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魔導犯罪対策特務課シルフィエルの憂鬱~1千年を生きたダークエルフとぬいぐるみとなった王女の物語~  作者: にんじん
光の王女と影の王子

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勝利宣言

 誰もいない静寂の部屋で、親友の悲劇に怒りで大粒の涙を流し、ピンクのぬいぐるみを抱きしめ続けるシルフィエル。すると、抱きしめられていたうさぎのぬいぐるみが、短い手足をモゾモゾと動かし、シルフィエルの頭を小さな手で優しく「ナデナデ」とし始めた。


「泣かないの、泣かないの。痛いの痛いの飛んでけー!」


 無邪気で温かい、少しおてんばな声がシルフィエルの耳を震わせる。その魂の変わらない優しさに触れた瞬間、シルフィエルの目から涙が止まった。悲しんでいる場合ではない。今、自分がすべきことは泣くことではなく、彼女を守り、犯人を引きずり出すことだ。シルフィエルは涙を拭い、激しい決意と共に覚悟を決めた。しかし、エレオノーラに「あなたは暗殺されて魂を移し替えられた王女だ」と今告げるのは、精神的な負担も含めて時期尚早だと、彼女は判断する。シルフィエルはぬいぐるみを真っ直ぐ見つめ、静かに嘘を告げた。


「うさぎさん……あなたは、私が魔力で生み出した使い魔……。そう、モモちゃんよ」

「わあ! わたし、ももちゃんなの!? 使い魔さんなんだね!」


 モモは自分が何者か分かって大喜びした。シルフィエルは「私はシルフィエル。これからよろしくね」と硬い声で自己紹介を付け足す。これから始まる過酷な捜査。何より、綿が飛び出したり破れたりして【器】が壊れないよう、シルフィエルはモモの身体に特別な防護と強化の魔術を施した。見た目はモフモフで柔らかいぬいぐるみなのに、絶対に壊れない強度と強靭なパワーがモモに宿る。


「見て見て!」


 モモは嬉しくてたまらず、エレオノーラが使っていた豪華な天蓋付きの木製ベッドを、短くて丸い片手でひょいと持ち上げてはしゃぎ始めた。さすがにその規格外のパワーに、シルフィエルはやり過ぎたかもと後悔したが、モモのはしゃいでいる姿に、まぁ、いいかなと思う。


 コンコン、と激しいノックの音が響いたのは、まさにその時だった。


 扉が開くと同時に、深刻な顔をした国王とティルカが部屋へと入ってきた。エレオノーラの父親の登場により、シルフィエルの顔はパッといつもの緊張して顔の筋肉が硬直したカオナシへと戻る。一方、片手で巨大なベッドを持ち上げて、お手玉のように遊んでいるモモとの温度差は歴然だ。


 国王は、すでにティルカから「エレオノーラの魂がウサギのぬいぐるみに移し替えられた」という事実を聞かされていた。娘の変わり果てた姿、その歪んだ現実に胸を引き裂かれそうになりながらも、国を統べる者として必死に心を乱さず、冷徹なまでの冷静さを保ち続けている。


「シルフィエルお姉ちゃん、ついかの情報をくださいなの」


 ティルカがトコトコと前に出て、『追憶の緑眼鏡(メモリア・エメラルド)』を発動した。彼女のエメラルドグリーンの瞳のレンズがカチリと怪しく明滅し、シルフィエルが魂を定着させてからの記憶を瞬時に透視する。モモが自分の正体を知らず、無邪気に笑っている記憶を読み取ったティルカは、すぐに瞳のレンズを閉じ、真剣な表情でシルフィエルを見上げた。


「シルフィエルお姉ちゃん、私が国王陛下に説明するので、家に戻って良いのです」


 聡明なティルカは、記憶を無くして純粋な使い魔だと思い込んでいるモモの前で、生々しい事件の話し合いをすべきではないと判断したのだ。シルフィエルは小さく頷き、モモをそっと魔道服のポケットに潜めると、自身の家がある、世界を支える大樹の領域『至高聖樹(グランド・レギオン)』へと静かに帰って行った。


 残された部屋で、ティルカは国王に向き直る。


「陛下、エレオノーラ様は……記憶を失っているのです。陛下のお気持ちは察しますが、シルフィエルお姉ちゃんの使い魔モモとして接することをお勧めするのです」


 国王は深く、重い息を吐き出した。愛娘に父であることを打ち明けることができない絶望。しかし、ティルカは厳しい執行官の目で国王を見つめ、さらに提案を要求する。


「陛下、エレオノーラ様は、公式には【行方不明】となったことにするのです」


 王家最高峰の検知器をすり抜けての大事件。事件の内容をそのまま発表することは出来ない。国王はティルカの進言を受け入れ、苦渋の決断を下した。


 翌日。


 ヴェルダント聖樹王国の全土に、「第一王女エレオノーラ、原因不明の行方不明」という衝撃的な公式発表が下された。


「姉上が、行方不明だなんて……! そんな、嘘だと言ってください、父上……っ!」


 王城の廊下で、レオンハルトは顔を覆い、崩れ落ちるようにして涙を流していた。あまりの悲痛な姿に、通りすがる近衛兵や貴族たちは誰もが胸を痛め、若き王子を慰めた。しかし、自分の部屋に戻り、扉をガチリと閉めた瞬間、レオンハルトの顔から涙が消え去った。そして、彼は身をよじるようにして、狂気的な高笑いを爆発させた。


「ふは……はははは! 行方不明だと!? 間抜けめ、灰も残さず消滅したのだから当然だ! 俺の勝ちだ、完璧な暗殺が成功したんだ!!」


 溢れんばかりの愉悦に浸り、世界を手に入れたかのように笑い続けるレオンハルト。だが、知ることはないだろう。姉の魂は、ピンクのモフモフのうさぎのぬいぐるみとなって、シルフィエルによって保護された事実を!

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