鮮緑の門番4
≪ギャア! ギャアッ!≫
宙へ舞い上がった巨竜が翼を大きく羽ばたかせると、嵐のような強風がツルハ達のいる広間に吹き荒れた。
「くっ……!」
目を開けてられないほどの強風に腕で顔を守るように覆う中、ツルハは細い目でその視界を開く。
ドラゴンの羽ばたきが起こす風に、広間の壁を覆っていた炎が見る見るうちに消えていくと、黒い岩壁が露わになる。
ドラゴンの翼の勢いがようやく治まり、ツルハ達は暗い天を見上げると、果てしない闇の下で緑色の竜が我が物のようにその天を旋回していた。
「あのドラゴン、飛べるんでごわすか!」
「あんなのってありなの……!?」
ユズハが歯を食いしばり言うと、ファイガ達も同じ顔を浮かべる。
「ツルハ、ユズハ!」
ファイガの声に2人が振り向くと、ファイガはフサン達に視線を交互に向けながら言った。
「オレ達があのドラゴンを何とかして低い位置まで惹きつける。
お前たちはその隙にあのドラゴンの額を叩いてくれ」
ツルハとユズハが口を少し開くと、言葉が出る前にファイガは続けた。
「デュシスドラゴンは本来翼を持つ竜。今のあいつは兜もないし、その本領をほとんど発揮できる状態にある。
あいつに近づくのは、中型人形を突破したオレ達が適任だ。
だが、オレの武器は両手剣。重量のあるこいつで空中戦は分が悪い。
頼む、どうかあいつを叩いてきてくれ」
ファイガが言うと、フサン達もファイガの言葉を押した。
「お願いします」
「頼むでごわす」
ツルハとユズハはお互いに顔を合わせ、強く頷く。
「分かった。必ずツルハちゃんとあいつの額を叩いてみせる」
「皆も、無理はしないでね」
ツルハが言うと、ファイガ達は笑みを浮かべて力強い返事を返した。
ツルハとユズハが竜が旋回している間に広間の端へと駆け出すと、
「よし、オレ達は魔法であいつの気を惹くぞ。
なるべくオレ達は固まって、あいつが吐息を吐く時はツルハ達とは逆方法へ逃げるんだ」
「「分かった」」
フサンとポッチョ、クーラが頷くと、レイは「待ってください」と声をかける。
「"オーネ・アーマ・フィレ"」
レイが呪文を唱えると、朱色の淡い光がファイガ達を包み込む。
「レイさん、これって!」
フサンが言うと、レイは目を細めて頷いた。
「炎系統の耐性魔法です。初級の魔法なので、気休め程度のものなのですが、熱さは凌げるはずです」
「お前、こんな呪文どこで覚えたんだ!? 講義で習ったのは攻撃系、防御系、治癒系の3つだけだったはず」
ファイガが目が飛び出るばかりに驚いて言うと、レイは答えた。
「ツァイル教師の試しを終えた後、ルフィア教師に頼んで、耐性系の呪文を指導してもらったのです。打倒中型人形に向けて頑張るファイガ君達を見て、私も居てもたってもいられなくなって」
「そうだったのか」
ファイガが穏やかな声を漏らすと、レイの眼差しは鋭く天を睨んだ。
「来ますよ」
レイが言うと、ファイガ達はバッと天を見上げた。
旋回してた竜は宙で停止すると、レイ達を睨み返す。
そして、その首が大きく持ち上がると、ファイガは声を上げた。
「来るぞ! 走れッ!!」
ファイガ達は急いで駆け出すと、それを追うように炎の柱が一直線に放たれる。
クーラのかけた回復魔法のお蔭で、あれほど重かった体は軽く、苦痛はない。
――逃げ切れる!
炎の柱が広間の半円を駆け、消えると同時に、ファイガ、フサン、ポッチョ、クーラに向いた。
「「"オーネ・アータ・フィレ"!」」
4人の声が重なり、4つの火球が放たれると、それは吐息を吐き終えた直後の緑竜目がけて宙を駆けた。
しかし、竜は天を滑るように飛翔し、それぞれの火球を避ける。
「「"オーネ・アータ・フィレ"!」」
フサンとレイの声が響くと、2つの火球が竜を追うように再び放たれる。
攻撃の隙を与えない間髪。
竜がそれを避けようとした時だった。
「「オーネ・アータ・フィレ!」」
フサンとレイの唱えた反対方向から火球が放たれると、突然の追撃に竜はその2つを避けきれずに大きな悲鳴を上げた。
飛び散った炎に視界が一瞬遮られる。
竜はそのまま壁にぶつかった。
翼が脱力したように緩み、胴体の重みに引かれるように竜が宙から落ちる。
――今だ!
