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陰りの姫のツルハ -太陽の陰に生まれた勇者-  作者: 望月 優響
第四章 クグノアーツ学院
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洗礼1

 ――大国クグノアーツ、水晶宮。天を望むのように高く(そび)え立つ、円柱状の巨塔の上層で、銀髪の少女は、黒く細い尾をヒョイと揺らした。

 テラスの白亜の塀から、巨塔と同じ色をした白い都市を見下ろすと、少女は蝙蝠のような白い牙を見せ、笑んだ。

 鬱陶しい太陽がない日が何日も続くと、気分も晴れ晴れとする。うす暗い灰色のかかった世界は、遠い日の故郷のようにさえ感じられた。

 天からいつ降り注ぐか分からぬ雨を気に掛け、人の気配も少ない。

 普段の活気はなく、その静寂は、心底心地が良い。


 少し尖った耳が、何かを感じ取ったように、ピクリと動くと、少女はゆらりと立ち上がった。

 都市の遥か先、ここに来るとすれば、2,3日後だろうか。

 それは、薄いが、確かな力の気配だ。


「来た来た来た。久々に楽しめそうな人間が」


 少女は悦に満ちた笑みを浮かべると、柘榴(ざくろ)色の瞳を輝かせた。



     ***



 ツルハはふと空を見上げた。


「雨、大丈夫かな?」


 最後に空を見た時は、いつだっただろう。朝、宿を出る時には、少し暑いと思うくらいに太陽の温かさを肌に感じるほどだったが、辺りの景色は、いつの間にか薄い灰色の幕がかかり、水気を帯びていた。

 ツルハが言うと、アルフィーとツァイも、空を仰いだ。


「こりゃあ、もしかすると、一降り来るかもだな」


「少し急ぎましょう。クグノアーツまで、もうそんなに距離はありませんので」


 草原の中を伸びる土道を進んでいくにつれて、空の灰は色濃くなり、天を覆う雲もその腹を重そうに垂らした。

 クグノアーツに到着した時には、雨は降り出したものの、ポツポツと糸のように細い小雨だった。

 しかし、その小雨さえも完全に感じられない程の衝撃が、国を囲む城壁の門に足を踏み入れたツルハ達に走った。


「おいおい、どうなっちまてんだ、こいつは?」

 ツァイが頭を掻きながら言うと、アルフィーとツルハも戸惑った顔で辺りを眺めた。

 白い外壁をした建物と道の景色の中、人々の姿がちらほらと映った。

 こんな天候であれば、人通りが少ないことは頷ける。

 しかし、ツルハ達を驚かせたのは、その人々の誰も彼もが、無造作に置かれた石像のように硬直してしまっていることだった。

 慌てるように足を急がせている男。畳んだ傘を手に掛け、会話に花を咲かせる夫人。それだけではない。町の宙を駆ける鳥や噴水の飛沫、風に揺られる木々の葉まで、何もかもが、時間が止まってしまったように、不自然に静止していた。

 ツルハは、通りを歩いていたのであろう、女性の手に触れた。


 温かい。しかし、女性はピクリともせず、少し強く手を引き動かしてみようとするも、地面どころか空気の中に張り付いてしまったように、微動だにしなかった。


時空魔法(クロノス)……、いや、今の時代にそんな高度な魔法があるとは考えられない。

 それに、国に入る前までは、草木も風もしっかりと動いていた。

 となれば、時間が静止しているのは、この国だけということになる」


 アルフィーは顎元に手を当て、考え出すと、何かに気が付いたように目を見開いた。


「違う、これは時空魔法なんかじゃない!

 これは結界――」


 アルフィーの声がプツリと途切れる。

 声だけじゃない。アルフィーは、その表情のまま、周りの景色と同じように固まってしまっていた。


「アル!? アル!」


 ツルハはハッとした。

 アルフィーの話に耳を傾けていたツァイも、その表情のまま、硬直していた。


「そんな……」


 ツルハが声を漏らした、その時だった。

 グイッと胸ぐらを何かに思い切りに掴まれたようになると、物凄い力でツルハは引っ張られた。

 息ができない。

 強力な力に引かれるままに、建物が過ぎ去って行く中、円形の広場に出ると、ツルハは地面に叩きつけられた。


「っ痛たた……」


「ヘエー、女の子かあ」


 その声にツルハは顔を上げた。

 大理石でできた、魔法使いの彫刻の頭部に腰をかける黒い影が映ると、その輪郭は鮮明になった。

 バーテンダーのような衣装に身を包んだ華奢な体が映ると、幅の広い黒いリボンで左右に短く束ねられた銀色の髪をした、小柄な顔が目に入った。

 その童顔には、ガーネットのような瞳が輝き、無邪気な笑みからは、薄らと鋭い2つの牙が覗いていた。

 その少女が人間でないことはすぐに分かった。

 足組みをした少女の腰下からは、シュルリと黒い尾が伸び、槍の先のような形をした先端をひょいひょいと揺らしている。


「あなたは……」


 一体何者か、というような声でツルハが言うと、少女は、


「アタシ? アタシが何者かって??

 フフーン、そっか、そっかあ。アタシが何者かって、そんなに知りたいのかあ」


 待ってましたと云わんばかりに、嬉々とした様子で言うと、少女は像の上に立ち上がり、胸に手を当てながら、声高々に叫んだ。


「良いわ、教えてあげる!

 アタシの名は、大魔王アスピス!

 数多の悪魔たちを束ねる、悪魔の王にして、魔界の頂に立つ七柱が王、"七帝(しちてい)"の一柱」


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