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陰りの姫のツルハ -太陽の陰に生まれた勇者-  作者: 望月 優響
第四章 クグノアーツ学院
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アスピス1

 東の空から紺が茜に溶け出した夕暮れの景色を、淡い黄色のカーテンで閉じると、アルフィーは椅子に腰をかけた。

 木の良い香りがする宿の一室で、ツァイとツルハは、アルフィーの隣に座っている銀髪の少女に目を向けていた。

 日中の狂戦士(バーサーカー)のような覇気はすっかりなくなり、水をかけられたマッチのように、小さな魔王はシュンとしていた。


「さて、どこからお話すれば良いことか……」


 アルフィーは片手で顔を覆うと、うーんと、苦い声を漏らす。


「まずは、こやつと私の関係からお話ししましょう。

 こやつは、私がかつて、使い魔として使役していた悪魔の類です」


「悪魔?」

 ツルハが言葉を繰り返すと、アルフィーは頷いた。


「ええ。もう随分と昔のことになりますが、リオール様の下にお仕えする以前、私は賢者の道を進むべく修行をしていました。

 しかしながら、賢者の修行というものは酷なもの。書物がたまるにつれて、塵埃もたまり、私の生活の質は下がるばかり。

 せめて身の回りの世話をしてくれるものがいてくれれば、と自身の部屋の有様を見て思うばかりでしたが、使用人を雇う余裕もなく、どうしたものかと頭を悩ませていました。

 そんな時、私は閃いたのです。

 "そうだ、使い魔を召喚すれば良いのだ!"と」


「…………」


「使い魔の召喚は容易いものでした。しかし、召喚される魔物は十人十色、いや十魔十色。

 言う事を聞かない、ならず者もいれば、ある日突然憤慨して暴れ出すものもいました」


「よっぽど、酷く()き使われたんだろうな」

「アルは、そういうところあるからね」

 2人がヒソヒソと話すも、アルフィーは話を続けた。


「そんな中、召喚に応じて長らく仕えた使い魔が、こいつだったという話です」

 アルフィーが隣に座る、少女に目を向けると、ツルハ達もその少女に目を向けた。


「おい、そこのお前。よくまあ、こんなサディスト賢者の使い魔になったな」


 ツァイが言うと、銀髪の下の柘榴色の瞳がキッと向いた。


「うるさい!! 人間風情がアタシに口を聞くな!!」


「おい、本当にこんなんが"七帝"の魔物なのか?」

 ツァイがアスピスを指差して訊くと、アルフィーも戸惑った顔で答えた。


「私も姫から伺った時は、驚きました。なにせ、こやつは私のもとから姿を消して以来、今の今まで音信不通。どこぞでのたれ死んだものかとばかり思っていましたから。

 しかし、どうやらそれは本当らしいのです。これを見て下さい」


「うにゃ!?」


 強引に片腕を引っ張られ、アスピスが声を上げると、アルフィーはアスピスの手首を2人に見せた。

 それを見ると、ツァイとツルハは思わず眉をひそめた。

 そこに浮かんでいたのは、歪な魔法文字で囲まれた蝙蝠の翼を持つ異形な生物が描かれた紋章だった。


「これは……?」

 血が滲みだしたように不気味に光る紅い紋章を見て、ツルハが訊くと、アルフィーは答えた。


「これは、七帝の魔物のみが、その証として自身の体に刻み込む刻印。魔族の間では、禁忌の刻印とも呼ばれているものです。

 この刻印は、強力な呪いで刻みこまれるもので、七帝の魔物以外の者がそれを体に刻めば、その呪いによって命を奪われると云われています。昔、七帝の威を利用し、その刻印を自身に刻むことで魔物達の支配を目論んだ闇の魔術師たちが、その刻印を自身の体に刻んだ瞬間、即死したという事件(こと)がありました。

 私も初めは、アスピス(こいつ)がまた、しょうもない虚言を吐いているのかと思いましたが、この刻印を見た瞬間、それが本当であると確信したのです」


 ツルハとツァイが唾を呑むと、アルフィーは表情を和らげた。


「しかし、七帝の魔物といえど、こいつに限っては、恐るに足らず。

 (あまね)く魔族を束ねる王である前に、こやつは私の使い魔。

 姫に働いた無礼のような、仇名す真似は金輪際、私が容赦しません」


「そいつが危害を加えない保証はあるのか?」


 ツァイが訊くと、アルフィーは深く頷いた。


「使い魔は必ずその主と"(くさび)(ちぎり)"という契約を交わします。

 "楔の契"は、使い魔が使役者に危害を及ぼさないようにするための術。

 私とこいつが結んだ契には、少しばかり私のアレンジが加えられています。ですので、こいつが使うあらゆる魔法は私には通用しませんし、殺意を持って襲ってこようものなら、その呪いでこいつの身は灰と化すことでしょう。

 なので、こいつは私に逆らうことはできないのです」


 ふーん、とツルハは不思議そうにその賢者と使い魔を見つめた。

 世界で恐れられている魔王の一体が、幼い頃から親しいアルフィーの使い魔という関係は、なんだかくすぐったいような、不思議な気持ちだった。


「ねえ、アスピスちゃん」


()

 ――痛!」


 すぐ様にアスピスが不機嫌そうに返すと、アルフィーは、ゴツンと使い魔を叩いた。

 アルフィーはアスピスの頭をワシャワシャと掴むと、


「アスピス、お前が姫に与えた無礼は本来であれば牢獄ものだ。私の使い魔となれば、それは死罪に値するものだぞ。

 今お前が灰にならずにいるのは、姫の恩赦のお蔭だ。姫のお優しいお心のお蔭だぞ。

 そんな姫にその態度は如何なものだ、ん?」


「ずみまぜん、気をづけまず」と喚くアスピスが、再び神妙な顔になると、ツルハは苦笑した。


「アスピス()は、どうしてこの国に?」

 ツルハが改めて訊くと、アスピスは赤くなった目元を上げた。

 しかし、その口はギュッと結ばれ、答えにくそうな表情を浮かべた。


「アスピス。私達は、ある少女を追って、この国を訪れた。世界中で今起こっている異変については、お前も知っているのだろう」


 アルフィーが言うと、アスピスはピクリと耳を動かした。

 その少し開いた瞳は、心当たりのある色を帯びていた。


「今世界では、異形な魔物達が各地でその息を潜めている。

 今の魔法では、生み出すには到底不可能な合成魔物(キメラ)たちだ。

 私達は、その魔物たちを追う中、今回の事件の深い部分ところに関わっているだろう、少女の存在まで突き止めた。

 まさかとは思うが、これはお前達七帝と何か関わりがあるのか?」


 アスピスはキョロキョロと周囲を見回した後、再び俯いた。


「変な合成魔物(キメラ)の存在は、アタシたち、七帝の中でも大きな関心の一つだよ」


 そう言うと、アスピスは、静かに話し始めた。


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