鮮緑の門番2
ファイガは両手剣を、ツルハとポッチョは片手剣を、そしてフサンは長槍をそれぞれ構えると、集中力を高める。
巨竜の弱点はすぐに分かった。
額にはめ込まれている、紅玉のように輝く石。自分たちにそれを伝えているかのように、その光は、竜の体色や広間の壁を覆い尽くす炎よりも一際強く輝いている。
「多分あの石が弱点だ」
ファイガはそれを言葉にすると、早口で続けた。
「ドラゴンの体は竜皮に覆われていて、多分オレ達の武器じゃ歯が立たない。オレがあいつの気を惹いているうちに、何とかあのドラゴンの石を狙ってくれ」
「分かった」
竜は眼前の小さな影たちを眼に映すと鋭い牙を見せながら唸り声をあげる。
それを合図にしたように、ツルハ達は一斉に駆け出した。
バラバラに、竜を囲むように左右に駆け出した影に、それを追うように紅蓮の瞳がギョロギョロと動く。
「"オーネ・アータ・フィレ"!」
威勢のある少年の声が響くと同時に、竜の顎元に火球が激突すると、竜の定まらなかった瞳はその少年に鋭く光った。
「ほら、どうした! 早くかかって来やがれ!」
ファイガが挑発すると、ドラゴンは、人のように立ったその後ろ足を進め始める。
竜が動き出すと、ファイガもすぐさまに踵を返し、走り出す。
動きは遅い。
だがその一歩の幅はファイガ達の数歩分はあった。
ドシン、と地面を鳴らしながら、竜の大きな躯体が動き出すと、ツルハとポッチョは竜から少し距離をとり、その真横で立ち止まった。
「"オーネ・アータ・コル"!」
得物のない、片手を同じ地面に向け、2人が詠唱すると、鋭い氷の柱が竜の頭部目がけて思い切り突き出す。
巨大な氷柱が竜の頭部を覆った兜に当たり、音を立て、白い粉と氷塊に分散すると、竜は大きくバランスを崩す。
兜で死角となっていた箇所からの攻撃に、竜は傾いた頭に引っ張られるようにして倒れると、地面が砕けそうなほどの振動と音が轟いた。
倒れた場所は狙い通りだ。
待ち構えていたフサンが鉄槍を構え、威勢のいい声を張り上げながら、倒れた竜の額目がけて跳びかかる。
≪グギャアアアアアアッ!≫
鼓膜の破れそうな高い悲鳴が上がると、ツルハ達は思わず耳を塞いだ。
フサンは、何とか全身鳥肌が走るような悲鳴に耐え、その槍から手を離さないようにしがみつく。
槍の先端は石に突き刺さっていた。
だが、予想よりもその石は強固に作られていた。
微かに走ったヒビに、フサンは槍を引き抜き、もう一度突き刺そうとする――
「うわっ!?」
急に視界が大きく揺れると、フサンは竜の頭部から振り落とされる。
フサンが地面に叩きつけられるのが見えると、ツルハ達は思わずフサンの名を叫んだ。
しかし、その焦点はすぐに竜の尾に定まった。
「危ないッ!」
竜の尾がしなやかに上がると、それに気が付いたポッチョはツルハの頭を抑え、無理やり地面に伏せさせる。
竜の尾が太い鞭のようにツルハ達の体の上を凄い勢いで過ぎ去ると、2人は顔を上げた。
「フサン!」
ファイガがフサンに駆け寄ると、フサンは首を横に振った。
「大丈夫、それより……」
フサンが竜に顔を向けると、ファイガも見上げた。
竜は先程よりも多く短い唸り声をあげている。
激昂しているのだ。
竜はファイガとフサンを見つけると、胸底から何かを押し上げるように首を大きく持ち上げた。
「やべッ!」
分厚い筋肉でできた腹板が膨らむのが見えると、ファイガはフサンの体を支える。
フサンも慌てて立ちあがり、2人は急いで駆け出そうとする。
「うわっ!?」
無理やり急かした体がその勢いに呑みこまれ、2人は足をすくわれると、一度転倒しかけた。
「危ないっ! "オーネ・アータ――きゃあっ?!」
ツルハが呪文を唱えようとすると、ドラゴンは吐息を確実に当てようと足を1歩前進させ、その振動で詠唱が途絶える。
「くそっ!」
ファイガはフサンの手を引きながら焦燥の中見つけた、その抜け口に滑り込むように入った。
竜の両足の間をフサンとファイガが潜り抜けると同時に、灼熱がドラゴンの口から吹き荒れる。
ファイガとフサンが安堵の息をつこうとした時だった。
大きな影で辺りが暗くなったことに気付くと、2人はバッと振り返った。
大蛇のような尾が大きく上に振り上げられるのが見えると、2人の顔は真っ青になった。
「うわわあッ!!」
藁にも縋るように目を瞑り、咄嗟に得物の刃先を身を守るように上に向ける。
振り下ろされた肉厚は両手剣と槍に突き刺さると、その勢いを落とし、ちょうどファイガとフサンの得物の持ち手部分で止まった。
一瞬止まった心臓が静かに脈を打ち出すと、力の抜けた手元から、ゆっくり振り上げられる尾とともに2人の武器が抜けていく。
ドラゴンは尻尾の筋肉に刺さった2つの武器を煩わしそうに振り払おうとするも、2つの刃はしっかりと突き刺さり、抜けない様子だった。
その隙に、その光景に脱力しかけたツルハとポッチョがようやく我に返ると、慌ててファイガ達のもとへ駆け寄る。
「ファイガ! フサン!!
しっかりして!」
「意識を失ってはダメでごわす!」
2人が懸命に声をかけるも、九死に一生を得たファイガ達は、まだその恐怖に戦慄し口をパクパクとさせていた。
血の気が引いている。
このままじゃ――
ゴオォ……
重たい石を引きずるような音に、広間は一瞬静まり返った。
ファイガ達に叫んでいた声が一度静まり、ツルハ達の目は音の聞こえて来る方へ向いた。
竜も振るっていた尾を落ち着かせると、その方向へ瞳を向ける。
左右に扉が開いて行くのが見える。
ツルハ達の視線はゆっくりと扉の下の方へ瞬きもせずに下りていく。
小さな人影が見える。
誰かいる。誰が来たのか。敵、それとも仲間?
あらゆる思考が電撃のように走るも、その答えはその藍色がはっきりと見えると、すぐに定まった。
一つに束ねられ、颯爽と靡く見慣れた藍の髪は、どこか懐かしくさえ感じる。
「皆、まだ脱落なんてしてないわよね……!」
そう叫ぶ、身長を越える長い鉄製の棍を構える勇ましい姿がしっかりと桃色の眼に映ると、ツルハは思わずその名前を叫んだ。
「ユルハちゃん!!」