ファイガ達の作った機会を逃さぬよう、準備していたツルハとユズハは、その瞬間、壁に向かって全力で地を蹴り飛ばした。
竜が地へ落ちる寸前、その体勢を直し、翼が羽ばたき始めると同時に、ツルハとユズハは壁を蹴り返し、竜の背中に飛び移る。
「……ぐっ!」
ツルハは尾の付け根部分に、ユズハは翼の生え際にしがみついていた。
翼が羽ばたく度に大きく揺れる竜の体。
少しでも力を抜いてしまえば、その勢いに振り落とされてしまう。
2人は全身でへばりつくように、力を入れていた。
飛翔する竜の体は、その高度を上昇させていく。
「ツルハちゃん!」
無事を確認するようにユズハが声を上げる。
「行って!」
尾の付け根から叫ぶツルハの声に、ユズハは頷くと、その体を首に向けて進め始める。
(頑張らなきゃ……、皆のためにも……)
ツルハはその腕を先へ伸ばした。
慎重に、少しずつ、背中の中央へと近づいていく。
竜も気が付いているのだろう。
豪風の中、頭部の方から激しい声が風に乗って聞こえて来る。
振り落とされそうになったのは、大きく旋回した時だった。
竜の体がほぼ真横になった時、ツルハは目をギュッとつぶり、全身に力を込めた。
そして旋回が終わると、再びその体を進める。
ユズハは竜の灰白色の角に腕をかけると、空いた片腕で背に担いでいた棍を抜いた。
もう目の前には、あの妖しく光る巨大な石がある。
石は大きくひび割れ、そこから赤紫の光が強く洩れていた。
あと一撃。
あと一撃加えれば、こいつは――
「きゃあッ!?」
ユズハが叫んだと同時にツルハも声を上げる。
竜の体が大きくうねるように揺れると、その反動でユズハは思わず角から腕を離した。
「しまっ……」
高波のように足元が大きく揺れると、ユズハの華奢な体は宙へ投げ飛ばされる。
「きゃあああああああああああ――ッ!!!」
「ユズハちゃんッ!!!!」
竜の体から小さな影が飛び出したのが見えると、地上で見守っていたファイガ達は思わず声を上げた。
「ユズハッ!?」
何か呪文!
何でも良い、ユズハを守れるような……
「ええい! ユズハ!
お前の体が軽いことを信じるぞ!!」
ファイガは両手を広げて構えると、ユズハの落下する影に位置を合わせる。
ドシャッ!
「痛たた……、ってあれ? 痛くない??」
ユズハがキョロキョロとすると、その下から
「痛てェ……」
「ふぁ、ファイガ!?
ちょっ、しっかりして! ファイガ!!」
ユズハがすぐに下敷きになったファイガから降りると、無様に受け止めたファイガは痛みを払うように頭を撫でた。
「大丈夫……?」
ユズハが心配そうに訊くと、ファイガは笑みを浮かべ頷いた。
「なんとかな。思ったよりは軽かったわ」
ツルハは竜の体にしがみつきながら、ユズハとファイガの無事がその目で確認できると、下唇を噛み、額の石を睨んだ。
ツルハはようやく双角の間近まで来ていた。
「いけえ! ツルハ!」
「ツルハちゃん!」
「ツルハさん!」
下からファイガ達の声が聞こえる。
絶対に仕留めてみせる。――絶対に!
ツルハが角を掴み、剣を引き抜いた時だった。
それを待っていたかのように、再び体が大きく揺れ始める。
角にいる煩わしい存在を振り払おうとするように、竜は首を左右上下に激しく振った。
ツルハは角に力一杯しがみついた。
耐えろ。耐えるんだ――
ツルハは願うように、自分に言い聞かせるように、胸の中で唱えた。
しかし、その体から重力が消えたのは、一瞬のことだった。
宙に大きく体が投げ出される。
開いたその眼には、竜の頭上が真下に映っていた。
"敵の目を見ろ。死んでもその剣を離すな――"
どこからかツァイの声が聞こえた。
その腕は、まだしっかりと剣を握っている。
敵の目――、竜の額に光る赤紫の光は一瞬、竜の眼光のように見えた。
――あきらめるな!!
自分の声が大きく聞こえると、ツルハは宙でしっかりと剣を握り振り上げる。
「はああああああああああッ!!!!」
そして、竜の額に向かって落ちる中、ツルハは雄叫びをあげながら大きく振り下ろすと、渾身の込められたその剣は、竜の額に埋まった魔石を粉々に砕いた。




