迷宮の試し2
ツルハは暗い洞窟の中を歩き続けた。
あの巨大な鉄扉の先は、同じような洞窟へと繋がっていた。
【門番】との対面を覚悟していたツルハにとって、また果てしなく広がる鉱石の瞬く道は、眠気まなこに冷水をかけられたようなものだった。
拍子抜けから我に返り、思わず振り返ると、そこにはもう、あの巨大な鉄扉の姿はない。
それどころか、同じような鉱石の道が後ろにも際限なく続いていた。
何とも言えない気持ちに首を傾げながらも、ツルハは踵を返すと、再び歩みを進めた。
それに出会ったのは、息の少し上がってきた頃のことだった。
もう何時間くらい、この洞窟を歩いているのだろう。進んでいるのか、戻っているのかも分からない不安が気持ちを急かし始めた時、ツルハは前方から聞こえて来た小さな音に、ハッと顔を上げた。
その音は、人のものではないとすぐに分かった。
小さな、ヒタヒタとした音が絶え間なくこちらに迫って来る。
そして、小さなその影が、鉱石の光に照らされると、それは、ツルハの目の前で足を止めた。
ツルハは目をパチクリとさせた。
「……キツネ?」
洞窟の彼方から駆けて来たその生物は、手のひらに乗る程に小さい動物だった。
何かに喩えるとするならば、それはきっとキツネなのだが、キツネにしては体型が小さすぎる。
小鼠ほどの小さな体についた顔の先端には、湿った鼻が黒く光っており、全身は艶やかな金白色の体毛に包まれ、橙色の澄んだ瞳がツルハの驚いた顔を映していた。
キツネ? 動物? まさか――魔物?
様々な思考がツルハの頭の中で猛速度で駆け巡った。
「あっ」
膝を曲げてあれこれと考えるツルハに、キツネのようなその動物はヒョイとその桃色の頭に飛び乗った。
慌ててツルハはそれを掴めようとするも、すばしっこくその動物はツルハの体を駆けまわると、ツルハが諦めたところで、ようやくその肩で動きを止めた。
その動物の橙色の瞳と目が合うと、ツルハは大きくため息をついた。
どうやら魔物ではないらしい。
確信はないが、そんな気がした。
離れる様子もなく後ろ足で顔を掻くその動物に、ツルハは渋々顔を上げると、それを連れて行くことにした。
***
洞窟を歩く中、ツルハは何度か、肩に乗るその小動物に視線を向けた。
(これも何かの試練なのかな……)
しかしその小動物は、それは何のことか、というような顔でツルハの肩上に居座り続けた。
時には辺りをキョロキョロし出したかと思えば、大きな欠伸を一つ。
緊張感のかけらもない。
その小動物は恐らく迷宮に迷い込んでしまったものなのだろう。
そう思い始めた頃、ツルハの歩いていた洞窟の先は、突然途切れた。
大きな広間に出ると、そこは断崖絶壁となっており、完全に道は途絶えていた。
大きな谷の対岸に、同じような洞窟の入口が見えると、その低い天井に鉄の取っ手が垂直に列を成し、対岸へと続いていることに、ツルハは気付いた。
それが何を意味しているのか、それが分かると気が一気に重く落ち込んだ。
≪グルルルルル……≫
複数の呻き声。
ツルハは一瞬自身の肩に乗っている小動物のものかと振り向くも、それは断崖の下から聞こえて来た。
そーっと、恐る恐るその下を覗いてみると、ツルハは思わず口を両手で塞いだ。
ギラギラと光る白い体毛が複数映ると、その見覚えのある悪魔のような顔が、白い犬歯を剥き出しにしながら、こちらを見上げていた。
――ヴァイスドッグだ。
グラディワンドを旅立った間も無く、草原で旅人たちを襲っていた、あの魔物だ。
1、2、3、……8体いる。
恐ろしい声を鳴らしながら、涎をまき散らし、獲物が上から落ちて来ることを心待ちにしているようだった。
眼下に広がった地獄に、ツルハは思わずその身を崖から引いた。
思わず激しく脈打つ胸に手を当てる。
幻影……、そう、あれは幻。
落ち着いて。
恐怖に慄く自分に言い聞かせながら、立ち上がり、もう一度崖の下をのぞいた。
その巨大な狼たちの姿が目に映ると、その恐怖はツルハの足を一瞬で竦ませた。
先に進まなきゃ……。
けど――
対岸まではかなりの距離がある。
腰に携えた鉄剣もそれなりの重量だ。これをぶら下げながら鉄の握りを掴み、渡って向こうまでいくことを考えると、最悪の光景が目に浮かんだ。
もし、落ちてしまったら――
幻と分かっていても、その精神は完全に支配されていた。
氷塊の冷気、衝撃波で飛ばされた時の痛み。何もかもが本物だと、全身がツルハの言葉を否定する。
ツルハは下唇を噛みしめた。
恐い――
視界は滲み、熱いものが瞼に溢れて来るとツルハは両肩を抱きしめながら、その場にうずくまった。
キツネのような動物はツルハの周りをクルクルと、様子を伺うようにまわる。
≪キュウゥ≫
奇妙な鳴き声だった。
ツルハはその鳴き声に顔を上げると、歪んだ視界に、小動物の金色が浮かんだ。
≪キュウゥウ≫
「ふふっ」
不意に笑みがこぼれた。
愛くるしい顔は、首を傾げながら、その抜けたような鳴き声でまた鳴くと、ツルハは涙を拭った。
「あなたって、面白い鳴き声をするのね」
気持ちがほんの少し軽くなった。
キツネのような動物は崖の前に立つと、ツルハを促すように首を振って対岸を示した。
「……そうよね。皆と約束したもんね」
ツルハは膝をパッパと払うと、両手で優しくその動物を掬い上げた。
「このくらいで怖気ついていたら、お姉様にだって合わせる顔がないもんね」
ツルハはそう意気込むと、小動物を胸元のポケットに入れた。
「絶対にそこから動かないでね」
そう言うと、小動物はそれを理解したようにその顔をポケットの中へと引っ込めた。
ツルハは腕をまくり上げ、両手で2回頬を叩くと、その鉄の握りに手を伸ばした。




