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陰りの姫のツルハ -太陽の陰に生まれた勇者-  作者: 望月 優響
第四章 クグノアーツ学院
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洗礼2

 "七帝"。

 ツルハは、その言葉を繰り返した。

 ツルハの淡い桃色の瞳は、驚きの余り、小刻みに震えた。


 この世界には、別の世界があり、そこは、永遠の闇に閉ざされているという。

 その世界には魔物と呼ばれる、怪物たちが住まい、その魔物達を治める7体の王――それが"七帝"だった。


 昔、お父様が言っていた。

 "七帝"と呼ばれる魔物は、上位種の魔物達の頂点に君臨する魔物達。

 その力は、千の軍を容易く圧倒し、その気になれば国をも亡ぼしてしまう、凶悪な存在だと。


 ツルハの怯えを感じ取ると、銀髪の少女はニヤリとした。


「ああ、良いわねェ。その怯えた表(か)情(お)。

 やっぱり人間はそうでなくちゃ。

 この数百年、人間達はちょっと調子に乗り過ぎなのよねェ。

 身の程を弁(わきま)えず、少し力を身に付けたからって燥(はしゃ)いじゃってさー。狭い共同体の中で、勇者とか持(も)て囃(はや)されて勘違いしちゃった奴らが、散々アタシに対して剣を向けて来たのよ。

 "俺はお前を倒す!"とか"その命、ここでもらう"とか、カッコつけちゃってさ。

 けど、アンタは良い顔をするわあ。

 人間はそうやって、アタシたちに怯えながら生きていればいいのよ」


「なぜ、"七帝"の魔物がこんな場所(ところ)に……!」


 ツルハが、恐怖を押し潰した声で堂々と叫ぶと、アスピスは首を少し傾げた。


「うーん……、そうねー。

 アンタがアタシに勝ったら、教えてあげようか☆」


 少女の姿が消えたと思った瞬間、腹に衝撃が走った。

 声のない悲鳴を上げると、ツルハは地面に思いっきりに叩きつけられながら転がる。


「がっ……ハッ!」

 ツルハが咳込むのを見ると、蹴りを入れた足先をトントンと鳴らし、アスピスは眉をひそめた。


「……アンタ、やる気ある?」


「な……なんでこんなことをするの……?」


 かすれ声でツルハが腹を抑えながら訊くと、アスピスは何かを考え込むように顎に指をあてた。

 そして、何かを閃いたように口を開くと、


「じゃあ、こうすれば本気になってくれるかなあ?

 アンタ、確かこの国には、もう2人の人間と一緒に来たんだよね?」


 ツルハはハッとした。

 しかし、その表情は、すぐにツルハの眉を逆立てた。

 少女が言わんとしていることをツルハは察すると、少女はその言葉を口にした。


「ほらほら、アンタがアタシを倒さないと、

 あの2人も……殺しちゃうよ?」


 アスピスがそう言うと、ツルハは、カッと目を見開き、立ち上がり、剣を引き抜いた。


「そんなことは……絶(・)対(・)に(・)さ(・)せ(・)な(・)い(・)!!」


 ツルハの声を聞くと、刹那体が震えた。

 ゾクゾクとした鳥肌が立つような感覚。


(……力の気配が変わった。

 体力、俊敏性、魔力――そのどれもが、噴き上がるように上昇している。

 それだけじゃない。

 あいつの眼。ほんの僅かだったけど、アタシはあいつに恐怖した)


 アスピスは笑うと、


「んじゃ、始めよう――かッ!」


 アスピスが黒い影の残像を引いて、目にも止まらぬ速さで突進してくると、ツルハは剣でその一撃を防いだ。

「……ぐっ!」

 さっきの一撃とは比べものにならない強力な足蹴りだ。

 余りの衝撃に空間が歪み、ギィーンという剣が震えた音が響く。


「フーン、これを防ぐなんて、中々やるじゃん。

 だけど、これはど(・)う(・)か(・)な(・)!」


 アスピスは刃と交わった足を軸に、宙で体を回転させ、もう一撃を放った。

 しかし、その脚に空気を斬った感覚が走ると、アスピスは目を丸くした。

 ツルハの桃色の髪が視界の下に映ると、アスピスは上半身を後ろに曲げ、下から放たれた剣撃をかわした。


(こいつ……!)


 この時、ツルハの憤怒は頂点近くにまで達していた。

 アスピスは知らなかった。自身の放った言葉が、目の前の少女の逆鱗に触れるどころか、それを鷲掴みしてしまっていたことを。


「アルにも、ツァイにも、手は出させない!

 絶対貴方なんかに、2人を傷つけさせたりなんかさせないんだから!!」


 ツルハが渾身の一撃を振り下ろすと、アスピスは腕をクロスさせガードした。

 しかし、


「ぐあああああああああッ!?」


 強烈な一撃に、アスピスは石像まで派手に飛ばされると、粉々に砕けた像の下敷きになった。

 瓦礫がカタカタと動くのが見えると、ツルハは剣を再び構える。

 瓦礫の山が崩れ、土煙の中、髪の乱れた少女の姿が現われると、アスピスは咳込みながら、ツルハを睨んだ。


「……クッソ、人間のくせに、人間のくせにぃ!!」


 その目がカッと見開くと、ツルハは唇を噛んだ。

 アスピスの周囲から溢れる魔力。それは紫炎のように目に見える程にアスピスから放たれていた。

 その紅い瞳は禍々しい光を帯び、殺意と憎悪の色をツルハに向けていた。


「今度は本気でいってやる……、

 この"七帝"、大悪魔アスピス様を侮辱した罪、死をもって償うが良い」



 その緊張が一気に壊されたのは、一投された石が、アスピスに命中した時だった。


「あ痛ッ!」


 その石に、ツルハも驚いた顔で、それが飛んできた方向に振り返る。

 そこにあったのは、2人の見慣れた男の姿だった。

 ツルハは口をパクパクさせた後、ようやくその2人の名前を叫ぶと、白い賢者の男はスタスタと一直線にアスピスに駆け寄り、


「あ痛ッ!!」


 ゴツン! と派手なげんこつを食らわせると、アスピスは両手で頭を抑えた。


「いったぁ……、え、なんで?!」


 アスピスは、その男の顔を見ると、ツルハ以上に驚いた顔になった。

 しかし、そんなアスピスに問答無用に、アルフィーはもう一撃、握りこぶしでポカンと叩いた。


「あ痛(た)ッ!!!」


 アスピスは顔を上げると、鬼のような形相をした男の顔が恐ろしい眼差しで見下ろしていた。


「おい、てめェ……、よくも姫を危ない目に遭わせてくれたな……」


「ま、待って! ……姫!?

 えっ、ま、師匠(マスター)! どういうこと!? なんでこんなとこに……痛ッ!」


 戸惑うアスピスの頭を、アルフィーは数回、拳でポカポカと叩くと、頬を両手で掴み、思いっきり引っ張った。


「ずみまぜん、ずみませんマスタぁ!」


「黙れ! 勝手に主人のもとを離れる使い魔など知らん!

 何よりも、私の大切な大切な姫に手を挙げるとは……今度という今度は覚悟はできてんだろうな!」


「ふえ"え"え"え"え"え"! ふえ"え"え"え"え"え"え"え"え"!!」


 子どものように盛大に泣き出した魔王の姿と、それをお仕置きするアルフィーの姿。

 その何ともいえない光景を、頭を掻くツァイの横で、ツルハは目を点にしながら、見つめるばかりだった。

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