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陰りの姫のツルハ -太陽の陰に生まれた勇者-  作者: 望月 優響
第四章 クグノアーツ学院
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迷宮の試し1

 門の中に足を踏み入れた瞬間、辺りは瞬く間に、夜が落ちたように暗闇に包まれた。

 目を開いていても、まるで瞼を閉じている時のように暗い。

 やがて冷たい空気が、闇の奥からツルハの頬を撫ぜると、徐々にその景色の輪郭が見えてきた。

 ごつごつとした岩の表面。湿気を帯びた、鳥肌の立つように冷たい空気。

 そこは洞窟の中のようだった。

 鉱石だろうか。天井や壁には、所々に大小くすんだ色をした結晶が、青緑を帯びた白い薄光を発している。

 その光のお蔭で、ツルハは自身の体と洞窟の内部を確認することができた。

 長い、坑道のような冷たい岩肌の道が、どこまでも続いている。


 ツルハはすぐに、自分の近くに人がいないことに気付いた。

 自分の吐息と共に漏れた声が、空の洞窟内に響き、それ以外には何も聞こえない。

 ツルハはゆっくりとその足を踏み出した。


 鉱石は鋭く先端の尖ったものもあれば、氷のように平らで、壁から地面にまでその全身を伸ばしているものもあった。

 鉱石の上を歩くと、白い光は眩しい程に明るく感じた。

 しかし、ツルハは目を細めることはあっても、それを完全に閉じることはしなかった。


 洞窟は、魔物の巣窟の代名詞だ。

 いつどこから、何が襲って来るか分からない。


 そんな警戒心が、あちこちに注意を向けさせた。

 自身が歩く際に蹴った石の音でさえ、その手を腰に携えた鉄剣に触れさせる。

 そんな張り詰めた緊迫の中、洞窟内を進んでいくと、ツルハはハッとした。

 奥に広い間が見えてくると、ツルハはその足を走らせた。

 天井が一気に高くなると、ドーム状の空間がツルハの目の前に広がった。


 これまでとは比にならない大きさの結晶が、広間の縁から大きくその体を宙に向かって突き出していた。

 探検家であれば、思わず目を丸くして、あちこちにある、その結晶の集合に引き寄せられてしまうことだろう。

 しかしツルハはそれに見惚れるどころか一瞥することすらなく、目の前に立ちはだかる、()()を見上げていた。

 

 自身の身長を遥かに超える大きさの、大きな鉄の扉。

 その扉に、ふと巨人の姿が目に浮かんだ。それくらいの大きさはある、巨大な扉だ。

 しかし、それよりもツルハの注意を引いたのは、その鉄扉を閉ざす巨大な氷の塊だった。

 その三角錐状の氷塊は張り付くように扉に覆い被さり、大気中の水蒸気を凍らせた白い粉を纏っていた。

 氷塊に近づくほど、雪煙のような冷気は色濃くなり、凛々たる寒さにその周囲の地面は凍り付いていた。


「うう……寒っ」


 思わず白い息と共に声が出た。

 さっきまであった緊張感はその寒さの居心地の悪さに取って代わり、ツルハは両手で体を摩った。


 これが迷宮の最深部の門なのだろうか。


 堅牢な扉を見上げると、男教師の言っていた言葉が頭をよぎった。

 迷宮内には無作為に飛ばされる。もし仮に、自身がその最深部に近い場所に飛ばされてしまったとすれば――。

 その思った途端、この扉は何とも禍々しいものに見えてきた。

 この扉の奥には【門番】と呼ばれる魔物がいるかもしれない。

 ツルハは唾を呑みこんだ。


「よおし……」


 小さな声で込み上げて来た恐怖を押し返すと、ツルハは片手を伸ばし、大きく息を吸い込んだ。


 呪文の唱え方は【弾数】【系統】【属性】。


 ツルハはアルフィーの講義で学んだことを一つ一つ確認するように、声を出さずに唱える。


 単発の場合は『オーネ』。2発は『トゥオ』、3発は『トリ』。


 威力が一番出るのは、単発(オーネ)


 系統は『攻撃系(アータ)』と『防御系(シルド)』に分かれる。

 目の前の対象を攻撃する場合は、攻撃系(アータ)を。


 属性は、炎属性『フィレ』。



 唱える呪文は――"オーネ・アータ・フィレ"。



 ツルハは大きく深呼吸をすると、その言葉を唱えた。


「"オーネ・アータ・フィレ"!!」


 その瞬間、ツルハの手の先に炎の尾が複数現われると、それは瞬く間に渦を巻き、ツルハの頭部ほどの火球を作り出す。

 その火球は何かに弾かれたように、氷塊の中心に向かって突撃すると、衝撃波と轟音が広間を大きく揺らした。

 その勢いにツルハは吹き飛ばされるも、体を丸め、受け身を取る。

 白い蒸気のような煙と共に、パラパラと氷のかけらが体中に降り注いだ。

 白い煙が晴れて来ると、そこには、大小の氷の塊が瓦礫のように積み重なり、扉の鉄色が露わになって映った。

 ツルハは思わずその光景に呆気にとられた。


 これまで呪文を唱えた時の中で、最も気持ちが落ち着いている。――いける。

 詠唱の寸前、呼吸をした時にツルハはそれを確信した。

 しかし、まさかこれ程の威力とは。

 思わず自分の掌を見つめた。

 堅固な氷塊は崩れ落ち、ツルハの前でその無惨な姿を見せていた。

 その氷塊は見る見るうちに消えていくと、氷から溢れていた冷気も幻のように完全になくなり、広間は洞窟と同じような空気を帯び始める。


 ゴオオ……。


 その引きずるような音に気が付くと、ツルハは扉を見上げた。

 巨大な鉄扉は重々しい音を上げながら、奥へと開いていくと、ガコンと最後に大きな音を上げ、その動きを止めた。

 広間の空気は風となり、扉の先に吸い込まれていくように動き出すと、ツルハの髪も梳かされるようになびく。


 扉の先は真っ暗で何も見えない。

 

(この先に、【門番】が……)


 ツルハは鈍い光を放つ腰の剣を見つめた。

 そして、覚悟を決めたように頷くと、ゆっくりとその足を前に進めた。



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