第22話:蘇る聖剣と職人の誇り
闘技場に、耳障りな駆動音が響き渡っていた。
ヴィイイイイイイイイッ!!!
バードの義手が超高速で振動し、空気が陽炎のように揺らいでいる。 その先端――鋼鉄の指先が、聖剣グラムの折れた断面に押し当てられていた。
「うぐぅぅぅッ……!!」
バードが歯を食いしばる。 義手のモーターからは異臭がし、関節部からは火花が散っている。限界を超えたオーバードライブだ。
「ミヤ! 冷却水じゃ!」 「ほらよっとぉ!」
ミヤがバケツに入った冷却水をぶっかける。 ジュワァァッ!! 猛烈な水蒸気が上がり、視界を白く染める。
「リナ! 光魔法! 影を作るな!」 「はいですわ! 『ライト』!」
蒸気の中で、リナの魔法がピンポイントで聖剣の接合部を照らす。 わしはその光を頼りに、バードの腕をガイドする。
「そこじゃ……! 分子よ、踊れ! 元の形を思い出せ!」
わしは指先でバードの腕に触れ、振動の周波数を微調整する。 超硬度のオリハルコンが、高周波振動によって熱を持ち、飴細工のように柔らかく融合していく。
会場の観客たちは、誰も言葉を発せなかった。 炉も使わず、ハンマーも振るわず。 ただ、蒸気と光と轟音の中で、鉄塊が「癒やされていく」光景に圧倒されていた。
***
「……馬鹿な。あんなデタラメな方法で……」
隣のエリアで作業していたギルバートの手が止まった。 彼は正攻法で修復を進めていた。王宮秘伝の錬金術と、最高級の炉を使って。 だが、隣で行われている作業は、彼の常識を遥かに超えていた。あれは修理ではない。金属の「再構築」だ。
「ええい、何をしておるギルバート! 手を動かせ!」
ギルド長のガストンが怒鳴った。 彼は焦っていた。このままでは負ける。 ガストンは懐から、風属性の魔石を取り出した。
(こっそりと風を起こして、あいつらの手元を狂わせてやる……!)
ガストンが魔石を握りしめ、魔力を込めようとした――その時。
ガシッ。
誰かが、ガストンの手首を掴んだ。
「……何をしておられるのですか、ギルド長」
ギルバートだった。 彼は作業を止め、鬼のような形相で上司を睨みつけていた。
「離せ! ギルドのためだぞ!」 「ギルドのためなら、職人の誇りを捨てていいと言うのですかッ!!」
ギルバートの怒号が響いた。
「俺は……俺はあいつに勝ちたい! だが、それは技術でだ! こんな卑怯な真似をして勝って、その剣に胸を張れるんですか!?」
「黙れ青二才が! お前はクビだ! 破門だ!」 「上等だ! こんな腐ったハンマー、俺の方から捨ててやるよ!」
ギルバートはガストンの手から魔石をもぎ取り、地面に叩きつけて粉砕した。 そして、再び炉に向き直った。
「すまない、小さな巨人! 邪魔はさせん! だから全力で来い!」
***
「……フン。言うようになったじゃないか、ハンマー坊や」
わしはニヤリと笑った。 敵ながらあっぱれだ。ならば、こちらも全霊で応えねばなるまい。
「バード! ラストスパートじゃ! 出力最大!」 「おうよぉぉぉッ!!」
ギャギャギャギャギャギャッ!!!
義手が悲鳴を上げる。 聖剣が眩い光を放つ。 折れた刃が繋がり、傷が消え、一つの完全な剣へと戻っていく。
そして。
「……今じゃ! 冷却!」
ミヤが最後の水をかけた。 急激な冷却により、金属組織が引き締まり、固定される。
蒸気が晴れた作業台の上には。 新品同様――いや、かつてない輝きを纏った『聖剣グラム』が鎮座していた。
カラン……。 バードの義手から煙が上がり、彼はその場に崩れ落ちた。
「へへ……やったか、大将……?」 「ああ。完璧じゃ。ご苦労だったな」
わしはバードの頭をポンポンと撫でた。
***
審査の時間。 国王陛下が、二振りの聖剣の前に立った。 一つは、ギルバートが修復した剣。 もう一つは、わしたちが修復した剣。
まずはギルバートの剣だ。 陛下が手に取り、振るう。 ヒュンッ! 美しい軌跡。完璧なバランス。文献に残る聖剣の性能を、完全に再現している。
「見事だ。歴史ある聖剣が、往年の姿を取り戻したようだ」 陛下が称賛する。ギルバートが深く頭を下げる。
次に、わしの剣だ。 陛下が手に取った瞬間――「おや?」と眉を上げた。
「……軽い」
陛下が剣を振るう。 ブンッ!! 先ほどよりも鋭い風切り音が鳴り、陛下の動きに剣が吸い付くように追従した。
「なんだこれは……。私の腕の一部になったかのような……」
「陛下」 わしは一歩前に出た。
「その剣は、ただ直しただけではありません。 陛下のご年齢と、現在の筋力に合わせて重心を調整し、さらに『風』のルーンで振るう動作をアシストするように改造してあります」
「改造だと!?」 ガストンが叫ぶ。 「聖剣を勝手にいじるとは! 文化財破壊だ!」
「黙れ。道具は飾るためにあるのではない。使うためにあるのじゃ」 わしは言い放った。
「かつての聖剣は、若き日の勇者のための剣。だが、今の持ち主は老境に入られた陛下じゃ。 ならば、今の陛下が最も扱いやすいように進化させるのが、職人の務めじゃろ?」
陛下はしばらく剣を見つめていたが、やがて満足そうに高笑いした。
「はっはっは! その通りだ! ギルバートの剣は『過去』を再現した。だが、そちの剣は『現在』を見ている! 余は、この剣ならもう一度戦場に立てる気がするぞ!」
陛下が高らかに宣言した。
「今回の勝者は、工房『小さな巨人』!!」
ワァァァァァァッ!! 闘技場が揺れるような歓声。 ミヤとリナが抱き合って飛び跳ね、バードが力こぶを作って応える。
***
閉会後。 ガストンは衛兵に連行されていった(不正の証拠が見つかったらしい)。 一人残されたギルバートの元へ、わしは歩み寄った。
「……見事だったよ、小さな巨人」 ギルバートは憑き物が落ちたような顔をしていた。 「俺の完敗だ。技術でも、心意気でもな」
「勘違いするな。お主の剣も悪くなかったぞ。ただ、ちょっと真面目すぎただけじゃ」 わしはニッと笑った。
「ガストンがいなくなって、ギルドも風通しが良くなるじゃろ。次は正々堂々、万全の状態でやり合おうじゃないか」
「……ああ。次こそは勝つ」
ギルバートは右手を差し出した。 わしはその手を握り返した(手袋越しでもマメだらけの、良い職人の手だった)。
こうして。 王都への殴り込みは、完全勝利で幕を閉じた。 工房『小さな巨人』の名は、今や国中で知らぬ者はいない伝説となったのである。




