ朝の心地よいあたたかさに身を委ね一歩足を踏み出した。




